4-6 魔女に忍び寄る手
時は遡り、
放課後。バレーボール部の活動を終え、体育館の更衣室で着替えを済ませた
するとそこで、ある人物の姿を見つける。
「あれ?」
双葉から十メートルほど前を歩いているのは、同じクラスの
普段から二人はよく一緒にいるので、組み合わせ自体に違和感は無い。しかし。
「どうしてこんな時間まで学校に……?」
二人は部活動に入っていない、いわゆる帰宅部で、最終下校時刻近くまで学校に残っているのは珍しい。
何か用事でもあったのだろうか?
双葉は少し早足で追いかけ、二人のそばに近寄った。
「照日さん、こんな遅くまで学校にいるの珍しくない?」
声を掛けると、茉莉亜と由依が同時に振り向いた。
「あら木崎さん。ええ、確かにそうね。ここまで遅くなったのは初めてかもしれないわ」
「あの、えっと。木崎さんは部活、だよね? お疲れ様」
別に今、水瀬さんには話しかけてなかったんだけど。
まあいっか。
「うん、お疲れ。私はバレーボールやってるから、いつもこれくらいの時間になっちゃうんだよね。それで、二人は今日はどうしたの?」
早速、気になったことを質問してみる。
小首を傾げた双葉に対して、茉莉亜は表情を変えずに答えた。
「昼休みに先輩から女子サッカー部の助っ人を頼まれて。今日は練習に参加していたの」
「で、私はその付き添いっていうか」
なるほど。茉莉亜の体育の授業での活躍が目に留まったってわけか。
「へぇ、そうだったんだ。ちなみに先輩ってどの先輩?」
「
は?
思わず眉根を寄せそうになったのを、ギリギリで抑える。
浦和あかねと言ったら、この学校で知らない人はいない超有名人ではないか。
U-17日本女子代表に招集された経験があり、未来のなでしこジャパンを担う逸材と称される天才。
そんな人物から助っ人をお願いされて、この女はなぜこんなにも落ち着いている?
「あっ、あかね先輩かぁ……。ふ〜ん、照日さんすごいね」
どうにか平静を装ってリアクションした双葉に、茉莉亜は無言でこくりと頷いた。
その余裕ぶったクールな態度がまた、双葉の心を逆撫でする。
いけない、このままだと感情が爆発してしまう。キャラを保たないと。
「じゃ、じゃあ、私は先に行くね。早く帰らないとお母さんに怒られちゃうから。また明日!」
双葉は適当な理由をつけて別れると、駅へ続く道を全力で走った。
そして、駅前のロータリーに着いたところで立ち止まる。
周囲に知り合いがいないことを確認してから、大きく深呼吸。乱れた息と心を整える。
「ふぅ、危ない危ない……」
これでひとまずは取り繕えそう。
少なくとも自宅の最寄駅に着くまでは優しくて明るい優等生を貫かなければ。
その後、ちょうどやって来た特急に乗り、
ここから家までは歩いて五分ほど。
クラスメイトや先輩など同じ高校の人間と遭遇する心配もほとんど無くなり、双葉は少し気を抜いていた。
道端に転がっていた空き缶を思い切り蹴っ飛ばして、「はぁ〜っ」とため息をこぼす。
「ムカつくムカつくムカつく。マジで何なのあの女。変な時期に転校してきたくせに、調子に乗りやがって。あのクラスで一番の人気者は私なの。絶対に私であるべきなの。それなのにどうして。全部全部、アイツのせいだ。アイツさえいなければ。アイツが邪魔さえしなければ……」
苛立ちを隠すことなく、強く拳を握り締めながら唇を嚙んだ。
私は常に人気者でいたい。一番でいたい。
誰からも好かれ、愛され、注目される存在でありたい。
そのために私は入学初日から努力してきた。
嫌いな奴とも仲良くして、苦手な奴にも優しくして。
キモオタ男子とか、根暗なコミュ障女とか、ブサイクなギャルとか、本当は関わりたくもないのに。
反吐が出そうになるのを我慢しながら、笑顔で優しく振る舞って、友達になり信頼関係を築いた。
そうしてやっと掴んだクラスカーストトップの地位。
一ヶ月をかけて手に入れた、譲れない立場。
だというのに。
それを、あの女は……!
