5-6 呼び出し校内放送
銃口を背中に突きつけられたまま、
普段の昼休みはバスケやバレー、バドミントンなどに興じる生徒の賑やかな声が響き渡っているここも、今は無人で異様な静寂に包まれている。
「こいつを椅子に座らせて縛っておきたいが、どこにも無いな……」
リーダー格の男の呟きに、黒ずくめの仲間たちがすぐさま反応。
きょろきょろと周囲を見回したり、倉庫やステージを覗きに行ったりするものの、それらしきものを見つけられない。
いやぁ、椅子はそこじゃないんだよなぁ。
見当違いな場所を探す黒ずくめの集団に、由依は見ていてもどかしい気持ちになる。
このまま椅子が見つからず、リーダー格の男の機嫌が悪くなっても困るし、仕方がないのでここは一旦教えてあげるとしよう。
「あの〜。パイプ椅子だったら、ステージの下の引き出しに入ってますけど」
恐る恐る発言した由依に、リーダー格の男は訝しげな視線を向けた。
しかし男は何も言わず、椅子を探してステージに上がっていた仲間に指示を飛ばす。
「おい。そこの下に入っているらしい」
「了解、ボス。下っすね」
指示を受けた人間は華麗な身のこなしでステージからさっと飛び下りると、しばらく手を彷徨わせた後、指をかける場所を見つけて収納台車を引っ張り出した。
「おっ、ありましたよボス!」
どうやら無事に椅子を見つけられたようで、由依は静かにほっと息を吐く。
そして、仲間がパイプ椅子を一つ取り出してこちらに持ってくると、リーダー格の男はそれをやや乱暴に受け取った。
折り畳まれた状態のパイプ椅子を広げ、その場にドンと置く。
「座れ」
「はい。じゃあ、失礼します」
命令されたので由依は素直に従い、ゆっくりと腰を下ろす。
その後、黒ずくめの集団は由依の身体と椅子をまとめて縄でぐるぐる巻いて一切の身動きが出来ないように固定すると、まるで由依を守るかのような配置で周りを取り囲んだ。
各人が体育館の出入り口に銃を向けている。
恐らく、教師や警察などが制圧や救出のために突入してくるのを警戒しているのだろう。
態勢が整ったのを確認して、リーダー格の男がスマホを取り出しつつ言う。
「囮は絶対に逃すな。敵が来たら容赦なく迎え撃て。ターゲットが現れたら即座に報告しろ」
「了解」
仲間の返事に小さく頷くと、リーダー格の男はおもむろに歩き出して体育館から出て行った。一度校舎に戻るようだ。
これでひとまず命の危険は遠ざかったはず。
あとは余計なことさえしなければ殺されることはない、と信じたい。
「…………」
由依は目を瞑り、時が過ぎるのをじっと待つことにした。
二階、放送室前。
黒ずくめの集団のリーダー格の男が姿を表すと、先に到着して待機していた職員室制圧班の男が歩み寄った。
「ボス、鍵をお持ちしました!」
「よくやった」
放送室の扉を開ける鍵を渡されて、リーダー格の男は小さく頷く。
解錠し、入室。
放送室の中はあまり広さは無く、教室の三分の一程度の幅しかない。
加えて物も多いため、かなり動きが制限される。
「入口は任せた」
「了解」
邪魔が入らないよう仲間に見張りをさせつつ、リーダー格の男は放送ブースの前へ。
置いてあったスクールチェアに座って、機器を操作する。
「よし。これで全校に流れるはずだ」
設定を済ませると、最後にマイクの高さを調整し、カフを上げる。
「生徒及び教員に告ぐ。我々の目的はただ一つ。
まずはこの学校にいる人間が余計な行動をしないよう改めて牽制。
今の声は三階や四階、部活棟などにも届いているので、これで直接脅せていなかった人間にも忠告することが出来た。
だが、リーダー格の男が呼びかけたかった相手はそんな有象無象の高校生や教師ではない。
目当ての人物はただ一人。校内に潜んでいるであろう、ジタヴァの王女だ。
