第12話 それぞれの一緒に

 男が静かに地面に降り立つ。


「そこの娘、私と一緒に来ないか? 貴様のことも探しておったのだ」


 探す? ……私を?


「お断りします」


 疑問を感じつつも、毅然とした態度で拒絶する。行くわけがないし、男の偉そうな態度も癇に障る。


「お前のような怪しい男に、イリスを渡すわけがないだろう!」

「そうか、それは……残念!」


 男は言い終わるより早く、一歩目を強く踏み込む……とそのまま風魔術で加速し、一気に距離を詰める。速い。

 同時に、四方から巻き起こった風の刃がレイを目掛けて斬りつける。レイは、それを防御魔術で弾きつつ反撃する。


 イリスはその攻防を見ながら、不思議と土の精霊の力の流れを感じ、使い方も理解できていた。

 どんな攻撃をするのか、強く鮮明にイメージする。


 土竜……土の精霊よ、力を貸して!


 イリスは大地と自分の感覚が繋がっていくような不思議な感覚を確かに感じ、その手を叩きつけるように地面に振り落とした。


「吹っ飛べー! 不審者!!」


 轟音と共に地面から拳の形状をした大きなうねりが、意思を持つかのように男へ襲いかかった。レイの攻撃に意識をとられていた男は一呼吸、対応が遅れる。


「……チッ! まあ、いい。収穫はあったからな」


 男が、ちらりと遠くを見る。

 その視線の先を追うと、エンジュとカリムが戻ってくる姿があった。

 分が悪いと判断したのか、一瞬の隙を狙って空へ浮上する。男が軽く手をひと回しすると、風魔術で竜巻を起こし身を包む。

 風が凪ぐ頃には姿を消していた。


「……追わなくていい」


 合流したエンジュとカリムへの言葉だ。

 神狼族の聴力と嗅覚を以ってすれば、まだ近くにいるであろう男を探し出せる可能性はあった。


「あの男は、まだ力を隠していた……被害の確認と、あの男の素性を調べることが先だ。叩き潰すのはそれからでいい」


 レイの内から溢れ出る怒りが、闘気となってその場の空気を揺らしているような気がした。

 村が襲われ、森にも少なからず被害が出た。

 その元凶となる危険人物を許せるはずがなかった。


「……イリスもありがとう。俺達はまだやることがあるから、エンジュと先に帰っててくれ」


 邪魔にはなりたくない。そう思い素直に従う。


「あとさっきの、かっこ良かった……『吹っ飛べ!』って」


 レイの揶揄うような笑顔を見たイリスは、改めて思い出すと恥ずかしくなり、顔が熱くなるのを感じた。


「意外と口が悪いんだな。怒らせないように気をつけないと……」

「いや、あれは必死だったから……!」


 レイの前では少々、猫被っていたのは事実だが、助けたい気持ちが急いて、それどころではなかった。

 

 誰しも、多かれ少なかれ外では取り繕う部分はあるだろう。

 イリスの場合、一人で育ててくれる母に迷惑をかけたくなかったため人一倍気を付けていた。


 素の自分でも大丈夫だと思えると、気が抜けて楽になった。

 気付かぬ間に緊張状態が続いていたのだ。


「じゃあイリスちゃん、行こっか〜。僕が屋敷までエスコートいたしましょう」


 こんなに自然にウインクをできる人を他に知らない。軟派な感じはするが、常に人を想う優しさが滲み出ている。

 

 帰りはエンジュと一緒に馬に跨り、帰路の途につく。

 一定のリズムが心地良い。


「疲れたでしょ? 寝てもいいよ」


 イリスは屋敷に着くまで起きているつもりだったが、頬を撫でる風も気持ち良い。うつらうつらしていると、段々と瞼が重くなっていた。




 ——気が付けば、ベッドの上に横たわっていた。

 日は出ておらず、まだ夜中だ。

 案の定、眠ってしまったらしい。

 

「下僕、起キタカ」

「ねえ……その呼び方やめてくれない?」

「オ前、土竜ト呼ブ。オレ、下僕ト呼ブ。コレデ対等」


 そう言われるとそうだけど……土の精霊って呼びづらいんだよね。


「オレ、マタ眠ル。オ前ト一緒二行ク。約束守レ」


 イリスの身体から再び黄金色の光が放たれ、粒子が一箇所に集中する。すると琥珀色の神霊石へと変わった。


「女神サマ、少シ話セタ……下僕ノ側、悪クナイ……」

「えっ? ちょっ、女神さ……」


 女神様と話せたの? その話聞きたかった……あと土竜にもお礼言いたかったのに……。


 その後、声をかけても返事はなく本当に眠ってしまったようだ。


 イリスはすっかり目が覚めてしまい、外に散歩に行くことにした。

 空気が澄んでいて月も星も綺麗に見える。


「こんな所にいたのか……」


 不意に声をかけられ振り向くと、そこにはレイが立っていた。


「さっき目が覚めたんだけど、眠れなくって……レイはいつ帰って来たの?」


 レイは肌寒いだろうと思い、羽織っていた外套をイリスの肩に掛ける。


「捕まえた奴らの尋問が終わって、ついさっき帰ってきた。あいつらは唆されて宝石を奪いにきただけの下っ端……あの男——魔術師のことは何も知らなかった」

「……土竜が言ってたんだけど神官の可能性は?」

「俺達も同じ事を考えていた。あの男が神官で盗賊を利用し、混乱に乗じて魔鉱石……もしくは土の精霊を奪おうとしていたんじゃないかと」


 レイは珍しく深いため息を漏らすと、夜空を仰ぐ。


「あくまでも推測だし、証拠もない。仮に神官だとしても、神殿を相手に動くとなると慎重に動かなければならない」

「神殿と神狼族の関係は、あんまり良くないの?」

「前は大きな問題はなかったんだが、今はいろいろあってあんまり……な」


 何か力になりたいが、ただの村娘にできることは限られている。


「どちらにしても私は神殿の近くまで行く予定だから、何か情報を掴んだらレイに連絡するね!」

「……神殿に石は渡さない方がいいと、俺が言ったことは覚えているか?」


 レイは信じられないものを見るような、懐疑的な目をしていた。


「お、覚えてるよ! でも意味もなく、うちの母が神殿に行けって言うとも思えないんだよね。土竜も一緒に来るって……」


 言いながら、イリスは琥珀色の石を見せる。

 レイは再び大きな息を吐くと、呆れたような諦めたような表情でイリスを見つめる。


「……わかった。じゃあ俺も一緒に行こう」

「えっ!? でも村はどうするの?」

「村もだが、土の精霊の眠りを守るのも俺の務めだからな……イリスがその石と一緒に行くというのなら、俺が行ってもおかしくはないだろう?」


 確かに? そう言われれば、そんな気もするかも。

 

 なぜだか、ふと夢のことを思い出した。

 ぼんやりだが、今と同じような……星の瞬く夜……そんな情景に女性と狼がいた。


 不安もあるこの旅で、仲間が増えることは、イリスにとって大変心強いことだった。

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