第4話 【私と子供の願い】

 陽が落ち、茜色に染まる境内

 そんな周りの色に負けない程頬を赤らめた紅葉

 自分の口から出た感謝の言葉に恥ずかしくなって神谷君の進む方へと顔を向けることが出来ずにいた

 神谷君が帰路へと向かう中、その足跡とは別にこちらに向かってくる足跡が私の耳を鳴らす

(こんな時間に誰…?)

 先ほどの不良共か?

 いや、聞こえる足跡は一人のモノだ

 私に二人がかりで負けたのにわざわざ一人で来るわけないし、そんな気概はあの不良にない

 父さんか?

 いや、足跡的にもっと若い、否、幼い感じがする

 私がそのように思考を巡らせているとその足跡の人物は自分の隣に並んできた

 小学生くらいだろうか、その子供はポケットから小銭を握りしめると口が半分程塞がっているご利益を得られそうにない賽銭箱と言えない目の前の箱の隙間に上手い具合に小銭を投げ入れた

 そして、二拍手の後自身の願いを大切に祈っている

 その子供を私は横目で見て少し気になっていた

(二拝もなければそもそもこの子参道の真ん中通って来たわよね…?)

 普段なら気にしない

 だからこれはホントただの気まぐれ

 神谷君とのやり取りで生まれたほんの気の迷い


「酔狂ね…こんなボロ神社に来て祈祷するなんて」


 私はその子供に話掛けていた

 急に話しかけられてびっくりした様子だったが、私の服装を見てここの神社の巫女だとわかって安心したのかすぐに返答をしてくる


「えっだめなの…?」


 巫女から言われて不安になったのか弱弱しく不安な口調


「ま、いいけど。叶うといいわね、あなたの願い」


 ただの気まぐれで声をかけただけ、別に言葉のやり取りをするつもりはなかった


「うん…ありがとう…」

「…」


 なんだろうこの形容しがたい感情は

 別に興味すらなかったけど、その反応はまるで聞いて下さいって感じだ

 どうにかしてこの空気を変えないと…なんだかんだ疲れたし、私も帰りたい

 なんとかして帰ろうとして画策している私にその子供は言葉を続ける


「ねぇ、お姉ちゃん、神様ってホントにいると思う?」


 …この子は私に何を聞いているのだろうか?神様がいる?それを神に奉仕する巫女に聞くのか?

 私の答えは単純だ

 ”いるわけない”

 いたとしたら今この瞬間、私はここに存在していないのだから

 しかし、それを今ここで大切に祈りを捧げているこの子供に伝える程私も子供ではない

(どうしたものかな…)

