第13話

 着替え終わり、丁寧にも試着室の前に置かれていた冒険用のブーツも履くと、そこには一端いっぱしの冒険者に見えるモブータの姿が出来上がっていた。


「なんか…こういう立派なのってむず痒いな…」

「立派ねぇ…。駆け出しの冒険者にしか見えないけどな」


ゼルの小馬鹿にする発言に少しムッとするが、店主から今度はポーチが幾つも付いたベルトを渡される。


「レンジャーはサポートのプロ。良いアタッカーは良いサポートからだ。ほれ、薬草やらアイテムが入るウチの自慢の商品だ」


サポート。確かに現実世界でMMORPGをやってた頃、モブータは華のある前衛職か火力を出すDPSなどじゃなく、あくまで添えるような立場のサポート職などを好んで使っていた。


これには何の文句も無く、モブータは渡されたベルトを腰に巻いた。


「それから武器だが…」


店主は剣や斧などを立て掛けてある所をスルーし、何本かの弓をカウンターのテーブルに置いた。


「お前さんには遠隔からの攻撃が似合ってるだろ。それに、魔物からの目を引かない方がガイドに適してる」

「へぇ、結構詳しいんだな」

「その店主は元冒険者だからな」


ゼルがそう言い加えると、店主は少し誇らしげにその立派な髭を触り始めた。


「さて、どの弓がいいか…」


数えて五つ、カウンターに並んだ弓はどれも違う形状をしていたが、一際モブータの目を惹く物があった。


「これは…」


弓の上段端、そこに黒塗りの弓に白くバツ印が描かれている物を掴んだ。


「ほぉ、その弓を選ぶか…」

「何か訳アリか?」


ゼルが尋ねると、店主は少し物憂げな表情になり、口を開く。


「いや、ただ選んだ時に言ってみたかっただけだ」


モブータとゼルは昭和のバラエティのようなノリでこけそうになった。


「はっはっは。見た目は違えど品質は城下街で買える物では上質だと保証しよう」

「この爺さん…。まぁいいや、この弓でお願いするよ」

「毎度。どれ、装備一式の値段だが…」


店主が帳簿に値段を書き込むと、モブータとゼルに見せた。


「これでどうだ?」


書かれていた額に、モブータは軽い眩暈を起こしそうになった。


「えぇ~…。これで何日酒場で良いもの飲み食いできるのよ…」

「これで足りるか?」


動揺するモブータの横で、ゼルは自分の硬貨袋から上等銀貨を何枚か取り出した。


その光景に、モブータは今度は腰を抜かしそうになる。


「お、お金持ちっ!?」

「ンだよ、普段魔物討伐で金稼いでるオレが金持ってて悪いかよ?」


確かに魔物の討伐は鉱石の採掘より稼ぎは良いが、モブータが一ヶ月掛けて稼げるかどうかの値段をポンっと出すゼルに驚きを隠せなかった。


「毎度あり。一式購入のおまけで矢筒と矢を付けてやるよ」

「すまないな。ほら、お前のなんだからちゃんと持ってろ」


そう言ってゼルは矢が入った筒をモブータに押し付ける。


それを受け取ると、呆気に取られた表情のままモブータは店を後にするゼルの背中を見送っていた。


「あいつ、もしかしてすごい奴なのか?」

「そうだとも」


反応したのが店主だった為、モブータは少し驚いてそちらの方を見た。


「だが、凄い奴ってのは、周りに恵まれない事が多くてな…。”暴れん坊のゼル”なんて誰が言い始めたんだが…」


パイプにマッチの火を点け、紫煙を吐き出す店主のその言葉を聞き、モブータは少し黙ってしまった。


「ほら、早く追いかけないとゼル坊が怒り出すぞ?」

「そうだ!その、色々ありがとうございました!」


いそいそと矢筒を肩に掛け、弓を持つとモブータは急いでゼルの後を追った。


ドアが閉まり、カランと軽い鈴の音が鳴るのを聞いて、店主はもう一度パイプの吸い口から煙を吸って吐いてした。


「今度は、良い仲間に出会えるといいな…」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る