四十六話 魔法の授業

「……カゲさん。ヒカゲさん」

「……はっ!」

「やっと起きたか」


 再びコノに肩を叩かれて意識が覚醒する。凄く長く寝たような感じがして、眠りの煙が少し吹き飛んでいた。

 教室にはサグルさんはいなく二人だけで。


「今って……」

「授業が終わって今はお昼ですよ」

「よくその座ったままで長く寝れるよな」


 二人は弁当を手に持って食事をしている。そこから部屋中に香ばしい匂いが漂っていて、僕の腹の虫が鳴き出す。

 近くにあるリュックから弁当を取り出すと、エルフの米やサラダに肉が詰められていて、一緒に箸が付いている。リラックスした態勢で食べようと足を動かそうとすると。


「……足が」


 ずっと正座でいたせいで足が痺れていて、下手に動かせる状態じゃなくて。ゆっくりと、伸ばせる位置にしていく。


「痺れてんのか? ちょんっと」

「いっっ! ちょ、マジで止めて」

 足裏を指で触られた瞬間に、電流が流れたような痛みが走り全身がぴくっと跳ねてしまう。


「ははは、悪い悪い。ついな」

「駄目だよーホノカ。すっごい痛いんだから」

「そうそう」


 本当にコノの言う通りだ。結構ビリっとくるから。何とか足を真っ直ぐにしてから、僕は食事を口に運んだ。当然冷めて入るのだけど、昨日食べた食材が多く入っていて、安心して味覚を楽しむ。


「コノハ、呪文覚えられたか?」

「うーん、まだ見ないと唱えられないかな」

「だよなー、結構長かったもんな」

「ね、もっと簡単にして欲しいよね」


 それから二人は食べながら学んだことについて、色々相談したり愚痴ったりして和気あいあいと話す。その光景はまさしく学校そのもので、何だか中高時代を思い出して、食べ物味が落ちてしまった。


「そういえばヒカゲさん、マギアってどんな感じなんですか?」

「コノハはイシリスの街に行ったことないからな」


 魔法を唱えるのが大変という話からマギアについての話題へとなり、こちらに振られる。


「何か魔法陣が刻印されててそれにタッチすると動くんだよね。こんな風に」


 ちょうどリュックに懐中電灯マギアがあって実演した。すると、コノは目を丸くして驚きの声を上げる。それに、子供の頃にゲームのレア装備を持っていて、それを見せて羨ましがられ、気分が良くなるような感覚になった。


「凄い……」

「マジで便利だよなー少しくらいこの島にも入れればいいのにな」

「そりゃー無理だろ」


 ちょうど戻ってきたサグルさんがその会話に参加してくる。


「何せ、この村が島の代表になってるのはご神木があるからで、だからこそ代表としてに島をまとめられてる。マギアで何とでもなるってなれば、まとまりもなくなり、どうなるかわかったもんじゃないからな」

「でもさ、ちょっとでも認められねぇのかな。観光客用のトイレもあるんだし」

「俺もそう思うけど、これ以上認めだすと歯止めがきかなくなるって思ってんだろ。トイレも相当譲歩したらしいし」


 そんな風に、サグルさんを交えた四人で会話しながらお昼を過ごしていると、あっという間に時間になってしまう。僕達は食べ終わった弁当をしまった。


「そんじゃ、次は魔法の実践するぞ」

「やった、今日は回復魔法についてだよね?」

「ああ。そんじゃヒカゲくん、何か痛い所とかあるか?」


 小説を開こうとしていた僕にそう声がかかってきた。


「うーんと、腕とか足に違和感が少し。筋トレのせいだと思いますけど」

「おーけ。まずはコノハが前回教えた回復魔法をかけてみてくれ」

「う、うん。ヒカゲさん、どこら辺が痛いですか?」


 僕は制服の袖をまくって右の二の腕を指し示した。彼女はその部分に右手で軽く触れると、小声で呪文を呟く。時々詰まったり言い直したりしつつも、止めずに紡ぎ続けた。


「ハイヒール!」


 靴の方を想像してしまいそうな単語を最後に言うと、透き通るような緑の光が手から出てきて、そこから彼女の体温とはまた違う柔らかな暖かさが表面から深層まで伝わってくる。次第に違和感が薄まっていき、腕も何だか軽くなったような気がしてきた。


「終わりました。どうですか?」

「凄く楽になったよ、ありがとう」

「上出来だ。けど、もう少しスラスラと言えるようにした方がいい」


 そう評価されるとコノは上手くできた事に小さくガッツポーズを取る。それから、また精度を上げるため復習し始めた。


「じゃあ次はホノカの番だ」

「はいよー。オレ本当回復魔法苦手なんだよな。攻撃魔法と感覚違うし」


 髪を乱雑にかきながらそうぼやく。僕は左足首を見せて違和感のある所を教えた。


「うっし、ヒカゲもしやらかしたら悪いな」

「いややらかすって……めっちゃ怖いんだけど」

「安心してくださいヒカゲさん。万が一の時はコノが治します」

「そういう問題でもないけど……まぁいいや」


 とやかく言っても始まらない。それに魔法もあるしなんとかなるだろうと腹をくくった。


「そんじゃ……えーと呪文何だっけ」


 ホノカは僕の左足に軽く触れる。彼女の手は結構ひんやりとしていて、少しぴくっと足が反応してしまう。その間に彼女はうんうんと唸っていて、ただ触られるだけの時間が過ぎる。


「女の子に触ってもらって役得だな」

「決めたのサグルさんじゃないですか。それに、今は何が起こるのか不安の方が強いですし」

「うーん、とにかく何か唱えてみるか」


 そう恐ろしい開き直り方をしてくる。ホノカは一瞬の逡巡を挟んでから呪文を唱えだして。


「炎カ獄ラシ絶レヤガ煉シヨイ熱リ灼ス……」

「ちょちょちょ! 何かやばい単語聞えて……何か凄い熱いたんだけど!?」

「あっ、悪い。ついインフェルノを唱えちまった」

「それは死ぬって!」


 僕は座ったまま全力で彼女から距離を取った。向こうでは呑気にまた何だっけと天井を見ながら考えている。


「思い出した。今回は大丈夫だからこっちに来てくれ」

「し、信じるからね……?」

「任せろ」


 あんな事をしでかしていても自信満々でいられる胆力を見習いたい。不安げにされても怖いけれど。


「すぅ……はぁ。よし」


 そうホノカが意気込むと今度は何となくコノと同じ感じの呪文を何度も言い直しながら唱え出した。


「ハイ……ヒール!」


 左足首にコノの魔法よりも微弱な黄緑の光を放ち温かな感覚が皮膚の中層くらいまで届いた。多少は違和感が解消されているも、さっきほど楽にはならなかくて。


「何となく良くなったかな」

「やっぱムズいんだよなー」

「まぁ及第点と言ったところだな。力み過ぎる癖を直せばより上手くいくぞ」


 まずまずという評価に納得してはいるものの、難しい顔をしていた。


「そんじゃ次の回復魔法をだな……」


 それからも僕は実験台にさせられ、二人の魔法を受け続けることに。度々ホノカに恐怖を与えられるも、魔法のおかげか体調はすこぶるよくなって、心身が軽やかになった。

 その授業が最後だったようで終わってから僕達は学び舎を後にした。

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