第21話 隠密

「――使徒様お食事の準備が整いましたわ。」


「分かった。今行くよセレーナ」 


 いつも通り豪華な机にはデカデカと肉が置かれている。横にはサラダの入った皿が二枚あり横ではアセナがその肉にかぶりついている。ここまではいつもと同じ光景だ。そして今日は……


「――これ、本当に飲まなきゃダメ?」


 グラスに注がれた深紅の血が脇に置かれている。このグラス一個で雰囲気を台無しにしている感が半端ではない。魔力も感じられる。


「アセナ飲むか?」


「嫌です。」


 アセナでも即答するほどである。血液から発する独特な鉄の匂いが食欲を減らしていく。それと同時に後ろから早く飲めと殺気が漂ってくる。


 別に俺は吸血鬼じゃないんだけどな……


 嫌々ながら飲み干したが予想通りの味。口の中に不快感がいつまでも残る。


 ――四樽どっかに捨ててこようかな……それまではアセナに飲ませるか。


「おや、使徒様グラスが空になっていますね。注いで差し上げます」


「……」


 ***


「――ここに強欲の血があるのか……」


 晴れていた昼の空は雲に覆われ、雨音が全てを遮る。影は動き出しているということも分からぬまま時は進んでいく。


「そろそろ行くぞ、準備できたか?」


 一同一斉に放たれた返事は雨の遮りなど意味がなかった。影は城へ向かって行く。


 ***


 追加で出された血は隙を見てアセナに飲ますことに成功し何とか逃げ出すことが出来た。明日の肉が少なくってしまうが、二杯飲むよりかはましである。そして次に考える事は一つ。


「――今のうちにあの血を捨てとくか。変な匂いするし、なんか虫でも湧いちゃうかもだしね〜決してもう飲みたくないからとかじゃなくて、衛生上のためだから」


 これまた壊れそうな扉が音を立てながら開く。突如として鼻に届く異臭。何かがおかしいと感じながらも足を進める。一歩、また一歩、また――


 ピチャッ――


 液体を踏んだ。なんの液体かは大体分かっている血だ。暗い部屋にこっそりと忍び込んだ為明かりを持ってきていない。扉を開けっ放しにした光が入るだけ。

 こぼれたのか……?

 また一歩踏み出し、樽を確認しに行く。足に新たな感覚が伝わる。ただの物では無い。多少の反発が帰ってくる。薄い光を頼りに目を凝らす。

 ――人間……!?

 なぜ? だれ? という疑問だけが頭を埋め尽くす。一つだけでは無い。何人分もの死体が広がっている。こいつらは誰だ、どこから来た、そしてなぜ死んでいる? 疑問が疑問を呼び解けない問となる。

「そうだ、樽……樽は?」

 蓋は空き、血も半分以上無くなっている。そして死体も周りに転がっている。

「この血が殺したんのか……!? ララノア!!」


 急ぎララノアの下まで駆けつける。状況を伝える。その騒ぎに気付いたのかアセナとセレーナもいつの間にか集まっていた。


「――この血に人を殺す能力は確認できません。自ら飲めば別ですが、」

 これを持ってきた人が言っているんだそうに違いない。あとエルフだし。


「アセナ使徒様に少し飲まされたですよ? アセナ死ぬですか?」


 何に怒っているか分からないがセレーナのと魔女に怒られちゃうんであろうララノアから殺気を感じ取る。


「……大丈夫だ安心しろ。アセナならいける」


 確証は無いがアセナならいけるだろう。アセナだから。問題はこの死体……まずどこから入ってきたのか、なぜこんなものを飲んだのか。目的を判明させる。


「セレーナ、外のスケルトンは殺られたのか?」


「あの数はこっそりと入る以外手段は無いと思いますわ」


「ララノア、強欲の血で俺が強くなれると言っていたが人間もそうなのか?」


「……魔女の血を取り込んで強くなろうとする人はいますが、強欲の血ともなると適合者はそうそうに現れないでしょう。けど強くなれる人もいます。」


 やはり異世界だな。何とか教団みたいのもちゃんといるのか。確率が低いから大勢で強欲の血を狙って侵入したってとこか……で、全滅と言うわけか。

 結論に近づいたとき鼻にまた異臭が走る。さっきのとは違う匂い。


「――なんか、焦げ臭くない? 気のせいか?」


 黒い煙が隙間を縫って部屋に入ってくる。煙を辿り出火元を確認する。予想通り燃える死体の山の中一人の男が立っていた。樽の血もさらに減っている。


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