「途中で乱入してきて、奪うつもり? 頑張りもせず、無理もせずに」
いとも簡単に、私から奪おうとしている。
そんなの許せない、許さない。
認めない、認めるわけにはいかない。
「おのれ、照日茉莉亜!」
憎い女の名前を口に出し、双葉は力任せにガードレールを蹴り付けた。
ガーンと鈍い金属音が静かな住宅街に鳴り響く。
するとその時、不意に背後から話しかけられた。
「お嬢さん、住宅街ではお静かに」
「っ!」
すぐそばに人がいた。
そのことに全く気が付いていなかった双葉はびくりと肩を跳ねさせた後、慌てて笑顔を作りながら振り返る。
「す、すみませんでした〜」
立っていたのは、背の高い二十代後半くらいの男性。
顔を見た感じ、日本人ではないように思える。中国系か?
男性はニコニコと笑みを浮かべたまま、流暢な日本語で言う。
「いえいえ、僕は別に注意をしたかったのではありません。あなたに用があったのです」
「私に、ですか……?」
「はい。その制服を着ているということは、お嬢さんはきらほし学園高校の生徒ですよね?」
いきなり通っている高校名を言い当てられ、双葉は警戒心を強める。
取り繕うのをやめて、男性を睨め付けた。
「何ですか、ストーカーですか? ロリコンですか? 警察呼びますよ?」
スマホを取り出して脅してみせる。
しかし男性は焦る素振りも無く変わらずニコニコ。
何を考えているのか分からない。
その不気味な雰囲気に、ますます不信感を募らせる双葉。
そこでようやく、男性が自らの正体を明かした。
「失礼しました。まずはきちんと名乗るべきでしたね。僕は
スマートな所作で一礼し、自らの非礼を詫びる王星雲。
とりあえず危害を加えられる可能性は低そうだが、それでも疑問は多い。
「で、私に用事って何ですか? あと気になる名前って?」
双葉が首を傾けて、早く用件を話せと促すと。
王星雲は穏やかなトーンで話し始めた。
「僕はジタヴァ王国の魔女、マリア・ティリッヒを捕らえるために日本へ来ました。とある情報筋によると、マリアは身分を隠し、きらほし学園高校に在籍しているという。そこで協力者となってくれる生徒を探していたのです。そしてそんな中、お嬢さんがマリア・ティリッヒに酷似した名前を口にした」
「照日、茉莉亜……」
「そうです。お嬢さんの学友である彼女こそが、恐らくはマリア・ティリッヒです」
まさか。
双葉は衝撃のあまり、言葉を失ってしまう。
「どうやらお嬢さんはマリアのことが気に入らないご様子。もし協力して頂けるなら、僕が確実にマリアを学校から排除して差し上げましょう。もちろん金銭的な報酬も、なるべく希望に沿える額をご用意しますよ」
王星雲が持ちかけてきた提案の意味を、双葉はすぐには飲み込めない。
ただ、何かとんでもない陰謀に巻き込まれていることだけは分かる。
冷静に、常識的に考えるなら、引き受けるべきではない。協力すべきではない。
けれど、茉莉亜を排除してくれる、しかもその上で報酬まで貰えるというのは、双葉にとってはデメリットがどこにもない。良いことづくめだ。
茉莉亜への怒りや憎しみが頂点に達していたところで持ちかけられた夢のような提案に、双葉は段々と心を奪われていた。
興奮し、胸が高鳴る。
「……協力、してあげてもいいけど。私は何をしたらいい?」
双葉は提案に乗った。
王星雲の協力者になることを決めた。
「簡単なお仕事です。お嬢さんにお願いしたいのはですね……」
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