情報提供

「あっち~傷が染みる」

「自業自得ですよ」

「……それで、訊きたいことってなんだ?」


 バツの悪い顔をした後、話を変えるように情報提供の件を引き合いに出す。


「話が早くて助かる。あくまで代理で聞きに来た次第だが『水晶街無差別殺傷事件』についての情報が得られると聞いてここに来た。その件について教えてくれ」

「水晶街……。訊かれることが分かっていても、やっぱつらいところがあるな……」


 サイモンと呼ばれていた大男は、肉体の傷のほか心の傷にも沁みてるのか浮かない顔をしつつも、決意の籠った口調で知っている事件の仔細を語り始めた。


「ヴォイドアウト事件が起きたころだから解釈には誤差があるが、大体五年前、まだ俺が貴町外にいたころの話。俺には生意気な妹がいて、時期が経てば義弟になったであろう男が居たんだ。言っちゃ悪いが、チサ……妹にはもったいない男だったよ。けど、ガキの頃から知っている人間でもあったから……それに遥かに俺よりも強い漢だったからよ。否定しようにも、そういうマウントも取れぬくらい良い奴だった」


「感傷に浸ることは別にいいが、のぼせる前に本題に行ってくれ」と訊いた本人は本題を急かす。


 相手がシェイみたいな性格ならさらに長くなるところ。けれど、男女に区別をし、自身を男だと豪語する人間。話はすぐにそこに移った。


「まあ、そんな二人は事件が起きた水晶街にある広場にいて、定期的に寄ってたからか、何者かに待ち伏せされていたらしく、そこで口論となっていたようだ」

「その言い草だと、まるで直接見てきたかのような感じだな」


「戦い以外でも煽って来るのかよ。……別にいいが、話を続ける。情報提供してくれたのは、今カルタルに拠点を置いている元親父が雇っていた家の召使いの女性。当時、知り合いから預けられた幼女を祖父に預けるという受け渡し人として、同じところにいた。待っている間にその口論の様子を見たいたそうで、その子の祖父が現れ、挨拶をして一言二言の辺りで銃声が鳴り、一時は音を失ったがその後は案の定、広場にいた人々は騒然。彼女は一人逃走して、距離を取ったものの銃弾を受けたのは、その祖父で、その後に孫をかばう祖父の背中に向けて連射。弾切れした軽い音が耳をつんざく中、ふたたび預けられる命。任された思いに応えようとその子を抱いて必死に逃げ出し、また銃撃が再開されていく中、口論していた若者、つまりその男が彼女を守ろうとしたのか、無差別に撃った流れ銃弾を受け、当たりどころが悪くそのまま、身動きが取れなくなってたそうだ」


「それは不幸だな」


「まったくだ。妹は撃たれたことに取り乱し、口論していたはずの人間は状況に動転したか、何か捨て台詞を吐いて、そいつを確認するころにはいなくなっていそうだ。これは妹から直接聞いた少ない遺言だ。そして、周囲が銃弾を受けた人々に注目を浴びてる中で犯人は逃亡。その後は推理上の情報しかなくなっている」


「うむ」とエビオは頷き。


「概要としては、聞いてるのと同じだね。亡き個人の意見が追加された内容で」とエンビちゃんは腕を組み首肯する。


「……つまりなんか、訊いた話だけでの推理だが、犯人はその祖父を始末する任務を終えて、逃げるために乱射して何人かを負傷、殺害して目的通り逃亡に成功したと、言いたいわけか?」とスグがまとめる。


「大まかにはそうだ。でも……ここからは、その依頼人に面と向かって言えない話をする。技量を認めたサービスだ」と覚悟の決まった言いよう。


「そうか、楽しみにしよう……」

「……性格で得をしているだろうが、余計な煽りが多すぎ」

「ごめんなさいね。でも――」


「わかってるよ。男と勘違いしていたついでに謝ておくよ」とエンビちゃんお話を止めたことも謝罪し、話を続ける。


「チサは襲撃後、植物状態となった彼氏を見て絶望し、しばらくの間、姿を消してしまっていた。先に言い訳をしておくが、失う地獄を知らない弱い俺は何もしてあげられなかった。筋肉はいまとそう変わらなくともな」


「虚勢を強がりと言い換えているあたり、それは窺えるよ」


「はあ、それで次に見つかったときには深夜で、いつもいじけたらいる神社の階段のそばで瀕死の姿で見つけて、数分後には醜裸化して周囲を荒らし、最後は自警団のリーダーであるアザミ氏によって討伐され、跡形もなく塵となり、妹の死を示す遺品だけが残された」と汗か涙か分からない液体が伝いしばらく語り手は静かになる。


「内容もさることながら、事件が一枚岩じゃないという最悪な情報だな」とデリカシーのないスグがまとめながらも、その相方として来ているエンビちゃんが「そんな亡くなり方をしたんだったら、さすがに依頼人が言っていた犯人容疑には外れるね」と依頼者代表としてことを伝える。


「何の話だ」と提供者の相方の兄貴が質問する。


「これは、スグくんにも言ってないんだけど、依頼者は容疑者の目星をつけていて、その一人に妹さんが入っていたんだ。でも、どう亡くなったかを口にしないほどの顔を見たご本人を見て、彼氏を始末するような人には思えない。それに彼が亡くなったのはその日の夕方と診断されているから、じっくりなくなるにも長すぎる」


「そうか、あいつ……怒りも落ち込みも湧かねえな。どっちに転んでも納得はできてしまう。あまりにも俺に落ち度がありすぎる」

「何か分からんが、少し肩の荷が下りたようで……そろそろ一回水風呂行きたいんだけど……」


「…………マジで悪い良い奴だな」とサイモンは苦笑い。


「アハハ、それで救われている一人だからその点に文句が言えないよ」とエンビちゃんは乾いた笑いをして場を収めて、一度外に出て水風呂で身体を冷やす。


 情報屋の二人は「報告があるから」と湯で身体を馴化させ、銭湯を出て行く。


 そして、ふたたび蒸し風呂に戻った男二人は、本件とは違う別の話をし始めた。

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