星願いのアサンブル 死者からの遺言の書編
冬夜ミア(ふるやミアさん)
星の核になるものたちへ
琴乃巻心晴の憂鬱
琴乃巻心晴
時渡る空。星の見えない街道をひたすら走る一人の女性がいた。
彼女の名は琴乃巻小晴。いつも元気で晴れやかな心を持つ人に育ってほしいと、父方の祖母がつけてくれた素敵な名前だ。
彼女が産まれたのは二〇〇一年一月七日の未明、人より野生動物のほうが多いであろう地域で農業を営む夫婦のもとで生を受けた。上には五歳離れた兄がいて、彼女が産まれた翌年には妹が誕生し、小晴は三人兄妹の長女と成った。と、和多志の書記には記載されている。
小晴の性格を一言で表現するならば、まさに天真爛漫。気立てが良く、自分にとって都合が悪いことでも素直に答えてしまい、一度興味を持ったら理解するまで追求する粘着性を持つ。そのためか、他者との距離感がバグってしまうときがあり、相手の望まない領域まで入り込んでしまう厄介な気質の持ち主でもある。
通常であれば、嫌われたり、拒絶されたりする対象であるはずなのだが、彼女の名前の恩恵か、はたまた田舎の環境が育てられた無邪気さからか、不思議にもその悪い点を咎めるものは殆どいない。
それどころか、困ったときには彼女に目線が集まり、意見を求められる。
これも不思議なところなのだが、かなり大雑把な意見を言ってもまるで世界が許すがごとく、意見がとおり、そこをもとにして話が展開されていく。
その現象に和多志はズルいと何年かぶりに嫉妬を覚えたほどだ。けれど、彼女を見守り続けていて、和多志はそうであって然るべきだと納得はしている。
特筆すべき点として、彼女は『無類の本好き』だ。
あと特筆しておくべき点として、彼女は『無類の本好き』であることも示しておきたい。どうせ趣味範囲の内容だと見積もっているなら、そのイメージは容易に崩されるレベル、もしくは一種の習性ではないかと形容して良いくらいのものだ。
どのくらい好きかというと、三歳の時点で『ああ、無情』という外国の小説に魅力を感じて、父親に読んでくれとせがむほどだった。元々は彼女の父親が幼児向けではなく、翻訳版を悪ふざけで読み聞かせて始まったことだが、それがキッカケで小学生に上がるころには街の図書館の幼児コーナーの本を制覇し、中学になるころには学校の図書さえも貪り読み尽くす本の虫になっていた。
それは日常的にも影響があって、兄妹がカゴにお菓子などを入れる中、彼女だけはわざわざ違う階層から取ってきた本を投入し母親に怒られたり。友達がゲーム機を持ち寄って遊んでる状況でも本を読み、攻略本も読んでいることもさることながら何故かゲームの内容も把握している上に、しっかりと会話にも参加できるという謎な器量も持ち合わせていて、初見時は観測者である和多志でさえも驚きを隠せなかった。
この状況を見て父親は悪ふざけで仕込んだとはいえ、娘に大きな影響を与えてしまったことに多少後悔にも似た親心としての心配が生じるようになったそうで、彼女の性格と本好きが良くも悪くも噛み合ってしまい、赤の他人でも近寄って質問をしてしまうからいつか変な犯罪に巻き込まれないかと随分と危惧していた。
まあ、それが杞憂で終わるはずもなく、様々な事件に巻き込まれていくのはここに記す時点で約束されたことだから、そこは観測者の知見として先に啓示しておく。
それは親元を離れて、親友と共に生活し始めた高校時代でも変わらないどころか、さらにパワーアップしていて、入学初日から近所の本屋から警察を介入させて、「連れて帰ってくれ」と親友のもとに連絡が入れられ、回収に向かっている間に駄々こねまくって出禁にされてしまう有様。
さすがの親友も「あんたって人はどんだけ本が好きなのよ!!」とビンタ食らわせたが、痛いよりも先に「ヤダヤダヤダ!!鼻が折れてもいるんだ」と騒ぐものだから、護身用のスタンガンを脇腹に使用して黙らせた時もあった。
そんな三度の飯より本が大好きな彼女が何を思っているのか。その大好きな本屋の前を通り過ぎ。手元には普段は価格が高いから買わないと豪語するコンビニで購入したであろう、お酒の入ったビニール袋がガチャガチャと割れる音を立てながら、夜の街を走っているではないか。その目には大粒な涙が湛えられており、何度も擦ったのか瞼がかなり赤く腫れている。
これほど泣いている彼女の姿をあまり見たことがないと驚き、和多志が目を離している間に何があったのかと疑念を生じさせた。そこで和多志は彼女および琴乃巻心晴と明星を繋ぐ精神の糸を掴んだ。
その糸はやがて綿が弾けるように解れていって私の思念体を包み込み、彼女の精神世界へと導かれてゆく。果たしてその世界は和多志に何を見せてくれるのだろうか。和多志はそこが愉しみでならない。
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