第12話
「イゼラ、ルチナ、あなたたちは侍女としての務めを果たしていましたか」問いかける先を変えて、表情を無くして二人に視線を送り「いつまで黙っているつもりですか」圧をかけた。するとイゼラがキッとラファを睨む。
「田舎貴族の娘がどうしてブルボナ伯爵さまの婚約者に。私は公爵家でも侍女をしていました、こんな奴は伯爵さまに全く相応しくありません!」
「そうよ、伯爵さまにはもっと高貴な方がお似合いです。決してこの泥臭い女ではありません!」
「お黙りなさい!」
サブリナはつい声を荒げてしまった。こうも己が未熟だったとは、今まで気づかずに恥ずかしい。人物を見抜けなかったのは明らかだ。
「あなたたちはブルボナ伯爵の使用人です。その主人の意思を最大限に尊重するのが役目。だというのに何ですかその態度は」
背筋を伸ばして腹の前で両手を合わせて二人を見据えた。ラファは何も言えずに身を固くしている。
「きっと伯爵さまも、こんなのが来るだなんて思ってもいなかったんでしょう。だから私たちが代わりに追い出してやろうとしたのよ!」
「大体サブリナ、あなたも同じ侍女なのに偉そうに。今さら自分だけいい子ですよとでも?」
サブリナは僅かに目を閉じて心を落ち着かせる。もう戻ることが出来ないところまで来てしまったと確信して。
「ルチナ・アイトーエン、イゼラ・ロフェ。両名をブルボナ伯爵家の侍女から解雇します。此度の行状については、正式に両家にも抗議を送るものとし、速やかに屋敷より退去するよう命じます」
「解雇ですって? いくらメイド長兼侍女だからって、私達をどうにか出来るわけないでしょ。主人は伯爵さまなのよ、お話をしたら絶対に理解してくれるわ」
その通りで侍女には下級使用人に対する命令権限はあっても、上級使用人には解雇どころか命令すら出来ない。
「あらサブリナはそんな決まり事すら知らなかったのかしら。常識ですわよ」
「知らないことが罪であるかのような考えを持っているなら結構。私はブルボナ伯爵より、現在臨時で人事権を与えられています」
主人である者の最大の権限、それは人事権だ。これは王であっても同じで、この人事権があるから序列が保たれている。その珠玉の権利をどうして侍女風情に付与しているなどと。
「私達は侍女で、下級使用人ではありませんよ?」
「無論把握しています。私はブルボナ伯爵家筆頭近侍で、侍女兼メイド長でもあります。知らないことが罪であるならば、あなたたちには罰が必要ですね」
筆頭近侍。領地を持っている貴族ならばそれを家令と呼ぶかもしれない。即ち、使用人らの頂点であり、領地内では主人の代理人として経営を任される者。そのような者がどうしてメイド服をまとい小間使いをしているのか。
「で、でも。伯爵さまに直談判すればきっと理解してくださるわ!」
「あの方が、あなたたちと私のどちらの言葉を採ると考えているのでしょう」
「二人で訴えればどうなるかなんてわかりませんよ!」
公的な部分では複数人の証言がより上位に据えられることが多い。単独ではいかようにも作り話が出来るから。それを越えるのが身分というものでもある。
「どこまでも往生際が悪い方たちですね。これが最後です、サブリナ・ブルボナが命じます、両名を解雇します。速やかに退去しなさい。自分で出来ないようならばお手伝いしますよ」
「え、サブリナ・ブ、ブルボナ……そ、その失礼いたします」
二人で目を合わせるとそそくさと部屋を立ち去る、直ぐに荷物をまとめて出ていくだろう。隅にいるメイドにも出て行くように指示すると、初めてラファに向き直る。
「お見苦しいところを申し訳ございません。そして再び不適切な結果を招いてしまいお詫びの言葉も御座いません。この失態は全て私に帰すことであり、ブルボナ伯爵の意思ではございません。何卒そこだけはご理解いただきたく」
「いえ、その、心配ありません」
「なんと寛大な。そのお心遣いにサブリナが最大限の感謝を示させて頂きます」
深々と礼をする。これはそういった儀礼だけでなく、真実謝罪と感謝を伝えたいという心の奥底からの行動。もし不満があれば全てを抱いて自分が泥をかぶり、伯爵にだけは被害が及ばないようにと考えていた。
「ところでサブリナもブルボナって」
「はい。伯爵さまの腹違いの姉、ですが私の主人は生涯アレクサンダー・ブルボナです」
ラファも貴族として生まれ育ったので、血縁でもそういった関係になることがあるのは良く理解出来た。そしてサブリナが嫌々そう言っているのではないのが感じられた。
「伯爵さまは、とても素敵な方ですね」
「そのように仰って頂けると知れば、伯爵さまもお喜びになるでしょう。報告に行かなければならなかったのですが、使いをだして私は残ることにします。お疲れでしょうから少しお休みください。後程私が伺います」
もう人任せにはしない、部屋の前に使用人らを呼び寄せてあれこれと指示を出す。伯爵には執事を通して報告を上げることにし、彼女は扉の傍にある椅子に腰を下ろして動こうとしない。どんな不都合が起こるかわかったものではない、伯爵が事態を知り行動を起こすまでは絶対にラファの傍を離れるつもりはなかった。
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