第8話 決闘
その表情は確信に満ちていた。
勝利を確信するリディアに対してガブリエラはくつくつと笑ってみせる。
「……さっきから、なにがおかしいのですか?」
「お兄様のおっしゃっていたとおりです」
「はい?」
「勝利を確信した者を欺く瞬間が一番愉快だと、正にその通りでした」
「欺く? 負け惜しみですの?」
「まだ気付かないのですか?」
直後、床から淡い光が滲み浮かび上がる。リディアの足元にある魔法陣が発光している。
「これはッ! 魔法陣!? まさか自分の血で魔法陣を!!」
初級雷撃魔法陣――、初等科で学ぶ基礎魔法であり、陣の模様は単純で作製も容易。ガブリエラは戦いながら自ら流れ出た血を使って足の裏で魔法陣を床に描いたのだ。
「くっ!」
リディアが剣を振り上げた瞬間、ガブリエラは叫んだ。
「遅いですわ!」
床に手を付ると同時に魔法陣が起動、放たれた雷撃がリディアの体を貫き駆け抜ける。雷撃を受けた彼女は意識を失い、その場に倒れていった。
◇◇◇
ガブリエラはリディアの両手をロープで拘束し、駆けつけた衛兵隊に引き渡した。衛兵に体を支えられて意識を取り戻したリディアは、ガブリエルと目を合わせず、何も言わずに連行されて行った。
その後、保健室でガブリエラの腕の傷や顔に負った切り傷は止血などの応急的な処置がされる。
治癒魔法を使える教師はヘンリエッタを含めて数名いるが、ガブリエラは頑なに「クラリスに治してもらいますので結構です」と突っぱねて教師たちを困らせていたところに、彼女の保護者であるグランジスタが迎えにやってきた。
「まったく無茶しやがって、血が繋がってないといえ本当にお前は若いときの俺にそっくりだぜ。……お前の体に傷が残ったらロイにお前を任された俺の申し訳が立たねぇ」
「大丈夫ですわ。向こう傷は騎士の誉れですから」
じゃじゃ馬のような姪にグランジスタはやれやれと頭を掻いたのだった。
それから三日後、ガブリエラはローズガーデンの東屋にいた。
大理石のテーブルを囲むのは彼女と生徒会長のグロリアだ。
「今回の件はお見事でした、ガブリエラさん。ただ……、リディアさんが犯人だったなんて残念でなりません」
「はい……」
「クリスくんの調査によれば、二年前に亡くなった少女とリディアさんはお付き合いしていたそうです」
「……少女が森の中で死んだ事件は、リディア委員長に殺された三人と関係があったのですね」ガブリエラは言った。
「はい、殺された三人ともう一人、彼ら四人は森で少女を強姦したのです」
ガブリエラの眼には、深い憎しみと悲しみに満ちたリディアの顔が今も焼き付いている。
「強姦された少女はそのまま森に置き去りにされたのでしょう。そのときすでに死亡していたのか、茫然自失で倒れているところを獣に襲われてしまったのかは分かっておりません」
「真相は残りの一人を問い詰めればはっきりします」
静かに怒気を放つガブリエラを制するように、グロリアは彼女の瞳を見つめた。
「……それから今回の殺害方法ですが、取り調べ中の彼女の口から詳細が語られ、あなたの推測どおりでした。即死させるためには、対象者との口づけが条件だそうです。口づけをすることにより、シルフの加護で空気を欠乏させ、ひと呼吸で死に至らしめる……。憎き相手にキスをするなど身の毛がよだつ思いだったでしょう……。それでも彼女は復讐を果たしたかった」
グロリアはテーブルの上で手を重ねて、「逮捕された日が、少女の命日だったそうです」と告げた。
ガブリエラはあの日、委員会室を満たしていたアロマキャンドルの香りを思い出す。あのキャンドルは少女からリディアへの贈り物だったに違いない。
もし自分が同じ立場だったら、犯人を地の果てまで追って殺すだろう。
リディアの気持ちが痛いほど解ってしまう。
ただ、あれほどの剣の腕があるのなら、復讐を遂げるもっと良い方法があったのだ。その方法を取らなかったのは……、いや、取れなかったのはオルコット家がナイトハルトと同様に成り上がり男爵家だからだ。
たとえ正当な理由があろうと、高位の貴族に剣を向ければ家族に迷惑が掛かることは免れない。
爵位の剥奪、領地の没収、すべての研究成果の放棄と没収、すぐに思い付くだけでもこれだけある。
先祖の顔に泥を塗ることになってしまう。
だから最初からリディアの選択肢には暗殺しかなかった。
「グロリア会長、少女を襲った最後のひとりの者の名を教えてください」
「……どうするおつもりですか?」
「すべての事実をつまびらかにした後、リディア委員長の代行として、その者に互いの命を賭けた決闘を申し込みます」
そう告げたガブリエラにグロリアは息を呑んだ。
「……ガブリエラさん、しかし相手は……」
ガブリエラは立ち上がり、剣の柄に触れた。
「無論、オルコット家に不利益を与えないよう配慮します。すべてわたくしの一存による決闘であると」
「それでは今度はナイトハルト家が……」
「問題ありません。お兄様はアルゼリオン帝国にさえ喧嘩を売ったのです。その妹であるわたくしが怯む訳にはいきません。たとえその者が王族であったとしても、剣術を極めた剣聖であったとしても、誰であろうと関係ありません。そして過去であろうと、現在であろうと、そのいかんに関わらずこの学院の秩序を守る、それこそがわたくしの矜持なのですから」
凛と自分を見据えるガブリエラにグロリアは声を震わせる。
「ああ、ガブリエラ=ナイトハルト……、あなたは決して揺るがないのですね」
風紀委員ガブリエラ=ナイトハルトは揺るがない 堂道廻 @doudoumeguru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます