六十八話 信じる光

 時間はあっという間に過ぎて、空に浮かぶ陽はいよいよオレンジに輝き出した。僕は村の中央にある神木の前のベンチに座り、コノとホノカと一緒にい。南の方を見ると、もう屋台の出し物が出ていて、村の人達の祭りの喧騒がこちらまで届く。


「そろそろ……だな」

「そうだね。ホノカ、緊張してる?」

「当たり前だろ、結構な大役を任されてるんだからな。って、何でコノハは余裕そうなんだ」

「ちょっとはしてるんだよ? でも、コノにはユウワさんもいるし、ホノカもいるから」


 隣接して会話している二人の顔には、儀式のため軽く化粧が施されて、普段よりも大人っぽかった。特に、コノは元々美人系だから、よりその魅力が引き立たされている。


「……ユウワさん? コノの顔に何かついてますか?」

「いや、見慣れないからつい」

「そ、その……似合ってますか?」

「うん、凄くいいと思うな」


 そう答えるとコノの頰が色づいた。そして噛みしめるようにはにかんだ。


「オ、オレもそう思うぞ」

「えへへ、ありがと。ホノカもいい感じだよ」

「べ、別に……そうでもないだろ」


 ホノカもどこか落ち着いたような印象になっていて、美麗なカッコよさがあった。

 そんな風に時間潰しに会話をしていると、南の方面から四人がこちらに近づいてくる。


「あっ、お父さんにお母さんだ」

「じいちゃんもか」

「俺もいるぞー」


 それは、コノの両親であるリーフさんとイチョウさん、村長のオボロさん、それにサグルさんで、コノ達はすぐに駆け寄った。


「コノハ、大丈夫かい? そんなに気負わずいつも通りに頑張ればいいんだからね」

「そうそう。それに、神様も温かく見守っていると思うから、きっと失敗しても許してくれるわ」

「うん、しっかり祈ってくる!」


 両親はやはり心配しているけど、娘の元気な姿を見て逆に心配が薄れたようだ。


「ホノカ、悔いのないようにな」

「お前の想い全力でぶつけてこいよ」

「わかってる。未練も何もかも吹っ飛ばしてくる」


 少し不安はそうにしていたホノカは、オボロさんとサグルさんの励ましで表情が和らいだ。

 遠くから眺めていると、コノの両親がこちらに来て。


「ヒカゲくん、いつも娘を守ってくれてありがとうね」

「君のおかげで安心していられるんだ。本当に感謝しているよ」


 そうお礼を言われて反射的に立ち上がり、遠慮する言葉が浮かぶも、それもおかしいと思ったりして、変な位置に手を置いたままでいてしまう。


「僕も、コノには色々とお世話になっているので……」

「ええと、そのお世話っていうのは――」


 やばい、色々という余計な形容をしたせいで意味深に聞こえてしまった。


「ふ、普通の意味ですから」

「うふふ、そんなに否定しなくてもいいのに」

「こちらとしては、そういう意味もウェルカムなんだけど」

「いやぁ、それはぁ」


 何で会って二週間の人間をここまで信用できてしまうのか。やっぱりコノの親なんだなと血の繋がりを感じずにはいられなかった。


「お父さん、お母さん。ちょっと来てー」

「ヒカゲくん、今日もコノハの事をよろしくね」

「は、はい」


 コノに呼ばれた二人はまた彼女の方に戻っていく。助かった。


「随分と気に入られてるんだなー」 

「……いい人達過ぎるだけだと思います」

「それはあるだろうが、一応神に選ばれているっていうのは相当プラスになると思うけど」

「な、なるほど」


 納得してしまった。確かに神様のお墨付きとあれば、信仰している人達にとっては何よりも信頼する理由になる。

 実際に神様と会った訳じゃないから実感が薄くて考えが回らなかった。


「ま、当然話した上でだろうけど」

「でも、ちょっとしか話してないのに娘に相応しいみたいな事を言われたんですけど」


 コノの気持ちを尊重しているからだろうけど、流石に警戒心がないように思える。


「それはおぬしが、相応しいと直感したのだろうな」

「直感……ですか」


 突然オボロさんが会話に入ってくる。ホノカはコノ達と話していた。


「うむ。彼らは割と誰でも信用するが、それで痛い目にあった事はほとんどなかった。それはおぬしもその例の一つだろう」

「……凄いですね。そういう才能でもあるんでしょうか」


 僕には無理な芸当だ。元々の気質もそうだし、あの経験からより信じるというのは難しいものになっていて。


「そういう面もあるだろうが、我は信頼というのは裏切りを抑止するものだと思っている」

「……」

「与えられれば返したくなるのが人情というもの。信頼が最後には自分に返ってくる、コノハも含めてそれを無意識的にわかっているのだろうな」


 長く生きているオボロさんの言葉を否定するほどの経験も理屈も僕は持ち合わせていなかった。

「もちろん、それは他人だけでなく自分に対してもそうだろうな」

「自分にも……」

「他人を信用するには、まずは自分からってね」


 僕は向こうで仲良く談笑しているコノを眺める。彼女といればそんな強さを得られるだろうか。コノが僕を信じるように僕も彼女を信じられるだろうか。自信はないけど、ちょっとした光が見えた気がした。


「その練習じゃないけど、俺達はヒカゲくんを信じてる。だから、前にも言ったけど俺達を信じていてくれ」

「はい」

「ふむ……そろそろ時間だな」


 オボロさんはコノとホノカにそろそろだと伝える。


「おぬしも、入口まで来てくれ」

「わかりました」


 僕達は彼らに一旦別れを伝えて、それぞれ家に戻り最後の支度を済ませてから、村の北側の奥にある儀式の場に向かった。

 入口には警備の人が立っていたが、僕が代わりにするとオボロさんが言うと、その人は入口の方の警備に。


「それじゃあ、行ってきますユウワさん」

「行ってくるぜ」

「うん、二人共いってらっしゃい」


 オボロさんに連れられてコノとホノカがあの神木へと歩んで行き、背中が見えなくなるまで僕は見送った。


「……」


 危険があるのに何もせず待つというのは中々心理的には大変だ。手遅れになってしまうのではないかと、身体がウズウズしてしまう。


「信じる……か」


 言われたばかりだ。ここは無事な事を信じるしかない。

 それから何分経っただろう。体内時計では何時間も待っている気がするも、多分数分しか過ぎていないのだろうけど、早く戻ってこないかなと思い続けてしまう。


「出たぞぉぉぉ!」

「……っ!」


 村の入口からそんな叫び声が聞こえた。やっぱりここら辺からの侵入は無理と判断して入口方面から攻めてきたようだ。すぐにでも駆けつけたいが、最優先はコノとホノカの安全でここを離れるわけにはいかなくて。


「ゆ、ユウワさぁぁぁん! 助けてくださぁぁぁい!」

「くそっ!」


 コノの助けを呼ぶ声が鼓膜を切り裂いた。まさか向こうは陽動だったのか。分からないけど、行かないと。

 僕はロストソードを手に出現させ、全速力でコノの元へ走った。ただ、救うことを一心に無我夢中で。

 そして、儀式の場が見えるようになると状況を確認しようと目を凝らした。


「うおっ……!」


 その瞬間に辺りを強烈な眩い白い光が包みこんだ。

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