1 死ぬまでに童貞を捨てられなかった青年の話

 18歳の誕生日。この国で成人と呼ばれる年齢を迎えた青年の目には、今まで白黒に見えていた視界に色が付いたかのように見えていた。

 秋葉原にあるエロゲや18禁同人を扱う店。ド〇キのアダルトオンリーと書かれたのれんの向こう。『あなたは18歳以上ですか?』 という文字にドキっとさせられる日々。

 しかし、その制限はついに解かれ、これから先は臆することは無くなった。

 それすなわち、誰よりもエロを渇望し、それでいて年齢制限という悪魔のような足枷により叶わなかった青年が、本当の意味でこの世に生まれた日――


「――それが何よりもめでたい、この俺、椿己(つばき)くんの誕生日であった! どやぁ!!」

 青年――椿己は決め顔を作ったかと思えば、直後にため息を吐いて肩を落とした。 

「はぁ。本音を言えば、こんなオモチャ(アダルトグッズ)だとかイラスト(エロイラスト)だとかよりも現実での恋愛やらも期待しましたよ? だけどこの歳まで、そう18歳の聖なる誕生日まで性なる縁の一つも無し! ざけんな!!」

 椿己は理不尽へと地面を踏み鳴らす。すると、今日一日で買い漁ったアダルトグッズが入った大量の袋たちもガサガサと音を鳴らした。


「我がチソポに、一片の使い道無し」


 握った拳を高々と掲げ、叫びながら目尻からは涙を零した。


「なーに一人で騒いでんのよ」

 突然の声に、椿己は顔を上げて声の主へと視線を向ける。

 そこにいたのは金髪の女性。壁によりかかりながら、怪訝そうな顔で椿己を見つめていた。

「なんだハルか」

 声の主はハルという女性。椿己が小さいころから付き合いがある、いわゆる幼馴染というやつだ。

 長い髪は金髪に染められ、ロングスカートとキャスケット帽を着こなす、ファッション誌の表紙から出てきたかのようなおしゃれ女子。

「どうしたこんなところで……って、ここ俺の家か」

「いま自分がどこにいるかも認識してなかったの? やべーやつね」

 椿己の頭の中でイラッと擬音が響く。

「考え事してたんだよ」

「ヘーソウナンダ。それより、それ何買ってきたの?」

 ハルは椿己の両手から下げられた袋に目を向けた。その袋は色がついていて、中身が見えない。アダルトグッズを買った帰り道に恥ずかしい思いをしないようにと、購入店によるありがたい配慮のおかげで、椿己は今救われた。

「ハルには関係ないだろ。それよりなんでここにいるんだよ」  

 ハルはやれやれと嘆息を一つ。

「あんた今日誕生日でしょ。この私がお祝いしに来てあげたのよ」

「プレゼントでもくれるのか?」

「ふふん。きっと、あんたが一番好きなものよ」

 椿己(あんた)が一番好きなプレゼント――椿己は思考を加速させた。

 ハルを見る、目に見えるプレゼントは無い。つまりプレゼントは小さく、スカートのポケットや後ろに隠れる程度のサイズ。そして俺(つばき)が一番好きなもの……。


(オ〇ホールか……?)


「あんたに当てられるかな~?」

 ……こいつ楽しんでやがる。ハルの憎たらしい笑顔へ椿己は睨みを返した。

「ハル。『はい』か『いいえ』か『部分的にそう』で答えてくれ」

「え、うん。わかった」

 椿己はいくつかの質問をハルに投げかける。

「それは、やわらかい?」

 椿己はやたら大げさな考えるポーズをしながら問いかける。

「びっくりするぐらいやわらかいと思うわ。答えは『はい』ね」

(オ〇ホじゃん!)

 有奏は胸を張ってどや顔をしている。

「穴がある?」

「穴、はそりゃいくつかあるかな。『はい』」

(しかも貫通型オ〇ホ……だと!?)

「……動くやつですか?」

「普通に動くわ。『はい』」

(電動機能まであるのか!?)

「重量感はありますか?」

「えっと、軽いほうだと思う。なんか重量感って言い方が嫌だけど……『いいえ』かな?」

「それは、『オ』から始まって『ル』で終わるか?」

「……うん。もうわかっちゃってるのかな」


「一度まとめよう」

 先の質問から導き出した、プレゼントの特徴。

・やわらかい。

・穴がいくつかある。

・動く。

・重量は軽いほう

 そして、椿己が『一番好きなもの』

「――以上の特徴から見て、導きだされる答えは一つ」

 椿己はハルに向かって歩みを進め、距離を縮めた。

「嬉しいよハル。俺のこと、そんなに考えてくれてたんだな」

 椿己に距離を縮められたハルは顔を赤くし、明らかに照れた表情を見せていた。

「じゃあ、プレゼントあげる。答え、言ってみて?」

 椿己は頷き、導き出した答えを叫ぶ。


「最新式小型電動貫通型オ〇ホールだ!!」

 

 ……結果として、その言葉は聞かれなかった。

 叫んだ瞬間に後ろから来ていたトラックに激突された。全身の痛みと息苦しさを感じながら、赤い視界には空が迫ってくるのが見えた。足元には自分の家が見えている。相当高く飛ばされたらしい。 

 薄れゆく意識の中、椿己は思う。

「誕生日が命日か。結局、童貞捨てられなかったな」


 目を閉じると同時、空には超常的な現象が現れていた。

 バチッ――と空を眩く照らす雷光の線は、円を、文字を、記号を描いて確かな存在感で空に浮かんでいる。

 魔法陣――映画やら漫画やら、フィクションでしか見ないような存在は、眩い光で死にゆく椿己を包み込んだ。

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