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「ソーントン一家のところに鉄道が通って鉄道会社に強引に地上げされて農場が潰れて、、、、なんて話はよく聞くけどさぁ、あたしが知ってる限り全くの嘘だね。考えてもみなよ、あんなごてごての南部訛の南部の出身でどうしてそんなところに線路が通るのさ。しかも南北戦争まえよ。あれはソーントン強盗団だ鉄道強盗ばっかするから作られたでっち上げなのよ。それよりもう5ドルくれたら話すけど、北軍に連れて行かれちまった幼馴染の名前をね、、、、」

 ミセス・リアンカ・クラヴァール



 日はとっぷりとロッキー山脈らしき、もやもやしたものに沈もうとしていた。

 空の色は赤と青と紫のグラデーション、それと風に長く流れる薄い色の雲で美しかったが、聞こえてくるのは、不快な噛みタバコを噛む音と定期的にそれを履く音。

 トム・<キャクルおしゃべり>クラッカワーすら一言も喋っていなかった。

 ときより風に乗ってかすかに聞こえる遠吠えはコヨーテでなく狼だった。

 ハゲワシですらもう巣に帰ったのか空には見えない。

 ロブの弟、ジェイムズ・ソーントンは喉の乾きを感じ、水筒に手を当てたがさっき飲み干したことを思い出した。

 昨晩の擱座かくざした驢馬ろば肉のパーティで飲んだ、いや、その時飲みすぎたウィスキーがうらめしい。

 ただ一晩無意味に酔っただけで翌日は一日中この喉の乾きだ。

 <キャクルおしゃべり>が昼過ぎ、自分の水を自身の馬に与えていたときはやられたとさえ思った。

 <キャクルおしゃべり>を残忍さと陽気が半々のただのチンピラだと思ったいた自分を恥じた。 

 だが今晩には、ちゃんとした食事にありつけ、シーツのひかれたベッドで寝られる。塩漬けかもしれないが厚さのある牛肉のステーキに付け合わせはポテトかブロッコリー。干したやつは食べ飽きたがコーンでも良い。水が欲しいが水はねぇな。ワインか、せめてエール。できればウィスキー。

 それだけを考える。ただそれだけを、、、、。


 どこまで行っても荒野につぐ荒野。

 金だけはたんまり在るのに、使うすべがないとはこんな皮肉もないだろう。


 ヒューイ・<ヒュージでっかい>ディッキンソンを撃ち殺して以来、ジェイムズは兄の指示で隊列の最後尾に着いていた。

 これ以上、裏切り者を出さないために。

 これ以上、強盗団を減らさないために。

 兄を、そして自分を守るために。

 しかし、荷馬にうま一頭に四人で隊列と呼べるのだろうか? 。

 ヒューロンの銀行を襲う前は六人も居たのに。

 それに<キャクルおしゃべり>は朝になり値をふっかけて来た娼婦を切り裂いた後でも歌さえ歌っていたのに。 


 後ろを見る必要な無い。

 どういったわけか知らないが、ヒューロンを出て以来連邦保安官の追跡隊はその気配すら感じられなかった。

 朝に撃ち殺されたヒューイ・<ヒュージでっかい>ディッキンソンは今や太陽の化身と化して午前中は後ろから午後は正面から四人を焼いていた。

 酒枯れした声でハロルド・<ナスティ嫌な奴>ウォーカーが言った。


「ロブ、てめぇの弟を俺の左側に寄せるんじゃねえ」 


 先頭を行くロブ・ソーントンがポクポクゆっくり進んでいた馬の歩みを止めた。

 ロブ・ソーントンがしなやかとは言い難い動きで夕日を背に振り返った。

 ハロルド・<ナスティ嫌な奴>ウォーカーが続ける。


「俺と<キャクルおしゃべり>は、てめぇら兄弟の兵隊や奴隷じゃあねぇんだ。左後方に位置して囲むんじゃねえ。そう弟に伝えな。こいつはお前としか喋らねぇようだからな。俺のホルスターのある右側に常に居ろって言え」


 ロブが馬を止めたので四人の隊列は止まった。

 ロブは小さく眉をしかめた後に言った。


「弟がおまえのどっち側に居ようと弟の勝手だ」

「なんだと、」


 ハロルド・<ナスティ嫌な奴>ウォーカーの返事は吐き捨てた、噛みタバコだった。

 隊列が止まったことでジェイムズは馬を止めざるを得なかった。やがて疲れから視線を落とし足元をゆっくり眺めてしまった。

 そこに、悪魔がいた。

 たった三つの岩だったが、顔に見えるにはいつも十分だった。

 三つの岩は二つの目と口。

 撃たれて死んだやつは遅かれ早かれ、みんなこうなる。

 死だ。恐怖だ。


 バキーーン。


 <キャクルおしゃべり>が言った。


「はは、ジェイムのやつ、狂っちまいやがった。足元の岩を撃ってやがる。あはははは」


 ジェイムズは正気を取り戻そうと、わざとゆっくり銃をホルスターに収めた。

 しかし、心臓はバクバクいっていた。

 

