第20話 黒頭はその手を汚さない④
「しゃあないのぅ」
男は、くしゃりと張りのない笑顔を作る。
「じゃあ、例えばなぁ。好きな物。好きな食い物はあるか?」
「桃だ」
自身は食欲を不思議と感じない
あの果実に出会う前は。
これは美味いと思っても、幾らでも喰いたい衝動など感じた事は無かった。興味本位で、毒蜂や蜘蛛など如何にも不味そうな物を口に入れてみた事もあったが、さして違いはない。美味いものも不味いものも等しく己の胸に刺さるものではないと考えていた。
嗚呼、あの果実に出会う前は。
口一杯に頬張ると、僅かな繊維を心地良く残して、やんわりと蕩ける果肉から洪水の如く溢れる甘味な果汁の衝撃たるや!
(僕は君に出逢う為に産まれてきたのかもしれない)
刹那、さりさりと爪の先で首筋を撫ぜられた感覚が奔る。
(好きってことさ)
そうして、其の日、二人が出会ってまもなく樹海から桃の果実は姿を消した。
嗚咽。恍惚たる快感の後に去来するものは。
それは別離の涙か。
これまでの後悔か。
歌?歌っているのかい?
それは暴食による腹の不平不満だったか知れないが、確かに
「また逢える」
「また俺が食い尽くしてやるからな」
「桃ねぇ。ちと時期がまだ早いが」
男が筆を空中に、ささっと走らせると、美味そうに太った桃がその手に現れた。丸みのある肌に白いうぶ毛が光って見える。
「あかんよ。まだ」
男が桃を頭上に掲げた瞬間。
「あかんて」
あれだけ打ち据えたにも拘らず男は無傷だった。やれやれとでもいうように腰についた土汚れを掌で払っている。
後ろで控えていた女が
「暴力で手に入らんもんもある」
「物々交換ちゅうてもな。相手の欲しいもんを都合良く持ってる事なんてそうないやろ」
ぽんぽんと桃で手遊びしながら男は語り続けた。
「そこでこの【貨幣】や!これは大陸の西海岸でしか手に入らん貝殻でな。これを物々交換の代わりにしましょって話」
「誰が欲しがるんだそんなもん。いいから桃寄越せよ」
「欲しがるよ。みんな欲しがる。なんたって数さえ集めりゃ、儂らが扱ってる大陸から運び込んできた商品と取り換えてくれるんやから」
男は
GO WEST 越後屋鮭弁 @mitojun0310
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