第11話 咲良とルウナ

 ここで働き始めて初めての夏を迎えていた。

学校が夏休みの間は平日も水色のスカートに出勤している。


“お盆休みスペシャルウィーク”として、今週は毎日イベントが開かれていて、被らないように用意された色の浴衣をそれぞれが選んで着る。


食事メニューもそうめんやゴーチャンプルー、フォーやトムヤンクンとキッチンのこぐまさんが各地方の料理を作ってくれていて、中でもトマトカレーが私のお気に入りだ。

スパイスの独特な香りと、ピリッとした刺激の後に感じる出汁の旨味。爽やかなトマトの酸味が夏を感じさせてくれる。

賄いで毎回それを頼むので「咲良のためにちょっと辛くしといたよ」と出してくれるレベルは、提供するものより3倍ほど辛くなっていた。

こぐまさんから受け取る時に『勝負だ』というような目線を交わし合うのも楽しい。


 最終日前日の土曜。

翌日この地で行われるライブの前乗りついでに東京から来ていたアーティストが、水色のスカートの小さなステージに出演してくれることになった。

私が知ったのは当日の出勤時。

休みを取っていたみこに知らせると、悶絶してとても残念そうにしていた。


“7jam ribbon”2期目のメンバーであり卒業生、グループの中で最も個性的だったといえるツムギさん。

現在活動しているバンドも人気があり、元々アイドルだったことを知らない人も居る。


まなさんは混雑を避ける為と、元々きょう来てくれる予定をしていた常連さんを大事にしたい。

という思いから、既に来店していたお客さんにツムギさんのステージがあることを知らせてから出演2時間前にSNSで告知した。

にも関わらず、常連さんと情報取得の早いツムギファンでテーブルや椅子を除けても水色のスカートはいっぱいだった。


アコースティックライブだったため、アイドルを応援する”熱い“盛り上がりは無かったが、皆恍惚とした表情でステージを観ていた。

目をきらきらさせていたアリスさんを突然ステージに上げ、2人で弾き語りをした一曲は特にグッときた。


その行動の通り、自身のステージが終わってからも食事の提供を「飲食店のバイト久しぶり!!楽しいー!」と手伝ってくれたり、お客さんはもちろん、お店で働く私たちにも気さくに話しかけてくれる素敵な人だった。

“有名人”とこんな風に過ごすことが初めてだった私は感動した。


隣にいたましろさんに

「ツムギさん優しいですね。やっぱり“売れる”って人柄もあるものなんですかね」

と聞いてみた。


「良い人だよね。まなさんがここに連れてきてくれる人はあんな人多いよ。たまにステージしかやりません、ってひともいるし、私たちとは一言も話さずに終わったらさっさと帰っちゃうひともいるけど。それはやっぱり自分のキャラ作りだったり拘りだったり、そもそもその人が根っから出来ないことだったりするからなんとも思わないけどね」

ふんふんと相槌を打ちながら聞く。


「やっぱり“普通”の世界から見ると変な人多いよ。

ツムギさんもステージ衣装とか、世界観は細部まですっごく拘るけど、私服は自分で選べないからお母さんに選んでもらってるって言ってたし。自分で食べる物の選択も難しいから、まなさんと会う時は全部まなさんに決めてもらうらしくて。まなさんはそれがとにかく大変だっていってた」

と笑った。


 ダンスの世界も割と変人が多い。

好きなことを突き詰めるがゆえに多くの人とズレていくのか。あるいはもともと、他の何を差し置いても信じたことに真っ直ぐ突っ走っていける才能を持っているのだろうか。

 

誰かからの見た目を気にすると“好き”を振り切れない。『無難』をとっても抜きん出ない。

分かってはいるが、私のような“ふつうの人間”にはそうするのは難しいし勇気がいる。


 水色のスカートにいると自分が何故コンテストで入賞できなかったのかがよく分かる。

レッスンや自主練は小さい頃からたくさんしてきたので、動きのクオリティやシルエットにはまあまあ自信があるが、感性の部分に自信が持てない。

曲へのアプローチや、自分が音に溶けていく感覚が得られない。

チームで戦っていた時はその中の誰かを意識していれば良かった。

目を合わせて「今私たちはこの音の世界にいる」と見て認識できた。


ひとりで舞台に立つようになってからは、ジャッジはもちろん、エントリーしている全ての目が自分を審判していると思うと、他者から否定される感想を勝手に想像しては羞恥心を抱いて、曲に浸かる事を避けていた。


と、ステージ上で“アイドルをする”先輩たちを観て思い知る。

素のままでそれができるキャストもいるだろうが、彼女たちは水色のスカートの扉を開いた時から閉じる時まで、ずっと“日常”を感じさせない女優だった。


たった数分の時間でさえ人前で自分を忘れるくらい入り込めなかった自分。

考えれば考えるほど、ダサい。

中途半端で思い出すほどに恥ずかしい。



 22時までの営業が終わり退勤した。

キャストたちは賄いなどを食べながらお客さんが帰った店内で、ツムギさんと打ち上げ的なことをするという。

「高校生は終わったら即帰宅!」とまなさんから言われているので、扉を閉めるギリギリまで「いやですー!居たいですー!」と残りたい思いを出し切ってから渋々閉じた扉を背にする。



地上へ上がる階段に前を行くルウナさんが見えた。

 あれ?

