第24話 お忍びデートでしたの!?
駆け込んだ本屋は薄暗く、人はあまりいない静かなところだった。店の中に流れる冷たい空気に当てられて、顔が火照っていることにようやく気付く。
私は胸に手を当て、必死に精神を落ち着かせて呼吸を整える。
……これ、他の人が見たら貴族の子供がお忍びでデートに来たみたいになってるじゃありませんの! あ~!また顔が熱くなってきましたわ!!
そうやってもわもわと悩んでいるうちにランスくんも店に入ってくる。
「へー雰囲気あるお店だな。お姉さんって本好きなんですね」
「その、私もキーノさんに倣って巷で話題の本を読もうと思いましたの!」
「そういうことでしたか。それならせっかくですしぼくも何か買おうかな」
そう言ってランスくんは私の前に右手を差し出す。とても自然に、ごく当たり前のことのように。
ん……?
思わず固まってしまった。
「……? お姉さん?」
「あ、いえ……なんでもありませんわ……」
数分前の私なら迷わず手を掴めた。けれど、カイチューに指摘されてからランスくんのことをどうしても意識してしまう。
ゲームの登場人物であるランスくんの顔立ちは改めてみると非常に整っている。17歳の時のランスくんは大人びた先輩って感じだけど、今のランスくんは笑顔が似合う無邪気な子供そのままだ。けれど、幼さの中に凛々しさを確かに感じさせる瞳に青年のランスくんの面影を感じる。
そして、眩しく輝くその顔が私に向けられるたび、心がドキッと跳ね上がる。
……ダメですわアリン! ここで動揺してしまっては! 年上……じゃないけど、お姉さんと呼ばれる立場としての意地を見せなければ!!
私は左手の震えを必死に抑えながら、差し出されたランスくんの右手を握る。
ランスくんは手が繋がれたのを確認すると、ゆっくりと店内を歩き始める。まるで歩調を私に合わせるように。
手を通して、ランスくんの熱が伝わってくる。その熱が、どうしてかこそばゆい。
……意識してません、私は意識してませんから!
でも、前を歩くランスくんに今だけは後ろを向かないでと心から念じていた。
「キーノさんはどんな本を読んでたんですか?」
「ええと、確か海賊に拾われた少女の物語とか……あと森に咲く一輪の花が男の子になる話とかですわね」
「へえ、海賊の話はこれですかね……」
ランスくんは棚に置かれてある本を一つ手に取る。それから、私の手を離し中をパラパラと確認しだす。
よかった、これで一息付けますわ。……会話は普通にできますわね。
私もできるだけ思考からランスくんを遠ざけるために本探しに集中する。そのほとんどは正直背表紙の文字が頭に入ってこなかったけれど、ある一冊の本だけはするりと目に入って来た。
本のタイトルは『英雄伝記』。農民生まれの一人の少年が騎士となり、国の英雄へとなっていくまでの話、とキーノさんが仰っていたのを覚えている。今話題沸騰の本らしい。
そして、流行したきっかけの噂というのがこの本にはある。キーノさんが「この本には噂というか、ファンの間でそうじゃないかって言われてることがあるんだよ!」って興奮しながら言っていたから、それで思い出したのだろう。
「それって、英雄伝記ですか」
「ランスくん。そういえば知ってますの? この本って……」
「ぼくの父さんの人生を模した本、でしたっけ」
その噂とは、本の主人公のモデルが”英雄 フィガロット・レイ”ではないかというものだ。
「そうなんですの! 何事にも真っすぐで嘘がつけない誠実な人……かの英雄像そのものだってキーノさんが熱く語ってから私も気になってたんですわ~! 今一番面白い本ですって! ……ランスくん?」
ランスくんはじっとその本を見つめていた。その目はひどく悲しみに暮れていて、そこでようやく私が言ってしまったことの重大さに気づく。
「あ……ごめんなさいランスくん。お父様のこと……」
「いえ、違うんです。その……先、外に出てますね」
ランスくんは取り繕ったように笑顔を見せ、足早に店を出ていく。私はその背を追いかけられなかった。
