先日、傭兵団をクビになりまして

ぬかてぃ、

序章・You’re fired.

「つまる話がクビってことかい。ボス」

「悪いがな。ジョージ」


 ボブの言葉に俺は黙る事しかできなかった。

 確かに言いたいことはわかるのだ。俺がピートと同じ前衛であるから役割が同じということも。そして最近入ってきたシーザーがめきめきと実力を発揮していることも。そしてこのご時世なのにも関わらず傭兵が多いってことも。

 だがそれを俺の解雇ってことで片づけるのは俺だって納得いかない。


「そういうのは何人かで話して決めるってことかい。それともなんだ。俺が三人で一番力がないってことかい」


 ボブはしばし頭を抱えるとゆっくり首を縦に振った。

 一瞬頭に血が上ったがここでボブを殴ればここにいられることは絶望的だろう。拳を握りしめた。爪が掌に食い込んでくる。


「申し訳ないがなジョージ。ピート、シーザーの三人を並べるとどうしても君が一枚下になってしまう。それに気付けないほどの男でもあるまい」

「そりゃ理解しているよボス。理解しているさ。だがピートはとかく入りたてのシーザーより俺の方がいらないってか」

「聞いてくれジョージ。俺はなにもお前が憎いから出て行ってくれと言っているわけじゃないんだ。小間さんの言う通り、ピートはうちの部隊でも折り紙付きの実力だ。こいつだけは手放せない。あれほどのやつを簡単に放り打者うちの沽券にもかかわる。確かにお前の言う通りシーザーを出した方がいいかもしれない。ではお前の方が強い。だがなジョージ。お前より剣術に優れていてもお前のように社会を知らない」

「どこかが拾うだろそんなもん」

「ジョージ。もう戦争は終わったんだぜ。戦争があった昔のように腕っぷしさえあればどんな傭兵団でも金が稼げるって時代は終わったんだ。俺たちはその功績が認められてそういう戦場的な仕事を得られるが、中小を見てみろ。名前だけ傭兵団みたいな悪質なチームに入ってダメになるあいつの姿が想像できないかね」


 残念ながらボブの言葉に俺は納得するほかなかった。

 確かにピートと俺を比べられたら放り出されるのは俺だろう。誰もがそう思う。シーザーだってそうだ。あいつがこの禿げた太っちょに出ていけと言われてもどうなるか先行きは見えない。自分から出ていくにしてももう少し社会を知る必要がある。やっと声変わりが始まったやつに世間の荒波にもまれろってのは結構無茶な話だ。


 結局、俺が出るしかなかったようなのだ。


「分かってくれるか。ジョージ。お前しかいないんだ。お前がうちにとって力不足になった、というわけじゃないんだ。力は他の部隊に転がり込んでも十分やっていけると思ったからこそお前を選んだんだ。長年うちでやってきてくれたことには感謝している。しかし、いつか交代は来るんだよ」


 俺は返事をしかねた。

 理屈は分かるが納得ができない。どうして俺が役立たず扱いされなきゃならないのか。だがここまで出ていけと言われてそれでも残ると言えるほどお人好しでもないのは正直だ。出て行けと言われるなら喜んで出て行ってやる。


「分かったよボス。分かった。俺が出て行きゃ丸く済むんだろ。なら出て行ってやるさ。あとで後悔するなよな」

「すまねえなジョージ。お前さんに一番いやな思いをさせちまってる」


 握った拳を開いて答えた。掌からは血がにじんでいる。

 その返事を聞いたボブは胸をなでおろしたような顔になった。本当にぶんなぐってやりたい。やっぱり俺が出ていくことを喜んでいるじゃねえか。

 しかし吐いた唾を飲み込めないようにもう宣言しちまったものはどうしようもない。ボブのお願いみたいな形ではあったが結果同意したのは俺だ。もう文句は言えない。俺がボブの「辞めろ」という言葉を受理したのだから。


「話がないならもう戻らせてもらうぞ。出ていく準備もしなきゃならねえからな」

「あ、ああ。分かった」


 踵を返して俺はマネージャールームから出ていった。

 傭兵団赤靴下から、ジョージ・フォスターの名前が消えた。


 赤靴下はオーバイオ国では天下に名を知らしめた傭兵集団だ。十人もいればそこそこの所帯と言われる傭兵で五十人を超える傭兵はここくらいのものだろう。ここ以外にもオーヨーク国の山頂隊など同じ規模を持つ傭兵集団は各国にあるが、この辺りでは赤靴下が一番大きい。力があるという事は言動一つにも力が生まれる。そんな場所だ。

 だからここはいつも入替が起きる。この前まで期待されていたやつが急に出ていくことになるなんて珍しくない。理由なんか様々だ。依頼に失敗しただの、怪我して動けなくなっただの。クビにする理由なんて探せばいくらでもある。ここに居残れるってのはそれだけで力の証明でもあったのだ。

 俺もここにいて十年以上たつ。それこそ戦争前から大きかったここに下っ端の頃からいる。最古参の一人と言っても差し支えないだろう。

 その俺がなんで出ていかなければならないのか。


「オイ。マジかよオイ」

「お前さ。部屋に入るときにノック位したらどうだよ」


 部屋で荷物をまとめていると、驚いた様子でピートが声が部屋に入ってきた。赤靴下のピートといえば泣く子も黙る剣士と言われているし、その筋骨隆々な身体は多くの人に威圧感を与えてくる。その見た目に違わない勇猛果敢さはどこかの国であれば騎士であってもおかしくないと言われるほどだ。