「ルウナさん!」

駆け上がりながら一緒に駅まで行っていいですか。と声をかける。

「咲良、おつかれー。うん、一緒に帰ろ」

と追いつくのを待ってくれた。


「ルウナさん、打ち上げ参加しないんですか?」

20歳は越えているはずだ、この時間からツムギさんと一緒に過ごす時間以上に大事なことがあるのだろうか。

「んー、うん」

なんだか意味ありげに答える。

「なんか、ありました?」

ととっさに言ってしまってから「やばっ」と思った。


困り事があったとして、私なんかが何を言えるだろう。とっさに聞いてしまったことに一瞬で後悔した。

ルウナさんの様子を窺いながら並んで歩く。


言うか考えている深刻な表情から、急に情けなく笑う顔に変わった。 


「いやー。ダサいと思われるかもしれないけどね。

本当は、居たいよ。めっっちゃ参加したい。好きだもん、ツムギさん。でもね、」

次は垂れた目尻が元の位置に戻って力が入る。


「ここでは“ツムギのファン”でいたくないの」


 足が止まりそうになった。

どういう意味かまだ完全な理解に至っていないが、言葉が首筋をざらっと撫でて鳥肌が立った。


「良い風に見られたくて、好き好き言っちゃう自分が目に見える。”アイドル“しなきゃなんない自分がステージを降りちゃってるみたいで。その上うっかりアドバイスなんて聞いちゃったら終わりだよ。その時点で同じところに立てない気がするの。ははは、なんの力もない私が言ってんだよね、ダサいよね」


なんだそれ……。

「ルウナさん。笑わないでください」

「え、何、顔怖いよ咲良」


「めっっっっっっちゃ!かっこいいです!!!」


とうとう2人とも足を止めた。

身体ごとルウナさんに向く。


「え、ア、アリガト」


驚いて少し沈黙したあと、今度は声をあげて笑った。


「なんか咲良入った頃時から変わったね。なんていうか、人間っぽくなった」

歩くことを再開する。

「慣れない場に緊張してましたから。ステージ外でもガチガチでした?」

「うん、ガチガチだったね。私たちと喋る時も。まあ、そんなもんだよねぇ」

へへへ、と照れ笑いで返す。


「ステージは?慣れた?何度もちゃんと見てるわけじゃないんだけど、あれって全部フリつけてるの?」


水色のスカートに来て3ヶ月程。

週末だけとはいえ、全て違うことは出来ない。

夏休みはそれ以上にネタの引き出しが要る。


「チーム組んでた時とかソロでコンテスト出てた時に作ってもらったのをやってたんですけど、何ステージもやってたら足りなくなってきちゃって。好きな曲選んで、ある程度は決めてますけど。フリーで踊る部分も多くなってきてますね」


「ふーん。普段もHIPHOPしか聴かないの?」


「いえ、逆に普段はほとんど聴かないです。アニソンとかボカロ曲が多いですかねぇ」


 駅の改札が見え始めた。

地下鉄に乗るルウナさんとはそろそろお別れだなと思いながら「じゃあ、」とルウナさんに目をやると携帯をいじりながら

「咲良、明日暇?」

とこちらに目をやらずに言った。


水色のスカートのシフトには入っていなかったので、それこそステージのフリでも考えようとしていた事を伝えると

「オッケー!!ちょうどいい!!」

と携帯を操作する手が速くなった。


なんだか良い反応はもらったが、視線は携帯に落ちたままだ。

「明日ね、アニソンとボカロ曲しか流れないダンスバトルに知り合いが出るから観に行こうと思ってて」

「へえ、いいですね!」

一緒に行こうと誘ってくれるのだろうか。

期待しながら次の言葉を待つ。


「よし!!2ON2エントリー完了!!」


「えっ」


「一緒に出よう!!わー!3年ぶりだなー!」


いやいや!!


「やだやだやだ!!!!出たことない!無理無理!!」


ダンスバトル!?知らせてくれていない曲が突然かかって、それにあわせて即興で踊るなんて、神の御業でしかない。


「大丈夫!誰も咲良なんか見てないし、期待してない!じゃああとで詳細送っとくねー!ばいばーい!」


はっはっは、と笑いながらルウナさんは行ってしまった。

口を閉じることが出来ないまま、改札を通り消えていくルウナさんを見送った。



 耳に入ってくる電車の走行音と、奥に残るルウナさんのことば。


 “ファン”でいたくない。

 誰もみてないし、期待してない。


まるでアニメの主人公だ。

他人より劣っている能力が、周囲の愛やライバルとの戦いで次第に力をつけ勝利を得る。そんなヒーローが口にする言葉。


車窓に映し合う外の景色と自分の姿をみながら、思い出せる限りのそんなヒーローたちの名前を浮かべる。 

ほんの少しルウナさんと話しただけなのに、答えを見つけたい自分への問いがたくさんあった。


 メッセージを受け取ったとポケットが振動する。

アプリを開くと、ルウナさんから明日の時間と場所の記載のあとに『楽しもう!』と書かれてあった。



 どきどきしてきた。

 いや、わくわくかもしれない。やりたい。

 初めてだもん、恥じることはない。


『楽しみます!!!』と返事をしてイヤフォンを耳に突っ込み、アイドルが成長していくアニメのオープニング曲を流した。




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