12 流れは

「俺は呆れてものが言えないが、流れは悪くないようだぞ」

 ヤンは僕の顔を見るなりそう言った。返す言葉もない。

「すみません……」

「昨日はどうしても変更のきかない用事でここに来ることができなかったんだ。悪かった」

 定例の報告会はいつもの通り、カーリンのベッドに二人並んで腰かけて行われている。

「いえ、僕があまりにも考えなしで。葵にも現実を見ろと言われました」

「ま、レイがいてよかった。メアリも優秀で助かったよ」

 メアリには何が起こっていたのか本当のことを話した。着替える以上話さないわけにはいかないし、メアリにだけは言っておきたかった。一番迷惑をかけたのはメアリだ。メアリはちょっと怒って、それから号泣して僕をぎゅうぎゅう抱きしめてくれて頭を何度も撫でてくれた。その時また僕は気が緩んでちょっと泣いてしまったのだけどヤンには内緒だ。

「結構危ない橋を渡ったおかげか、順調にニナとレイフの仲はこじれてる」

「そう、ですか……」

 そうなるように仕向けたのは僕だけどやっぱり気分のいい話ではない。ヤンによるとニナはレイフに噂について確認をとったらしいが、レイフは何一つ答えてくれなかったそうだ。

「まあ、カーリンのことを考えれば、婚約者をいじめる女とは言えあの事は軽々しく言えないわな。ニナに話すか迷うところだろう」

「本当に二人の仲はちゃんと戻るんですか?」

 いつもとキャラの違うニナだ。もしかしたらこのまま離れて行ってしまうなんてことは。

「それは大丈夫だろう。ニナもレイフも離れられない事情がある」

 カーリンが絡む恋愛ルートには関係のない話なんだが、と前置きしてヤンは教えてくれた。

 レイフがフィールドでモンスター狩りをしていた時、偶然居合わせたニナに回復魔法で支援をもらった。それだけならよかったのだが、狩っていたモンスターが中ボスクラスで、そいつの攻撃の一つをレイフが受け止めきれなかったために後方にいたニナが黒いもやを浴びてしまい、魔法スキルが半減したのだという。結局倒しても靄は体内から消えず、責任を感じたレイフは靄を取り除く約束をニナとした。そしてそのあとはお決まりの、一緒に取り除く方法を探しているうちに仲良くなった、らしい。まさに剣と魔法のファンタジーの世界だ。本当に僕には全く関係ないけど。でも。

「そのニナの黒い靄、教室で見ました」

「え、お前が!?」

 僕の言葉にヤンは、心底驚いているようだった。

「ニナのドレスを汚そうとした時にもわっと出て、あとでニナからみんなに言わないでほしいと頼まれました」

「……もしかしてルート変更のテストでもしてるんだろうか」

 ヤンは独り言めいてどこか一点を見つめる。ま、しかし、と僕の方を向き直し。

「仕上げだ、唯。俺はこれから、カーリンの指示でニナに揺さぶりをかける。で、ちょっかいをかけてるところへレイフが助けに来てのグッドエンドへ、という展開だ」

「なんか怒涛じゃないです?」

 一気に事が進む感じだ。

「そうだな、多分時間にして数時間ってところだ。メインストーリーではないしな」

「カーリンはその後どうなるんですか?」

 ニナとレイフは仲直りしてハッピーエンドよかったね、ってことになるのだろうけど、カーリンは結局、あのままなのだろうか。レイフに恋心を持ったまま、未練たらたらで生きていくのだろうか。ぷちざまぁみたいな感じに?

「ああ、まあ……それなりにちゃんと収まる。教えてやってもいいが、これはカーリンと同じ感覚の方が楽しいかもしれないな」

 ヤンがニヤニヤと笑う。

「そうですか? 僕が今ここで知らなくてもちゃんと成り立つのであれば、その時に知ることにします」

 グッドエンド後のカーリンのことなんて誰も気にしないだろうし、ルート上、大したことではない。

「エンディングでカーリンなりにいい気分になれると思うぞ。じゃあ、決行は明日だ。お前は見張り役だからちゃんと時間通りに来るんだぞ」

 そう言ってヤンが帰った後、僕は一つ訊き忘れていたことを思い出した。

 ……平民である貴女がこの国の救世主になるレイフ様と一緒にいるなんて許せないのよ。私と同じなのに!

 そうニナに啖呵を切った。そして私も同じなのに、と。

 レイフが国の救世主なんだろうけども、国の存亡をかけた規模の大きな話はレイフとニナのことが気になって仕方がないカーリンにはさほど重要ではないはずだ。そのことを知っていたとしても、それはそれ、的な。問題は「私と同じなのに」だ。カーリンとニナは何が同じなのだろう。カーリンの心の叫びのようにも思えたのだけど……。

 その件について僕がこの先知りえるのかどうかわからないけど、カーリンとしてのエンディングは確実に近づいている。

 とにかくこれだけは必ず幕を下ろさなければならない。僕個人のエンディングはそのあとだ。

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