第30話 帝国の事情②

 流れとはいえ、シィロの事情に首を突っ込む形となり、イリスは素直に疑問を口にした。


「なんでお祖父さんは国から狙われているんですか?」

「それは……」


 シィロは忙しなく視線を動かし辺りを窺う。その様子を見たレイは、言葉を引き継ぐように発した。


「こんな誰が聞いているかわからないような場所で、そんな話はできない……か?」


 シィロは、返事の代わりに小さく顔を縦に振る。


「姿は見えなくても、軍部の人間なら、どこで話を聞いていてもおかしくはないから」


 シィロの警戒心の強さは、この国を——人を信用できないと言っているに等しい。


 そんな話を聞いてしまえば、無言で黙々と歩かざるを得なかった。三人は周囲を気にしつつ、シィロの祖父がいる家まで最短経路で移動した。


 普段より気を張っていたせいか、イリスの疲労は砂漠越えの比ではなかった。


「ここが、シィロのお祖父さんのお家?」

「そうです。少々お待ちください」


 シィロは一歩前に出ると扉の金具を二回叩いた。秉燭の頃となった閑静な居住区に、金属音が鳴り響く。隣家との距離は離れているので、住民の気配はない。

 少し間が空き、厳格そうな男の声が返ってくる。


「……誰だ?」


 扉は閉められたままだ。


「シィロです。お祖父様、連絡をした方々をお連れしました」


 家の主人は懐疑的な性格のようで、窺うようにゆっくりと扉を開いた。その隙間から光が漏れると、とある老人の姿が露わになる。


「あなたは……っ!」


 現れた老人を見るや否や、イリスは考えるよりも前に声を出していた。


「お前は……っ!」


 相手も同様に目を見開くと、イリスに対し不躾に指を差す。


「あれ? お祖父様とイリスさんは、お知り合いでしたか」

「お知り合いなものか! この誘拐犯めが!」


 声を張り上げて喚く老人——ツワブキに、イリスが小さい声で反論した。


「……耄碌ジジイ」


 イリスがぼそっと呟いた。

 昼間の騒動でアイネが言った言葉を思い出し、そのまま口から漏れ出てしまった。


「誰が耄碌ジジイか! 貴様らのような不審者に私の敷居は跨がせんぞ」

「爺や? 誰か来たの?」


 ツワブキの後ろから、声をかけたのはルカだった。

 ルカはイリスとレイを認めると、瞳を輝かせ、嬉しそうに頬を綻ばせた。彼の呼ぶ爺やこと、ツワブキとは真逆の反応だ。


「イリスさんとレイさん! どうしてこちらに?」

「元宰相殿と話をするつもりで来たんだが……門前払いをくらっていてな」


 レイが含みのある視線で、ちらりとツワブキを見やる。


「爺や……僕の恩人だよ。嘘じゃない」


 ルカの落ち着いた声音と、穏やかな琥珀色の瞳に説得されれば、ツワブキも黙るほかなかった。

 ツワブキは目を閉じると、諦めたように一つ息を吐いた。


「……恩人と言われれば仕方ないですな。どうぞ」


 家の中は質素倹約が頭に浮かぶほど、生活に必要な物しか置いていなかった。しかし、一つひとつの物には品があり職人の拘りが感じられ、繊細な模様や細工が見事な風合いの家具ばかりだ。

 殺風景に見えるのに不思議と温かみを感じる空間は、まるで宰相ツワブキの本質を投影しているようだった。

 

 客間に通されたイリスとレイは、ツワブキに促されるように椅子に腰を掛ける。


「……して、不審者の君達の話とは何か?」

「シィロさんから、あなたが最近になって軍部の人に狙われているんじゃないかと……。私達もこの国に入ってすぐ、誰かにつけられていたんです。それで一度話をしたくて」


 シィロが手際よくお茶とお菓子を用意している。


「ふんっ、白々しい。貴様らが私を狙っている張本人ではないのか?」

「違います! 今日来たばかりで、あなたのことなんて知らないのに、自意識過剰なんじゃないですか?」


 イリスの良くないところは、母親譲りの負けん気の強さだった。

 こういうところはよく似ているなと、レイは思いながら口を挟む。


「仮に……」


 レイのやや低いを聞いた二人は、我に帰ったように静かになった。


「仮にですが、俺が元宰相殿を狙っていたとしたら、今この場でこうして話していることはなかったと思います」


 『お前はもう死んでいた』と遠回しに伝えている。レイが言うと洒落にならない。


「では、なぜ貴様らはこのタイミングでここへ来た? その答え次第ではこれ以上の話し合いはできん。信用できない奴と話すのは、時間の無駄だからな」


 レイとツワブキの視線が交錯する。

 部屋に緊張した空気が流れる。


「俺の話でよければ、嘘偽りなく話します」

「それで構わん」


 シィロが、湯気が立ち昇るお茶を来客から順に置いて回る。


「先日起きた竜の事件は、ご存知ですか?」

「私を誰だと思っておる? 腐っても元宰相だぞ。正しくは"闇の竜"であろう」


 ツワブキの顔は宰相に相応しい、知性と鋭さを兼ね備えた風貌に変わっていた。知る悦びに満ちた瞳の奥には仄かな光を宿していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る