「……あんなの、嘘ばっかりじゃないか」
店を出ていく前にぽつりとつぶやいた彼の一言が、嫌でも耳に残ってしまう。
「ランスくん……」
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「はぁ……失敗した」
ぼくは馬宿に先に来て馬を出している。本屋を出た後、結局ぼくはアリンお姉さんに話しかけることができず、帰る時間になってしまった。自分で空気を悪くしたから悪いのは自分だけれど、それでもきついものがある。
アリンお姉さんは「少し行くところがありますの」と言ってどこかへ走り去ってしまった。きっと、ぼくに愛想を尽かしたんだろう。
ああ、あんなとこで感情的にならなきゃなぁ……
「お姉さん絶対ぼくのこと嫌いになった……」
頭の中で今日一日の後悔を繰り返し思い返しながら手綱を引き、馬宿を出る。
「待たせましたわね!!」
すると、そこにはアリンお姉さんが待ち構えていたという表現がぴったり合う立ち方でそこに立っていた。
「これ、プレゼントですの」
ぼくがなにか言う前に、アリンお姉さんが近づいてきて僕の手にプレゼントを無理やり握らせる。
それは、銀の輪っかだった。
「これは、腕輪ですか?」
「お~ほっほ! その通りですわ! 私、知ってますのよ? 騎士の方も魔術訓練を行ってるってことを!」
「まあ、そうですね」
「この腕輪についてる宝石は、貴族勲章ほどではありませんが体内の魔力の流れを増幅する力がありますの! ……まあ本当に微量なんですけれど」
「……」
「それに、店主のおじさんに聞きましたわ。銀の腕輪には真実の精霊が宿る。だから、騎士の方がよく身に着けるものだって」
銀の腕輪に宿る真実の精霊、それは騎士がする願掛けの一つだ。
精霊が宿るための依り代として銀だったり、精霊に見つけてもらうための腕輪だったりと伝え聞く内容は様々だが、その意味は一つ。騎士たちが戦地に赴く際に必ず帰ってこれるようにと願いを込めて、銀の腕輪を付ける。
でも、女性が騎士へ銀の腕輪を送るという行動には他の意味もあることを、きっとこの人は知らない。
「……貰ってばっかですね、ぼくは」
「いいんですの! だって私はランスくんのお姉さんですもの!」
そう高らかと宣言する姿は、まるで太陽のようだ。この人の中には嘘はなく、ただひたすらに暖かい善と真っ新な光が詰まっているんだろう。
だから、近くにいるとぼくの濃い影ばかり目に入る。
「遊びたいときはまたいつでも来ていいですわ! 私、基本暇ですので! そうだ、今度は私がランスくんをウマに乗せますわ!」
ああどうか、その光で醜いぼくごと消し去って欲しい。ぼくがこれからすることを、この人は許してくれるだろうか。
「ねえ、アリンお姉さん……」
「あれ、あの子……」
ぼくが話しかけようとしたとき、アリンお姉さんは何かを見つける。その目線の先にはうつむき泣いている少女がいて、アリンお姉さんは迷わずその子の元へ駆けつける。
「わあわあわあ、どうしましたの~?」
「う……ひっぐ……お母さんが、お母さんがいなくなっちゃっって……」
「まあそうだったんですのね~。じゃあお姉さんと一緒にお母さんを探しませんこと? ほら、ランスくんも一緒に探しますわよ!」
アリンお姉さんは少女の涙を拭き、手を取って歩き始める。
それが当たり前なんだ。人助けなんて、なんてことない日常の一つでしかない。
あの日のぼくも、あの子と同じだ。彼女にとって助ける対象でしかない。
こうやってアリンお姉さんと二人で歩いて、浮かれて勘違いしていた自分がバカみたいだ。恥ずかしさを嚙みしめて右手を差し出した自分を殴ってやりたい。
同じ、同じことなんだ。
「やっぱり強いなぁ、アリンさんは」
ようやく確信できた。アリンさんにとって、ぼくはその他大勢にすぎない。
「ぼくは、あなたのように強くになれない」
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