第3話 恩師。

髙成卓はあれでマメな男なのか、次の日の夜には担任の住所が届く。

最寄駅を調べて住所を見直すと、また葛飾区で「また東京かよ」とボヤいてしまう。


住所に添えられた電話番号にかけると、「はい、松崎です」としわがれた男の声がする。


「髙成卓さんからお話がいっているかと思いますが、髙成さんと同じ中学校で、3年の時に松崎先生の元でお世話になった、富田繋とみた けいの息子の富田好生と申します」


ここまで名乗った段階で、相手の反応が思ったものと違う。


「はぁ…」

「髙成…」

「富……田…けい?」


この返事で嫌な予感に囚われながら、時間をもらって一から説明をすると、「髙成?ああ…、あの年賀状のか…」と素っ気ない言葉だが、父さんの事は「富田、懐かしいな。そうか、彼はもういないのか」と言ってくれた。


とりあえず髙成卓は、相手の確認も取らずに、電話番号と住所を第三者に渡していたのか…。


「それで、なんで私の所に電話をくれたんだい?」

「父が亡くなるまで、父の事を…、地元に来てからの父の事しか知らずにいました。葬儀の場で初めて祖父母に会いました」


「言ってはいけない事だが、ガッカリしたんだね?」

「はい。それで父の事を知るべきだと思いました」


松崎さんは「なるほど、今度ウチまで来られるかな?君のお父さんは、高校生になってから、私に毎年年賀状をくれていたし、ここには卒業アルバムもある。見せよう」と言ってくれた。



一応礼儀として、髙成卓に[松崎先生と連絡が取れました。ありがとうございます。ただ、何も聞いていなかった事に驚かれていました。個人情報とかは良かったんですかね?]と送ると、「個人情報って、君はつまらない事を言うねぇ。どうせ名簿屋が集めて売っているし、メッセージアプリだって、個人情報を集めてるって知らない?田舎だから知らないかな?とりあえず君が悪い事に使わなければ平気さ。興味があるので、スマホが見つかったら是非教えてくれたまえ]と返事が来て、いちいち田舎とバカにするのが面倒くさい男だと思った。



約束をした土曜日、好みがわからなかったが、駅前のケーキ屋でケーキを買ってお邪魔をすると、父が学生の時の担任の先生だったので、70歳を過ぎたお爺さんが、娘さんの介助で出迎えてくれた。


勝手に定年退職をしたばかりの65歳くらいの人をイメージしていて、無理をさせてしまった申し訳なさに謝ると、笑顔で「来てくれて嬉しいよ」と言ってくれた。

黒くない松崎茂まつざき しげるさんは、父から届いていた35年分の年賀状と、卒業アルバムを見せてくれた。


父さんらしい年賀状だった。

[先生に見つけてもらった高校生活は、毎日が楽しいです。先生、いつまでもお元気でいてください]

[大学進学をする事にしました。大変ですが奨学金を取得して、学生と学費を稼ぐ事の両立と、今から返済を始めようと思います。やり切ってみせます]

[就職しました。奨学金の返済を優先させて、福利厚生より給与を優先させてしまったので、少し厳しい日々ですが、学生の時の熱意を忘れずに、やり切ってみせます]

[私事で申し訳ありません。先生が昔心配してくださった通りの事になりました。僕は新小岩を離れて、どこか遠くへ行こうと思います。来年以降は不躾になりますが、住まいの情報を秘匿させて貰います。それでも年賀状を送る事をお許しください]


驚いた。

父さんは、毎年松崎茂先生に年賀状を欠かさず出していた。


[先生、こんな僕ですが、新天地で恋人が出来ました。僕の過去を話しても、気にしないと言ってくれる素敵な女性です。ご家族友人の方々も、僕の負い目を気にしないでくれています]

[早いと思われてしまうかもしれませんが、この度結婚をしました。妻も周りの人たちも皆、僕が街を離れて行かないように、こここそが本来生まれてくる場所だったんだと言って、早く結婚をしろと勧めてくれました。この土地で一から頑張ってみます。いつか住所を書けるように頑張ります]


段々と自分が生まれた年になると思うと緊張してくる。


[妻が子供を授かってくれました。嬉しい反面不安です。僕のような人間が子供を幸せにできるのか、子供を無事に育てられるのか、過不足なく親ができるのか、そんな事ばかりを考えてしまいます]


「昨年10月の頭に男の子が産まれてくれました。名前は好きに生きて欲しいので、好生と書いてよしおにしました。頑張って妻と好生を幸せにしていきます]


この後は、大体が俺の成長の話や、奨学金を返し切った話なんかが続く。


今年の年賀状には[息子が就活活動をする年齢になりました。幸せな人生を過ごして欲しいです。妻にも散々苦労をかけました。これからは感謝の日々を歩みたいです]とあった。


こんな事を書いた人間が、なぜ自ら命を絶ったのか、俺にはわからなかった。

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