リーダー格の男は、再びマイクに口を近づけて続ける。
「さて。聞こえただろう、照日茉莉亜? 今言った通り、ターゲットはお前だ。三十分以内に体育館に来い。これは命令だ。もし破るようなことがあれば、お前は大切な親友を失うことになる。我々としても無関係な人間を殺したくはない。従ってくれることを願っている」
カフを下げて、放送を終了させる。
こちらの要求は確実にターゲットに伝わった。
ならばあの心優しい王女様が無視などするはずがない。
目的を果たしたリーダー格の男はスクールチェアから立ち上がると、放送室の前で見張りをしていた仲間に声を掛ける。
「あとは待つだけだ。お前は持ち場に戻れ」
「了解。ここの鍵は?」
「そうだな……。作戦終了後にでも投げ返してやれ。盗みは趣味じゃない」
全く、依頼者はなぜジタヴァの王女にあそこまで固執するんだ? 魔女なんて所詮は陰謀論者の戯言だろうに。
黒ずくめの集団を率いるリーダー格の男は内心で面倒に感じつつも階段を下り、ターゲットを待ち構えるべく体育館へ戻っていった。
先ほどの襲撃者による放送は、校舎裏手で突入準備をしていた秘密魔導士少女部隊にも聞こえていた。
「狙われてる照日さんって、どっかのお嬢様? それとも有名人の子供とか?」
ライフル銃に弾を込めながら首を傾げたサロマに、スナイパーライフルを構えてスコープを覗き込んでいたツモリが応じる。
「まぁ、こんだけの人手と労力をかけて、リスクも負ってまで狙うんやから、きっとそうなんとちゃう? 知らんけど」
すると、その会話をテレパシー越しに聞き流していたナヨロがぽつりと呟いた。
「でもさ、どうせ狙うんだったらさ、
ほんわかした天然癒やしボイスに騙されそうになったが、なかなかの内容の発言だと気付いてすかさずツッコミを入れたのは、非常階段を上って二階に移動中のミホロだ。
「いや、何が良いんだよ。テロリスト側の気分になってんじゃねーか」
「あははっ」
魔導士五人の笑い声が重なる。
と、そんな無駄話をしていたらあっという間に四十五秒が経過しようとしていた。
あまてによる隔離結界が発動されると同時に、準備フェーズから戦闘フェーズに移行する。
「ごめーん、大遅刻センサーアロー」
戦闘フェーズ開始から三秒ほど遅れて、たった今三階のベランダに到着したアオイが弓を引いて矢を放った。
矢は放物線を描いて校舎の屋上に突き刺さると、青白いライトが明滅して感知器が作動。
建物内のテロリストの位置情報が特定され、それぞれの持つタブレット端末に共有される。
「それじゃあ行っくよ〜」
「ゴーゴー!」
しっかりと敵の居場所を確認して、秘密魔導士少女部隊の五人は各ポジションから校舎へと突入した。
それと時を同じくして。
一階の昇降口付近にある掃除用具入れのロッカーの扉が静かに開いた。
中から出てきたのは、ここまでずっと息を潜めて反撃の機会を窺っていた茉莉亜。
ふっと息を吐いてから、魔法を詠唱する。
「ここは舞台じゃない、私は主役じゃない。だから、これから起こる全ての出来事に観衆も記録もいらない。神様、どうかこの場所を外界から隔絶し覆い隠して。異界由来魔法発動、暗幕」
刹那、あまての発動した透明な壁である隔離結界とぴったり重なるように真っ黒な被膜が展開される。
窓の外が真っ暗になったのを横目で見遣って、茉莉亜は体育館の方向に鋭い視線を向けた。
「私、今とても機嫌が悪いの。手加減が出来なくても、許してくれるわよね?」
茉莉亜が足早に移動を始める。
黒ずくめの集団は由依を人質に取ったことで、ジタヴァの魔女の逆鱗に触れてしまったのだ。
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