6-5 魔女の逆襲
体育館の校舎側の入口二箇所に近い茂みの陰にサロマとアオイが到着。
配置につく前に、再度テレパシーでナヨロと連絡を取る。
「ナヨロ大丈夫? こっちはもういつでも行けるけど」
サロマが呼びかけるも、一向に反応が返ってこない。
おかしい。聞こえていなかったのだろうか?
「お〜い、ナヨロ?」
「ナヨロせんぱ〜い」
もう一回、今度はアオイと二人でナヨロの名前を呼ぶ。
しかし、どれだけ待っても返事は無かった。
「ナヨロ先輩、どうしちゃったんでしょう?」
「分かんない。ってかそもそもテレパシー繋がってる? なんか切れてない?」
「あぁ、確かに」
テレパシーは、お互いの精神を魔法の力で接続することによって成立する。
そのため、もしも何らかの理由によって繋がりが遮断されてしまった場合には、いくら片方が話しかけたところで相手に届くことはない。
では、今ナヨロとの接続が切れてしまっている理由は何か。
可能性として一番高いと考えられるのは。
「……もしかして、誰かに襲われた?」
相手の意識が無ければ、必然的にテレパシーは通じない。
気を失っているのか、あるいは死んでしまったのか。
サロマたちは常に命懸けの環境に身を置いている。最悪の事態も想定しなければならない。
仕方なく、ナヨロは戦闘不能と判断。
となると早急に作戦の練り直しが求められる。
「そしたら裏手はどうするんですか? 敵の逃げ道になっちゃいますよ」
「うーん、今から一人呼び寄せるのは厳しいよなぁ」
アオイに訊かれて、サロマは難しい顔になる。
残りの二人、ツモリとミホロは校舎二階の一年C組の教室だ。
この一刻を争う状況で、到着を悠長に待っている余裕はない。
「えっ、本当にどうしたらいいんだ……?」
最善策が思い浮かばず、焦るサロマ。
あと一歩のところで起きた予想外の事態に、秘密魔導士少女部隊は完全に身動きが取れなくなってしまった。
体育館へ通じる渡り廊下を、一人の女子生徒がゆっくりと歩いていく。
風で前髪が揺れると、隠れていた琥珀色の瞳は妖しく淡く光っていた。
「待たせたわね、
大切なパートナーの名前を呟いて、怒り心頭の
ふーっと息を吐いて呼吸を整えると、小さく頷いた。
「それじゃあ、遠慮なく行かせてもらうわよ」
茉莉亜がおもむろに体育館へと足を踏み入れる。
すると、体育館内にいた三人の襲撃者のうちの一人、この入口に銃を向けていた男がすかさず反応した。
「おい、そこの生徒。勝手に入ってくるな、死にたいのか?」
どうやら彼は、茉莉亜のことを非力な普通の女子高生だと思っているらしい。
引き金に指をかけてすらいない。油断しすぎだ。
茉莉亜は何も言わずに、さらに一歩二歩と足を進める。
「おい、止まれっつってんだろ!」
ここでようやく、男が発砲の姿勢を見せる。
けれど、あくまでまだ脅し。本気で撃つ気配は感じられない。
それを分かっているから、茉莉亜は当然足を止めない。
「いいから止まれ! これ以上近づくな!」
何度警告されようがお構いなし。
茉莉亜と彼らとの距離は、残り十メートルを切る。
最初は担当に任せて他の出入り口を見ていた仲間二人も、流石に様子が気になったのかちらりとこちらに視線を向けた。
そこで一人が何かに気付いたようで、はっとした表情で叫ぶ。
「おっと、そいつターゲットっすよ!」
「何っ!?」
「ボスに報告……いや、そんな暇はないな。とにかく撃て!」
三人が一斉に茉莉亜に銃口を向け照準を定める。
その時、彼らの背後に由依の姿が見えた。
由依はパイプ椅子に座り、縄でぐるぐる巻きにされていた。
ほんの一瞬、由依と目が合う。
「茉莉亜……!」
声は聞こえなかったが、口の動きから私の名前を呼んだのが分かった。
茉莉亜はそれに力強く頷き返す。
私の大切な由依を人質に取って、その挙げ句に縄で縛るなんて。
許さない。このならず者達には痛い目を見てもらいましょう。
襲撃者たちが引き金を引く寸前。
茉莉亜は短く簡潔に詠唱する。
「異界由来魔法発動、分解」
刹那、襲撃者三人が手にしていた銃が部品ごとにバラバラになって床に散った。
「なっ、何だ!?」
「マジかよどうなってんすかこれ!」
「早く代わりの武器を」
突然起きたあり得ない現象に、相手は混乱している。
その隙を見逃さず、茉莉亜は次の魔法を唱える。
「あなたは良い子。良い子はもう寝る時間。ねんねんころり、おやすみなさい。異界由来魔法発動、昏睡」
詠唱を終えて魔法が発動したと同時、襲撃者三人は力が抜けてふにゃんと床に倒れた。
茉莉亜の昏睡魔法によって深い眠りについたのだ。
「あなたたちは永遠に、悪夢の中で苦しみ続けるといいわ」
冷たい目で見下して、茉莉亜はそんな言葉を吐き捨てる。
さて、これで体育館にいる襲撃者は全員無力化できたわね。
あとは由依を助けるだけ。
「大丈夫だった?」
茉莉亜が由依に駆け寄ろうとすると、由依が慌てた様子で口を開いた。
「待って! まだもう一人いる」
「えっ?」
由依に制止されて、動きを止める。
もう一人って、どこに? 魔法で全員眠らせたはずでしょう?