「聞いたぜオイ。お前出ていくのかよ」

「なんだよ。もう噂になってんのかよ」


 そんなピートと俺は同時に赤靴下を履くことになった。数年もしたら実力の差は完全についてしまっていつも俺はピートの後塵を拝したもんだった。でもピートは俺の事を友人のように接してくれたし、俺も同じように返した。血を分けたわけではないが兄弟のように思えた。

 そういうやつともお別れと思えば少し寂しいものだ。


「そりゃそうだよ。天下の赤靴下二大看板の片方がいなくなるって言われたら騒ぎの一つにもなるさ。弓術隊の女の子も何人か泣いてたって聞いたぞ」

「知らねえよんなこと」

「そんなこと言うなよ。俺より男前のくせによお。俺にも少しわけてもらいたいくらいだ」

「俺みたいな傭兵ともおぼつかない細身がかい。女も見る目がねえな。大体男なんて丈夫な肉体があればそれだけで十分なのにな」

「そんなもんかね」

「そんなもんだよ。とりあえずその禿げ頭をやめたらどうだ。めっちゃ嫌がられてるぞ」

「嫌だよ一々髪の毛弄るの。めんどくせえじゃねえの」


 ピートは確かに強いし戦場に立つ姿は誰もが認めるところなのだが、その猛々しい姿にどうしても人が集まらない。女はおろか男ですらその風貌に恐れおののいて一歩下がってしまうのだ。さらに頭どころか眉すら完全に剃ってしまっているのも拍車をかけている。ハゲで筋肉質な大男に近づきたいかと言われたら俺だって断るだろう。

 話してみると意外と気さくで自分の禿げあがった頭をぺちぺち叩きながら喋る男なのだがどうもこいつのそういうの姿をきちんと見れる奴は多くないらしい。


「そういうところが女にモテねえんだぞ」

「そっか。じゃあしゃあねえな」


 大男は身体に似つかわしくない笑顔で頭を軽く叩いた。

 するとドアがノックされた。返事を返すと栗毛の美少年が息を荒くして立っていた。シーザーだ。


「ジョージさん、辞めるって本当ですか」

「落ち着けよシーザー。そんなに呼吸荒くしてたら何喋ってるか分かんねえぞ」

「でも、僕」


 シーザーは瞳を潤ませながら頭を垂れた。相変わらず剣士らしくない男だ。

 あの太っちょ曰く亡命貴族の息子らしい。確かにそういわれて頷けるほど顔立ちが整っている。そうでなくても剣術の腕は俺に差し迫っている。年齢的にももう上に行くことがない俺と今から伸びてくるシーザー。年相応のかわいらしさがあるもののあと五年もしたら町中の女をにぎやかすだろうなと想像できる。

 こいつもずっと俺のことを慕っていた。いつも後ろにべったりついて剣術を教えたっけ。


「ほら泣くなよ。男だろ」

「嫌です。僕、ジョージさんが辞めるなら僕も辞めます」

「お前ねえ。んなこと言ったらボスやピートに迷惑がかかるだろうが。いくらピートが超人と言われていても背中預けるやつがいなきゃ死ぬんだぞ。特にこいつ頭悪いから」


 俺の言葉にピートはまた自分の頭を叩いていた。


「そのためのお前さんなの。今後はピートの背中は俺じゃなくてお前が守るの。いいじゃねえか。美女、美男子かな。美男子と野獣コンビ。赤靴下の売り物になるさ。そしたら実力にその物珍しさで仕事だらけになって給料ガッポガッポだよ」

「でも」

「でももなんでもないの。ほら、荷物まとめてるんだから邪魔だ邪魔だ。お前らと違って明日から訓練とかしなくていいの。自堕落してもいいの。お前らとは別のお身分なのですよ。だからお前らは訓練でもしに行け」


 そういうと二人は黙った。

 荷物を片付ける音だけが響く。


「長い間世話になったな」

「僕も、短い間でしたが」


 二人の方を見ると二人は手を出していた。

 しょうがねえな。俺は手を止め、二人と最後の握手を交わした。相変わらずピートの手はごつかったし、シーザーは俺以上に柔らかい手をしていた。

 寂しくなるな。その二人の手にもう二度と触れられないと思うと改めてこれが最後なのだという気持ちが湧き上がってくるのだ。


「あんがと」

「寂しくなるよ」

「赤靴下の鬼神がそう言ってくれるなら冥利に尽きるよ。ピート」


 シーザーは言葉も出せずに泣きじゃくっていた。

 そして俺たちの手がお互いの場所に戻った後、ピートとシーザーは部屋を出ていった。俺は荷物をまとめてそれを背負いこむと部屋のドアを開けた。

 ふと振り返ると若いころの俺がベッドに寝そべっている。少し年を取った俺が机で伏している。一番働いていた時の俺が武器の手入れをしている。懐かしい気持ちになりながらドアを閉め、宿舎を出ていった。


 恐ろしいほどの快晴だった。しかしそれとは反対の気持ちが俺を渦巻いていた。

 どうしようか。これから。

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