五十四話 揺らぐ赤い瞳、定まるエメラルドの視線

 ホノカと会話をしている内に夕食の時間になっていたようで、オボロさんが机に料理を運んでくれた。僕達もそれを手伝い、並べ終えてからホノカに呼びに行ってもらう。そして、全員が席に着いてから食事を開始する。


「「「「いただきます」」」」


 この家でも長い時間手を合わせた。エルフの人々は、やはり自然というものを大切にしているのだと改めて理解する。

 食器も箸に関してもコノの家と同じようなものだった。中身は、もう安心感すらあるエルフ製の味噌汁にカラフルな野菜のサラダ、メインとしてはエルフ米の上にキユラシカの肉が乗っている丼みたいだ。飲み物は水で、オボロさんだけがお酒を飲んでいた。

 当然ほとんどもう知っている味で、本当の意味でこの生活に慣れてきたんだなとちょっとした感慨を食べ物と一緒に噛み締めた。


「そういえばおぬしは、グリフォドールによってこの島に訪れたのだったな」

「はい、ウルブの村のある島からですね」

「そうなると仲間も心配しているだろうな……」


 あまり考えないようにはしているのだけど、やっぱり日を追うごとに、奥にしまった焦燥がカタカタと揺れていた。


「そう……ですね」

「早く会わせてあげたい気持ちもあるが、すまないなこちらの都合で閉じ込めるような形になってしまって。融通を効かせられるとよいのだが……」

「い、いえ。そこまでして貰うのは申し訳ないですし、それにもうすぐですから」


 もしかしたら今もアオ達は僕を探しているかもしれないと思うと胸が痛くなる。

 でも、通行止めには理由もあるし、下手に動くと襲われるリスクも増えるだろう。さらにその事をオボロさんに伝えて気遣いは大丈夫と断った。


「それに、報酬を頂けるということですし、それをお土産にすれば、皆も許してくれると思いますから」

「そうか……! ならば楽しみにしててくれ、自慢の品を用意するからな。きっと喜んでくれるだろう」


 オボロさんは深いシワを作り自信溢れる笑顔を見せる。これなら、多少は心配かけた補填にもなるだろうし、ようやく役に立てるかも。


「にしても、改めて凄い偶然だよな。このタイミングでユウワが現れるなんてさ」

「わかる! やっぱりホノカもそう思うよね。これって導かれし運命なのかも!」

「そこまでは言ってないけどな」


 そうツッコミが入ると、途端にシュンとしてしまう。


「……だよね」

「ど、どうしたんだよコノハ。いつもなら、食い下がってくるのに」

「いやぁ……この世には、本当に凄い運命があるって知っちゃったから。コノが思う運命は、運命じゃなかったんだって」


 これは僕とアオの関係を言っているのだろう。落ち込んでいるようで、何か声をかけるべきなのだろうけど思いつかず口が動かなかった。


「あー……いや、よく考えたら結構運命かもな? うん、運命だよ運命」

「ほ、本当に思っている?」

「思ってるぞ? いや割とガチで」


 若干雑なフォローな感じもするが、幾分かコノの表情は穏やかになった。


「ホノカありがと、気を遣ってくれて」

「し、してねぇから。本当に思い直しただけだから」

「ふふっ」


 この瞬間だけはコノの方が年上のような形になっていて、ホノカは顔を赤くしつつぷいっとそっぽを向いてしまう。相変わらず素直にはなれていないようで、少し先は思いやられた。


*

 

 僕たちは終始和やかなムードで食卓を囲んだ。特にコノに話しかけられアオの事を根掘り葉掘り聞かれた。彼女の表情に陰はなくなっていて、楽しげに話に耳を傾けてくれた。

 その後に、洗い物や口内を洗浄して風呂の時間となった。コノからホノカ、僕、最後にオボロさんという順で。

 場所としては奥の右手の扉の向こう側にある。その先にちょっとした通路が伸びていて左手にユニットバスがあり、真っ直ぐ進んだ向こうにホノカの部屋があった。


「ではゆっくり温まるのだぞ」

「ありがとうございます」


 僕はオボロさんに魔法で身体を洗われてお湯を貯めてもらった。湯加減も丁度良くて、言葉に甘えて長めに浸かって疲れを癒す。余計な事は考えずひたすら無心のまま時間を揺蕩った。

 出てからオボロさんの部屋に戻るとコノがいて髪を乾かすと言ってくれ、ホノカも部屋でゆっくりしているということで僕はお願いすることに。


「やっとユウワさんのお世話ができました」

「いつもありがとうね」

「いえいえ。コノ、ユウワさんに色々してあげるの好きですから」


 無邪気なその言葉が心の裏側辺りを撫でてきてくすぐったい。後ろから髪に当たる熱風も手伝って少し身体に熱がこもる。


「ねぇユウワさんって、ミズアさんの事をお好きですか?」

「え! いや、えっと……ど、どうしたの突然」


 唐突にそんな事を訊いてくるものだから、言葉が詰まってしまい、質問に逃げる。


「ごめんなさい急に。でも、聞いておきたくて」

「……正直、わからないのが本音かな。複雑な感じで、僕自身も整理できてなくて」

「じゃあ、コノを恋愛的に見れそうですか?」


 核心的な質問が飛びかかってくる。それにどう返答しようか思考を張り巡らせた。


「それは……」


 もう髪は乾ききっていて僕はコノの方を向いた。


「多分、難しい。少なくとも今は」

「その今は、数日間で変わるものですか?」


 目の前の彼女の口調はとても起伏が少なくて、どこか諦めというか悟ったような哀愁もあって。


「それは無理……かな。アオと色々と向き合わないといけないから」

「そうですか……じゃあコノの未練は他の方法を考えないとですね」

「他って……」

「恋愛関係じゃない、別の大切な人通しが結べる関係性です」


 まさかコノからそれを言われるとは思わなかった。


「でもコノの気持ちは……」

「好きなのは変わりません。でも、すぐにその関係になれないのなら蓋をして、それはこれが終わってからにします。今はまた別の何かを探して、それになれるよう頑張ります」

「……ごめん」


 やっぱりコノは凄く現実的に考えられる子で、しっかりしていて強い子だと改めて認識する。


「仕方ないことだと思います、謝らないでください。それに――」


 コノは強い意志をエメラルドの瞳に宿して僕を見つめると。


「悩ませないくらい好きになってもらいます。例え相手がミズアさんでも」


 そう言い切るコノにはもう、アオの事を聞いて狼狽えていた夢見がちな少女の面影はなかった。

 

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