篝火のそばにて

「あ、目覚めたんだ。死んだかと思って心配したんだよ」と、先ほどのやり取りを見た側としてはわざとぽっさ強く見える。


「押しに弱い割には、他人を気遣う余裕があるようだな……」


 マゲユイは意識がはっきりしない様子なものの、相手を小突くくらいの余裕があるようで一安心。同様に火のお嬢様も「冷やかす余裕があって何より」と口を尖らせて、不機嫌な振りをする。


「近づいて良いか。少し身体が冷える……」

「……死なれちゃ困るから、ほら、私のところに来なさい」

「贅沢なこと言えば、毛布が良いんだが」

「本当、贅沢なことを言うね。人の温情が理解できないのかしら」

「冗談だ。ただ変に気負いも恩も着せたくなかっただけだ」

「そう……何かごめん」


 お嬢様が地雷を踏んだかなと、落ち込みを見せたことに気付かってか、マゲユイは「信頼しすぎると相手が異性であること忘れてしまう。俺じゃなかったら、冗談も分からないのかって、キレていたところだ」とイタズラに肉薄な距離に近づいて、偉そうな態度を取りながら気丈に振る舞う。


「それは自意識過剰すぎ」と口に手を添えて微笑む。


「だろ、だから、これくらいがちょうどいい」


 そういって、篝火を中心にして十度くらい間合いを取る。これが二人の適切な距離。いくら相性が良くても、数時間前に逢ったばかりの相手だ。そのくらいが近かからず遠からずの絶妙な距離なのだろう。


 十二分ほど経ち、熱で掌がひりつくころ、お互いの状態を確認し合った。


「テラス、脚の方は大丈夫なのか?あと、俺の刀を回収してくれてありがとう」

「うん、平気。刀は運よくここに流れ着いていただけだから」

「うんっていうことは平気じゃないだろ」

「ん?」

「人が本当に平気なら、えーととかそうだねとか言い出してからだ。不満点があるなら、弱音でも口に出しておけ。隠すのも隠されるのも対応として疲れる」

「頑固者が知識を持って心配されると、引けなくなるじゃない。どれだけの人々をそれで困らせてきたのかな?」


 無意識で言っているのか、弱音を吐く勇気がないのか、話を反らす内容を付けて話題を変更させようとする。


「じゃあ、切り口を変えよう。その失くした脚で何ができる?」

「もう!平気って言ってるじゃない!」

「命を預けている相手だ。できるだけ、状態は確認しておきたい。それに死なれちゃ困る」

「…………」

「自分の保身の部分もあるが、お前の保身にも関わる。気になることがあるなら訊いておけ、例えば腕が無くともできることとか」

「わかった……」


 お嬢様は溜息を噛み殺し根負けをしたのか。一見関係なさそうなことを吐く。


「ねえ、母親ってどう思う?」

「母親?」


「うん、あの男に武器を奪われて、切り飛ばした武器は、元は母親の魂武具なんだ。もう片方は父親の魂武具の分けもので、その一部がお兄ちゃんの魂武具にも使われている。魂武具の特性上使用には問題ないけど、感情面では複雑なんだ」


「というと?」


「足の代わりに魂武具を付けたら歩行には影響ない。だけど、見栄えとか……は本当は気にしてない。足で踏みつけられて当然だと思っている。だって、愛という言葉を盾にして私を呪い続けてきたから。この解釈ヒドくない?命懸けで産んで、命懸けで護ってくれた対象にそう思うのは……」


「俺にもそう思うのか?」


「似たようなものね。他者なんていくら頑張っても二割の事しか理解できない。異性となればさらに二割増えるんだよ。それを否定したいのは分かるけど、面白いのがそういう人ほどその法則に呑まれている。おかしいったらありゃしない」


 たまにわたしも成るが、何の脈略もない話を出して最後は全く関係ないところに着地してしまうことがある。感情の引き出しとしては同じ位置で自分では整合性が取れているとは思うが、外に出すとかなりぐちゃぐちゃだ。感情論の悪癖というところ。


「そうか。じゃあ、切り口を変えよう」

「今度は何?」

「いま俺はテラスにとって使える存在か?」

「……一体何が言いた――あ」


 お嬢様は感情が先走って、質問に怒りをぶつけようとし間髪、顔に冷たい雫が弾けて発言を阻害。次には、ジュウッと連続で音を立てて篝火が黒く小さくなる。


「最悪……雨降ってきた」

「歩けるか?」

「歩けないと凍え死ぬ」


 片足で上がろうとするが、慣れないバランスで立ち上がるのが困難。相方も右手で立ち上がる癖があったのか、ない腕の方向に体重をかけてバランスを崩す。


「お互い使いものにならないじゃない!」

「困ったな。偉そうに言えた立場じゃなかった」

「…………」

「…………」


 お互い無力さを実感して、逆に吹っ切れたのか。


「背負うことできる?」

「列車で耐えた姿勢なら」

「左脚は固定して、私がバランスと周囲の確認を取る」

「わかった」


 雨降って地固まるという事はこのことか、はたまた怪我の功名かは知らないが、欠け身同士を合わせて立ち上がり、雨を凌げるところを探すことになった。

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