 昔、始めて人を撃ち殺したジェイムズにロブは言ったものだ。


『ムカつくやつを誰でも良い、早く二人目を殺しちまえ。今、お前が抱えている嫌な思い出や気分が半分個はんぶんこになって楽になるぜ』


 ジェイムズにとってロブの言うことは早く生まれて生きているだけすべて事実だったが、これだけは嘘だった。

 しかも大嘘だった。

 恐怖だけがジェイムズの早撃ちの訓練の動機となった。

 ジェイムズは誰よりも早かったが、誰よりも怖がりだった。

 たった一発でどうなるか。 

 早抜きの技といってもコンテストが在って表彰されるわけではない。(もちろんそういう大会もあるには在ったが)

 ジェイムズの場合、至極当然に早抜きのたびに人が死んでいた。ジェイムズはもう恐ろしい数の人間を殺していた。それも理由だろう。   

 すべてがトラウマになった。

 ロブと馬の影が目の前に来たときにジェイムズは我に返った。

 眼の前までやってきたロブ・ソーントンが言った。


「おい、まだ悪い癖が治っちゃいないのか? 」


 兄の存在と<フィアー・アンド・フィスト恐怖と拳>も原因かも知れない。


「強盗団いちの拳銃のつかい手が、いつどこを撃つんじゃわかんねぇのじゃあ俺達は終わりだな」


 ハロルド・<ナスティ嫌な奴>ウォーカーが韜晦とうかい自嘲気味じちょうぎみに言った。

 ロブは馬をハロルド・<ナスティ嫌な奴>ウォーカーの側につけるとテンガロン・ハット越しに睨みつけた。

 ジェイムズはロブがハロルドを殴るかと思ったが、そうではなかった。

 小さな囁きが響いた。


「弟がガキの頃から知ってるが、てめぇより役に立つぜ。どこの馬の骨かもわからねぇ新人ニュー・カマーさんよ」


 <キャクルおしゃべり>とはここ二年組んでいるがハロルドとはヒューロンの銀行襲撃の前に組み始めたばかりだ。

 ハロルド・<ナスティ嫌な奴>ウォーカーも無言を貫き通した。

 返事は噛みタバコのすぐ脇への吐き捨て。

 不同意並びに不愉快なことを示す意思表示。

 ロブは意も介さず馬を先頭まで進めた。

 ジェイムズが見たところ、ハロルド・<ナスティ嫌な奴>ウォーカーはここ最近荒事を始めた半人前の悪党だった。全ての行動に躊躇が見られた。それは経験が少ないことを表していた。ヒューロンの銀行襲撃時でも言われたこと以外何一つしなかったしハロルド・<ナスティ嫌な奴>ウォーカーは、持ち場より半歩でも前に出ることさえしなかった。逆に持ち場のカウンターから四歩も前に出て警備員を撃ったヒューイ・<ヒュージでっかい>ディッキンソンは撃たれた。

 それで、ヒューイ・<ヒュージでっかい>ディッキンソンは死に、ハロルド・<ナスティ嫌な奴>ウォーカーは今でも生きている。 


キャクルおしゃべり>の声が久しぶりに響いた。


「ロブ見ろよ、妙ちくりんな看板が立ってるぜ」


 ロブは馬首をめぐらし、看板に向けて駆けていった。

 丸太に板が結わえられ看板は立っていた。

 木の看板にはこう掘られていた。


『居住者以外の銃ならびにライフルの銃器類を所持してのスウィング・シティへの来     訪を一切禁ず。保安官ジョン・スミス』

 

 沈み行く太陽の中強盗団全員が看板の前に立ち尽くした。

 少し遅れたがジェイムズも来た。

 

「なんだこれ? 」


 <キャクルおしゃべり>が笑いながら言った。


「ソーントン兄弟よ、スウィング・シティってのは捨てられたシケた街じゃなかったのか」

 

 ハロルドが言った。

 ロブは黙っていたが表情を変えず、ゆっくり口を開いた。


「住民は五十人もいかない程度、保安官が一人にパート・タイマーの立っているだけの保安官補が二人ってところだろうと思ってたが」

「四対三か。結構やべえんじゃねぇのか?けるか」

 

 とハロルド。

 思案を兼ねてか少し間を開けてロブが言った。


「いや、俺も多少の先手を打ってある。それにもう飯も水もなければ馬も限界だ。けるのは論外だ。だが意外に手こずるかもなぁ、銃器類の保持しての来訪を禁ず、だと、今までこんな笑わせる看板、セントルイスからこっちの西部の街で見たことがあるか、おまえら? 」

「―――― 」

「―――― 」


 <キャクルおしゃべり>もハロルドも無言、もちろんジェイムズも。


「このジョン・スミスって保安官は気合の入ったやつかもしれんねぇぜ。おい、行くぞ」


 四人のこま荷馬にうま一頭が夕日を追うようにスウィング・シティに向かう。

 四人の影だけが、異様に長く伸びヒューロンに届きそうだった。

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