 言葉に悩んでいる私に更に子供は言葉を続ける


「もしいるとしたら兄ちゃんの病気直してくれるかな…?」


 子供の切実な願い

 それを聞いて私の心がざわつく

 神に祈って願いが叶う?ふざけるな


「さぁね、でも結局は病気になる運命を決めたのもその願っている神様なんでしょう?なのに治して下さいってのはおかしいことじゃない?」


 仮に神様が存在したとして運命を司っていると言うならば、不条理すらも神様が決めたことだと言うことだ


「祈ったところで無駄なことよ」


 人は皆生まれながらにして平等ではない

 その不条理に抗う

 でも、いつしか抗う為の牙が折れ現実から目を逸らす

 そして神様なんて存在しないモノに縋り、助けを乞う

 そんな都合のいい奴らに私は怒りの感情を出してしまう

 こんな小さな子供の希望すら砕いてしまいたいほどに


「そうだよね…お願いしたところで気休めにしかならないよね…」


 冷たい視線、無常な言葉

 まだ年端もいかない子供には重すぎたのか


「うわぁぁぁぁぁぁん‼」


 泣き出した

 境内には感情のまま訴える子供の泣き声が響き渡る

 その大きすぎる感情に我に返る


「げっ!」


 流石にやり過ぎた

 私の感情が抑えられなかったとは言え相手は子供なのだ

 大人気なかったと私でも反省する

 後、凄く煩わしい


「じょ、冗談よ!お兄さんの病気治るといいわね‼だから泣かないで!ねっ?ねぇ⁉」


 なんとか泣き止んで貰おうと落ち着かせる

 私が子供を虐めているみたいな構図が私の良心を痛める、後うるさい

 そんな私の感情を読み取ったのか、嗚咽混じりの泣き声から徐々に子供は言葉を発する


「そんな投げやりで…言わないでよ…僕だって無駄だってわかっている。でも、これしか出来ないから…」


 弱弱しい子供の言葉

 自分に出来ることを探し、少しでも好転するようにと考え行動に起こしたのだろう

 そんな中、私に否定され、無力な自分に悲嘆し泣くことしか出来なかった

 その中で生まれた新しい疑問をこの子供は訴える


「どうして神様は…兄ちゃんを病気にしたの…?」


「はぁ…」


 私は子供の切なる願いに小さく息を吐きだし答える


「神は暇つぶしに私達に試練を与えるの。卑劣で、無差別で、残酷なモノ…そう、あなたのお兄さんみたいにね」


 人が望んでいようが、いないが関係なしに

 世界は残酷に人を選ばない


「あなたの気持ちはよくわかる。もう神に縋るしかないものね」


 存在していようが、いないが関係なしに

 何かに縋る

 ”助けて”とその何かに首を垂れる


「だけどもう一つ、あなたには出来ることがある」

「…え?」


 でもね、そんなことよりも大切なことがある


「奇跡を信じる《おこす》こと」


 願いとは奇跡であり、それは願うだけではダメ

 信じ、起こすことが必要である

 他人任せにするな、自分の手でつかみ取れ

 私は子供の頭に手を乗せ、優しく撫でる


「あなたの強い願いはきっと奇跡を起こす。だからきっといつか報われるわ」


 報われる…そう、報われるだろう…例え、どんな形だろうと


「信じていれば兄ちゃんは治るの…?」

「ええ、きっと治るわ。だからもう泣かないの」


 今、私はこの子の目にどう映っているのだろう


「…うん!…約束!」


 私の言葉に喜んでいるのか、先ほどとは違った涙を見せる


「あのね、うちの兄ちゃん…」


 安堵したのか自分の兄について語ってくる

 そんなに嬉しかったのか。まだ”助かる”と決まった訳じゃないのに

 私はこの子に”治る”と断言してよかったのか

 泣いているこの子に同情したのか?

 いや、違う。私は”そんなこと”これぽっちも思っていない

 では、落ち着かせる為の出任せだったのか?

