第14話 よくやりましたんですの!!

「き、き……」


 カイチューが放った最後の煽りは、フィッツの何かを刺激したのでしょうか、あれだけ憔悴しきっていたのにフィッツはぷるぷると怒りで立ち上がってきたんですの。


「貴様ああああ!!! どれだけこの俺を、カモーネ家を馬鹿にしたら気が済むんだああああ!! このゴミ以下の低級貴族がああああああああ!!」


 そして、勢いそのままカイチューに襲い掛かってくる。……ていうか私の体でしたわ!? ぼ、暴力はNGですわ!!!


 想い届かずフィッツは拳を振り上げたまま迫ってくる。


 やばいですわ~~!!?!


『いやああああああ! よけてくださいましいいいいいい!!』


フ・ラウル初級風魔術


 フッと、一小節分の言葉と共に一陣の風が横を通り抜ける。すると、襲い掛かってきたフィッツの体は、まるで時が止まったかのように静止する。


「な、体が……!」

「そこまでだよフィッツ君」


 渋めの声を発しながら現れたのは、お髭を生やしたダンディなおじ様ですわ。


 って、この人はキーノのお父様のグウンズ・ハイローラ様じゃありませんの!


「これは、一体どういうことかな? フィッツ・カモーネ君」


 グウンズ様は指をシュッと動かし、フィッツにかけた風の拘束を解く。けれど、グウンズ様に見つめられたフィッツはその場から一歩も動けなくなった。


「これは、その……」

「はぁ、まったく……君が私の娘のパーティーで暴力事件なんて起こしたら、カモーネ殿になんて説明したらいいか」

「ち、ちがう!」


「ふむ、何が違うのかい? 私には君がアリン嬢に殴りかかろうとしているようにしか見えないのだが」

「……!」


 予想外の人物の登場でフィッツは明らかに委縮してしまいましたの。

 先ほどまでの高圧的な態度はどこかへ消えてしまい、まさしく大人に叱られる子供のように、目に涙を浮かべている。


「カモーネ殿の頼みで君も招待しているのだが、これだとカモーネ家との関係も考えないとならんな」


 その一言でフィッツは完全に戦意を失ったようで、ぽっちゃり黒髪と共におぼつかない足取りでホールを抜けていきましたの。


 それを見届けてから、グウンズ様の後ろにいらっしゃったキーノさんがこちらに近づいて来る。


「ア、アリンちゃん、言われた通り連れてきたよ」

「ありがとうキーノさん」


 カイチューはキーノさんの言葉にこともなげに返答した。


 ……え? 言われた通りって、カイチューが何かキーノさんに伝えてたんですの?


『カイチュー、キーノさんになにたのんだんですの?』

「え? あー……少し時間をおいてから父を連れて来てくれって頼んだんだ」

『い、いつのまに!』

「紙に書いてた。で、キーノさんが離れるときに渡した。……ていうか中から感知できるから知ってると思ってたんだが」

『あ、あのときはフィッツさまにきをとられてて……』


 カイチュー、あのちょっとの間にそんなことをやっておりましたのね……!


「アリンちゃん、本当に良かった……! 急に変なこと始めるからすごい心配したんだよ……!」

「あはは~」

「あははじゃないよ! もしアリンちゃんに何かあったらって……うぅ」

「まあまあ、そんな泣くなって。勝ったんだし。それに、ほら」


 カイチューはいつの間にか回収していた髪飾りを丁寧にキーノさんの頭に着ける。


「やっぱり、君が一番似合うな」

「……! ……ありがとう」


 そして、キーノさんの目元の涙をそっとぬぐう。……なんかいい感じですわ! 私の体ってのが変な感じですけれど!


「おーい、ガキ」


 次にカイチューは振り返ってあの男の子の方へ向く。その子は涙をぽろぽろ流して私の顔をじっと見つめてましたの。


 カイチューはその子の手にブローチを握らせる。途端に涙の量が増した。


「ほら。大事な物だろ、離さずに持っとけ」

「……! …………ぼく、は。ぼく……!」

「わかってる。言わなくても大丈夫だ。今は一旦落ち着け」


 その子は言葉が詰まっているのか、何度も話そうとしては涙と嗚咽が出てしまいましたの。カイチューが何度も背中をさすってもなかなか落ち着きませんの。


 それほどまでに、大事な物でしたのね……


「キーノさん。こいつをどっか別の部屋で休ませてやってくれ」

「う、うん。お父さま、いいよね……?」

「もちろんだとも」


 グウンズ様は従者を数人呼んで彼を部屋まで運んでくださいました。


 そして、散乱したテーブルの片づけを命じると、カイチューの方へ向き直る。


「まさか、アリンちゃんがこれほどわんぱくな子供だったとはね」

『そ、それは……えへへ』


 その声色は優しいものだったが、顔は真剣そのものだった。私はひりついた雰囲気を察し、懐中時計の中で居住まいを正す。


「娘から聞いたよ。フィッツ君と賭け事をしたんだってね。……前後の状況も聞いてるよ。たとえ目的が何であれ、貴族としてそれは決して褒められた行為じゃない」

『はい……』


「本当に彼を助けたかったのなら、君は最初に私を呼ぶべきだった」

『……はいぃ』


 実際、グウンズ様の言う通りですわ。私はカッとなってあと先考えず行動してしまってましたの。もしカイチューがいなかったらと思うと……耳痛ですわ……


 グウンズ様はそこまで言うと、ふう……と大きく息を吐く。その目は、私ではなく周りの歓談する人々に向けられていた。


「……だが、真に責められるべきは我々大人の方だ。フィッツ君の目に余る行動は、どれだけ会話してても気づいたはずなのに、余計なしがらみのせいで誰も助けに入らない。それは、貴族としてではなく人として、あまりに愚かだ……本来は私がすべきことを、君がやってくれた」


 グウンズ様は、そっと手を私の頭にのせ、優しくなでる。



「よくやった、アリン・クレディット。そして、ありがとう」

「……そりゃどーも」



 手のぬくもりが、懐中時計の中にまで伝わってくる。あたたかいですわ。


 ……多分貴族勲章を賭けてたってことをグウンズ様が知ったら、ぶっ飛んで倒れてしまうんじゃないんですの。



「さて、もうそろそろパーティもお開きだけど、アリンちゃんはどうする? 先に帰るかい? それとも、もう少しここにいる?」

「えーっと……」


『わたくしがこたえますわ。いったんもどりますわよ』

「わかった。しかし、なんかすっげえ疲れた……」


 私はぐっと意識を自分の体へと向ける。魂の輪郭が、ゆっくりと元の場所へ戻っていくのがわかる。


 と、私とカイチューが完全に戻ったその時、目の前がぐにゃりと歪む。脳に白いもやがかかったと思うと、意識が遠い所へ飛んでいく。



『あれ……? なんだかせかいがまわって……」



「アリンちゃん!?」








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