茉莉亜はそう確信しつつ、由依がそんな下らない嘘をつくとも思えず、念の為ぐるっと体育館を見回す。
そこで、体育館のステージ上から嫌な気配を感じた。
振り向いた先、暗いステージの中央に堂々と座ってこちらを睥睨する男と目が合う。
先ほど眠らせた三人とは明らかに風格が違っている。
「あなたが主犯?」
「…………」
茉莉亜の問いに、しかし男は答えない。
「私を狙う目的は? ジタヴァ軍の人間ではないわよね?」
「…………」
何を訊いても無言。表情一つ変えない。
もしかして、私の声が聞こえていない?
茉莉亜が目を凝らすと、男の耳にはイヤホンらしきものが装着されていた。
なるほど、ノイズキャンセリングね。
「ちょっと。人が話しかけているのだから、イヤホンを外しなさいな」
そう言いつつ、イヤホンを取れとジェスチャーで伝える。
するとようやく男が反応を示した。
素直にイヤホンを外すと、立ち上がってステージから飛び降りる。
「まさか魔女なんてものが実在するとはな。生で会えて光栄だ」
ゆっくりと近づいてくる男は、不敵な笑みを浮かべながらそんな言葉を口にする。
「あら、それはどうも。で、私を捕らえてどうするつもり? ジタヴァ軍に売るの?」
茉莉亜はただ自分を狙う理由を聞き出そうと思って質問したのだが、男はなぜか不可解そうに眉を顰めた。
「は? ジタヴァ? その国とお前に何の関係があるのかは知らないが、俺たちは依頼者の指示に従っているだけだ」
今のリアクションは誤魔化したのではなく本当に知らない様子。
まさか私の正体がマリア・ティリッヒだと気付いていないのだろうか?
でも、それならそれで好都合。ありがたく利用させてもらうわ。
茉莉亜はあくまで日本人の少女として会話を続ける。
「普通の女子高生の私に、ここまでする価値があるとは思えないのだけれど。あなたたちを雇った依頼者って一体どんな人なのかしら?」
「残念ながらそれは教えられない。だが、やり過ぎだというお前の意見には賛成だ」
「だったら、もう少し手を抜いてくれても良かったんじゃない?」
「ああ、最初はそのつもりだった。しかし、お前が本物の魔女と分かった今なら、手を抜かなくて正解だったとも思っている」
恐らく依頼者という人物は茉莉亜の正体を知っている。
だからこそ、この規模で襲撃させた。そして。
「昏睡魔法の対処法も依頼者って人から教わったの?」
この男が先ほどの昏睡魔法で眠らなかった理由。それはノイズキャンセリングイヤホンのおかげだ。これが偶然であるはずがない。
確信をもって問うた茉莉亜に、男は隠すことなく頷いた。
「ああ、その通りだ。精神干渉系の魔法は詠唱を聞かなければ防げると事前に教えられていた」
つまり依頼者は、魔女や魔法に関する深い知識がある人物ということ。
魔女や魔法の存在はほとんどが公にされていない。
知っているのは魔女本人か、ごく一部の限られた人間のみ。
誰が依頼をしたのか、ある程度は絞り込むことが出来そうね。
「ありがとう。今日のところはこれくらいにしておいてあげるわ」
これ以上の情報をこの男から得るのは難しいと判断し、茉莉亜は話を切り上げる。
すると、男は再びイヤホンを耳に装着しながら言った。
「質疑応答は終了か? なら、大人しく俺に付いてこい。でないと」
刹那、男がポケットからナイフを取り出して、その刃先を由依の首元に突きつけた。
「由依!」
「お前は自分の命と親友の命、どちらが大切だ?」
体育館の外。
ナヨロ抜きでの制圧方法を思案していたサロマの肩を、アオイがぽんぽんと叩いた。
「サロマ先輩、なんか中が大変なことになってますよ!」
「えっ?」
「ほら、見てください」
アオイが体育館の中を指差すので、サロマは慌ててそちらを覗き込む。
「あっ!」
思わず声を出してしまい、すぐに口を押さえる。
ナヨロと連絡が取れなくなった時から状況が一変していた。
人質の由依を取り囲んでいた三人は倒れていて、どういうわけかバラバラになった銃のパーツが床に散乱していた。
そして、テロリストのリーダー格の男と彼のターゲットである茉莉亜が対峙している。
「このままだと茉莉亜さん捕まっちゃいますよ」
「分かってる」
危機的な場面ではあるが敵は一人に減っている。
人数有利な上に、アオイはエイムが良く撃ち合いにも強い。二人で行けば倒し切れるのではないか。
「仕方ないか」
自分たちだけでやり切る他に選択肢は無い。
そう判断して、アオイに突撃の指示を出そうとした寸前。
「平気だ。黙って見守っておれ」
突然、あまてからテレパシーが届いた。
「見守っていろって、あまて様。このまま
「まあ、もし仮に拘束されかけたなら、その時に出て行けばよい。そのような失態をあの娘が犯すとも思えんがな」
「……もしかしてあまて様、照日さんのことをご存じなんですか?」
「知っているも何も、ある種の同胞だからな。ともかく、手出しは不要だ」
一方的にテレパシーが切られる。
ある種の同胞とはどういう意味だろうかと、サロマとアオイは顔を見合わせる。
あまて様の命令は絶対。
手を出すなと言われた以上、サロマたちは静観するしかなかった。
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