兇弾

第2話 目覚め

◇ 5月25日 18:36


いつからなのかな。

もう人生を終わりたいって思ったのは。

自殺したいとか、そういうのじゃなくて、ただ単純に終わりたいって思っているだけ。

私の人生の終了ボタンが目の前にあったとしたら、すぐ押して、17年の人生を終えている

だけど、現実はそう甘くなくて、そう簡単に終われない。


「ふぁーーーあ」

私は深いため息をついた。


「あは何それ。みもりのため息変なの」


カルナはにこやかにそう言った。


カルナは私と一緒のクラスで駅の近くに家があるから私と部活がない日は帰っている。


「あー、爆発しないかなー、地球」


思ったことを声に出して繰り返しみるけど、カルナは「はいはい」と呆れたように受け流して、微笑んでいるだけだった。


「みもり、そういうことばっかり言ってると本当に変なやつだと思われるよ」


「思われていいよ。別にもう何だっていいもん」


「私が嫌なんだよ。変な奴と一緒にいるって思われるのがね」


「なんだか冷たいな」


「ふふ、ひんやりしてるでしょ?そういえば、今日私の家来ない?お姉ちゃんがみもりに会いたがっててさ」


カルナには二つ上の姉がいる。


私たちと同じ高校に通っていた、絵が上手くて、よく賞を取っていた。今は県外の美術大学に通っている。


それが、なぜ私と会いたいんだろうか。


「え?今頃言う?それ。え?どうして私と会いたいの?」


「なーんか、話したいことがあるんだってさ」


「何それ、行かないよ私帰りたいし」


「えーなんでなんで、私の家来てよー。どうせ今日何もしないんでしょ?」


「うーん……どうしようかな……」


私は少し考え込むふりをしながら、カルナの顔をちらりと見る。彼女はいつものように軽いノリで誘っているだけなのかもしれないけれど、どこかしら本気な感じもする。


「ほら、みもり。考えすぎだって。行こうよ、たまにはさ」


カルナは私の腕を軽く引っ張って、強引にでも連れて行くつもりらしい。


「……しょうがないなぁ」


断る理由もなかった。どうせ家に帰ったところで、何もしないし。

少しぐらい人と過ごすのも悪くないかもしれない。


「やった、じゃあ決まりね。私の家、すぐそこだからさ」


カルナは嬉しそうに笑い、私の腕を引いたまま歩き出した。歩き慣れた住宅街を抜け、彼女の家までの道を進んでいく。


◇16時50分、棚木宅


カルナの家は、私の家よりも少し広くて、玄関の前にはきれいに整えられた花壇がある。


「ただいま、帰ったよ」


玄関のドアを開けるカルナの後ろについて中に入ると、ふんわりとした柔らかい香りが鼻をくすぐった。なんとなく落ち着く匂いだ。


「お邪魔します……」


「そんな改まらなくていいのに。さ、リビング行って!私は2階にいるからさ!」


「え?まさか私2人きりで話さないといけないの?」


「うん、私が聞いちゃまずい話なのかな」

そう言うとカルナは二階に行った。

私は気まずくなることを考えながら、リビングへ行った。


リビングのソファにはカルナの姉——棚木エリカが座っていた。久しぶりに会う彼女は、相変わらずの落ち着いた雰囲気で、少し髪が伸びたせいか大人びた印象がある。


「やあ久しぶり、みもりん。元気にしてた?とりあえず、隣座ってよ」


私は隣に座った。


「あ……はい、久しぶりです」


特別親しいわけではなかったけれど、彼女はなぜか私のことをみもりんと言う。初めて会った時からそう呼んでくるので、もう慣れた。


「話したいことがあるって聞いたんですけど……」


私が本題に触れると、エリカさんは少しだけ微笑んで、私の目を真っ直ぐ見つめた。


「うん、ちょっとね……君の中学生の頃について聞きたいんだけど」


その言葉に、一瞬息が詰まる。


「……」


一番色鮮やかで、一番残酷だった時期。


私はそのことを思い出したくない。



エリカさんは私の沈黙を察したのか、静かに続けた。


「ふふ、言いたくなかったら言わなくてもいい。ただ、なんとなく知りたいことがあるだけだから」


何も言いたくないし、何も知られたくない。


「みもりんは中学生の頃、黒百合?さんだっけ、その子と結構仲良かったって聞いてるけど彼女に兄弟といた?」


やっぱり、あの子についてのことだった。でも、良かった。私とあの子の関係について聞いてくるのではなくて、あの子のことについてだった。


「いないって聞きました」


「ふうん、じゃあ率直に聞くけど、あの子って生きてる?」


「……え?」


エリカさんの言葉を聞いた瞬間、心臓が強く跳ねた。息が止まりそうになる。


「……な、んですか?」


私は震える声で聞き返した。


「だってさ、黒百合さんって、結局どこに行ったのか誰も知らないんでしょ?遺書は見つかったけど、体は見つかってないって聞いたから」


エリカさんは何でもないことのように言う。


だけど、私にとっては違った。


——あの子はもうこの世にいない。

私はそう信じていた。信じたかった。

でも、今の言葉が私の中にあった「死」という確信をまたゆっくりと揺るがしていく。


「あの子は……死にました」


そう言うのがやっとだった。


「本当に?」


エリカさんは私の目をじっと見つめてくる。その目はまるで、私の心の奥底を覗き込むかのように鋭く、それでいて優しさもあった。


「私、知らない……もう何も……」


言いかけた言葉が喉の奥に詰まる。

胸の奥にしまい込んできた感情が、一気に押し寄せてくる。


「ごめんね、急にこんなこと聞いて。でも、気になってたんだ」


そう言うと、エリカさんは私の首に手を伸ばして触れた。


「なんですか?」


「ごめんね」


その言葉を聞いた瞬間、感じたことのない激痛が私を覆った。


「っ!うはっ!あああ!」


声にならない鳴き声のようなものが私の口から出る。


私は溺れている。


その海は私を針で全身を刺し、殴り、耳が裂けるほどの女の金切り声のような音で私を殺そうとしてくる。


痛い。


ただそれしか考えられない。

状況を理解することなど不可能だった。


痛いッ!


その時だった、金切り声がパッと消え、同時に痛みがすぐに消えた。


「大丈夫?」


エリカさんがそう言う声が聞こえる。

私は息を切らしながら、見上げた。

エリカさんは微笑みながら私を見ていた。

その笑顔がとても醜く見えた。


「意外と単純なんだね。君って」


エリカさんはそう言って指差した。

私が目で指の先を追うと、そこには砕け散ったガラスと骨組みだけになった窓があった。


「意味が…わからない」


「あれ、君がやったんだよ」














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