 それも違う

 私は事実をただ伝えただけだ

 この子供は願ったのだ、”病気が治りますように”と

 巫女の宿命を背負う私はその願いを叶える

 病気は治る…だけど運命は変わらない

 その運命が何を指し示すのか

 願わくば、その運命が彼らにとって喜べる未来になることを私は信じたい

 陽が沈み、辺り一面を照らす月夜

 喧噪が止み、静寂が世界を包む

 風が髪を靡かせ、肌寒い空気が纏わりつく


「ここがあの子の言っていた病院ね…」


 私はあの少年の兄が入院している総合病院に足を運んだ

 あの少年の”願い”を叶える為に

 満月のスポットライトを浴びている病院の周りに観客は存在しない

 今宵のステージに登壇しているのは私と…

 私の背後から心臓の鼓動が鳴り響く

 その音の大きさ、聞こえてくる音の位置

 私はゆっくりと振り返り、音の正体を確認する


「これがあの子の願い…」


 目に映るのは影のような真っ黒で人型の見た目をしているが、人とは違う異形の存在

 全長約3m、目は閉じること無く前を見つめ、口は頬まで裂け、皮膚はノイズのように乱れている


「だっフn…んhう」


 何を視て、何を感じて、何を言っているのか人にはわからない

 人の形をした異形

 私は”コイツ”を殺しに来た

 目を浅く閉じ、次には”カッ”と見開く

 自分の中の巫女の力を解放する

 あの少年の”願い”を殺す為に

 私が巫女の力を解放した瞬間、異形の存在はこちらに気付いた

 巫女の力の解放は”こちら”と”あちら”の世界の接触

 お互いの世界が交わっていなかった為、巫女の力を持っている私でも視ることは出来ても触れることは出来ない

 向こうは見ることも存在を感じることも出来ない

 巫女としての力の解放によって可能になった世界の接触

 これによりあの少年の”願い”によって具現化したこの異形の存在を”殺す”ことが出来る


「カ…………イキ」


 化け物からの”メッセージ”、それが何を意味するのか私にはわからなかった


「キィィャアァアアァァアァァアァアア‼‼‼」


 化け物は私の存在に気付き、呟きから叫び声へと変わった

 叫び声が私の耳に、脳に、劈く

 脳裏には自分の無力感を噛み締め、神に縋るあの子が映る

 この化け物は少年の”願い”そして、自分の兄への想いの具現化

 私の口から言葉が漏れ出した


「私も戦うわ。だから絶望しないで」


 それは私の決意と届くはずのないあの子へのメッセージ


「いくわよ」


 別に相手に言ったわけではない私の言葉


「グォゴォォォォギィ」


 人外に届いたかわからないが、私の言葉に反応しこちら向かって襲ってきた

 足が増え四足歩行で思いっきり地面を蹴りだし、勢いよく飛び、吠え、私目掛けて右手を振り下ろした


「ッ‼」


 間一髪、って程では無かったが、ギリギリのとこで上空に飛び逃げる

 地面には衝撃が走り、視界でも見える程の余震、そして砂煙が沸き上がる

 私が立っていた場所には地面が抉れ大きなクレーターが出来ていた

 その跡からは避けていなければ私は今頃人の形をしていなかったことが窺える

 人外は手応えを感じなかったのか動きを止めクレーターの方を見た後、上空に逃げた私を確認し、”ニヤッ”と不気味に笑う

 背中から腕が生え、複数の腕が空中で動きが取れない私目掛け掴むように飛んでくる

 先程までの私を壊す力ではないことに違和感を感じたが、捕まる訳にはいかないと私のセンサーが訴えてくる

 私は襲ってくる腕を弾き、その勢いを使い空中で方向を変え、別の腕を弾く、と空中の制限された中で回避し続け、人外の足元まで降りた

 空中での勢いをそのまま利用する為に頭から地に向かい、着地の反動を使い両腕で地面を押し、跳ね返らせ、空を見て上がっている人外の顎目掛け両足で蹴りを入れる

 視覚外からの顎への一撃、人外でも急所なのか頭を反らし、よろけている

 そんな隙を見逃さず、空中で身体を起こしそのまま顔面に拳を入れる

 鈍い音が空に響き、クリーンヒットした人外はそのまま背から地面に落ちる

 人外は一切の動きがなく、完全に沈黙している


「呆気ないわね…」


 ホント呆気ない、ただ力が少し強いだけの木偶の坊


「こんなものか…」


 横たわる人外を確認する

 先程までと違って背中から生えた腕も増えた足もなくなっており、大きいだけの人の形に戻っている

 とどめを刺す為に首元に駆け寄った私は沈黙している人外に完全に油断していた

 突如、目を開け関節を無視した右手の動きに反応が遅れてしまった

(あー…やっちゃったかなコレ…)

 ”ガシッ”と掴まれそのまま病院の壁に投げ付けられた


「…カハっ!」


 ”ドンッ”と勢い良くぶつかりその衝撃に身体の自由が奪われた


「キィエェェェェ!」


 奇声と共に再び人外は姿を変えた

 四足歩行に尻尾、背からは腕が生え、人の形から獣へと変貌した

 立てないでいた私を背中から生えた腕を使い、捕まえ宙へと持ち上げる


「カミ…………キガ」


 それはまるで祭壇に捧げる贄のように


「ホシ…」


 人外の口からは人語とも取れるような言葉が聞こえるが私にはわからなかった


「…案外タフなのね、あなた」


 まだこんな力があったなんて、率直な感想だった

 沈黙に油断してたとは言え、殺った手応えはあった

 まさかまだ動けるなんて…

 人外は品定めでもしているかのように顔を近づけてくる


「だけど…効いてないわけではなさそうね」


 さっきまでと比べ、明らかに力が弱まっていた

 私を握っている手に力を加えると簡単に腕から抜け出すことが出来た


「安心してもう終わらせるから」


 抜け出した私に向かって人外は力を溜めるように地面を掴み、口を大きく開けた

 建造物は震え、草木は靡き、空気が騒めく

 人外の口元には無数の光が集まり、”何か”がそこから放たれそうな雰囲気だった

 光は収束し私目掛けて今かと放たれるようとしている

 流石の私もまともにこれを受けてはただでは済まない、私と言う存在は光に飲まれ消え失せる

 しかし、そんなことはなかった

(…遅い‼)

 次の瞬間、私は放たれる前に人外の喉元を掻っ切った

 宙を舞い、光は霧散し、地面に転がる人外の首

 転がる首から見開いた目がこちらを見つめる

 人成らざる者のことなんか私にはわからない、しかし確かに私に対し何かを告げた


「カ……リョ…イ…」


 謎の言葉を最後に首と胴体が切り離された人外は砂のようにゆっくりその場から消え去る


「終わった…」


 人外や戦いの痕跡は消え、まるで何事も無かったかのように世界は元の姿に戻った


 あなたの願い叶えたわよ

 私に出来るのはここまで

 後は…運命次第

 どうか幸運を

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