三十九話 村長の依頼

 通路に出た瞬間、玄関前にいる大きな存在を視界の端に捉えてすぐさまそちらに目を向けた。


「おぬしがヒカゲユウワか」


 そこには大柄で白髪のエルフのおじいさんが立っていた。輪郭は四角くてエラが張っており、堀の深いダンディーな顔つき、目尻はつり上がっていて目の色は赤で、顔には年を感じさせるシワがある。赤色の豪華な着物を着ていて紅葉した葉の柄になっていた。そして僕の名前を呼ぶ声は低く重圧感があって。


「は、はい」

「そうか……」


 おじいさんはしっかりとした足取りで、ずんずんと僕の方に来る。身体つきもガッシリとして威圧感が凄く緊張が走った。

 すぐ目の前に来ると太い右腕を僕の方に持ってきて。


「いやー本当ありがとうなー。コノハを救ってくれて。おぬしがいなければどうなっていたことか。よしよし」


 渋い顔をくしゃっと八重歯を見せて笑い、豪快に僕の頭をなでてきた。


「……い、いえそんな」

「まさかこんなにも若い子だったとはな。強くそしてロストソードの使い手、凄いぞおぬしー」

「あ、ありがとうございます」


 何か結構フレンドリーな人でびっくりする。それで一気にさっきまであった圧迫感がなくなった。


「じいちゃん、そんなグイグイ行くなよ。ヒカゲ困ってるじゃんか」

「おお、すまぬな。若い子だからつい褒めたくなってしまって」


 ガハハと陽気に笑うおじいさんの後ろから、ひょこっとホノカが顔を出した。


「じいちゃんって……」

「そう、村長はオレのじいちゃんなんだ」


 確かによく見ると目元とか似てるし、瞳の色もほぼ同じで、特徴的な八重歯もあった。


「我はホノカのおじいちゃんで村長のオボロだ。改めて、祈り手であるコノハを救ってくれて感謝する」


 そう言ってオボロさんは深々お頭を下げてきて。そんな偉い人にされてしまうと、どう対応すればいいかわからず、あたふたしてしまう。


「きょ、恐縮です」

「ガハハ、そんな緊張しなくても良いぞ。おぬしはこの島の救世主、胸を張ってどんと構えなさい」

「が、頑張ります」


 そう答えるとまたオボロさんは笑い声を上げた。


「なぁ、コノハは大丈夫なのか?」

「うん、そこの部屋でぐっすり寝てるよ」

「そっか……良かった」


 ホノカは心持ちが緩んだ様子で部屋の方を見る。


「ホノカよ、大好きなコノハに会っていかないのか?」

「い、大好きとか口にするなし!」


 ホノカは声を張り上げ顔を真っ赤にする。そして、それを隠すようにぽかぽかと軽くオボロさんを叩いた。


「そ、そんなことよりヒカゲに用があるんだろ?」

「そこまで照れなくてもよいだろうに」

「うっさい!」


 孫に脇腹辺りを強めにパンチされたオボロさんは、そこを抑えながら話を進める。


「実は、ホノカの言った通りおぬしに話があるのだ」

「話……ですか?」

「うむ。とても大切な話なのだ。長話になるだろうから、我の家に来てもらいたいのだが、どうだろう?」


 一体なんだろうか。思いつくのは、コノを守って欲しいぐらい。もしくは、ロストソードの使いでとしての仕事か。


「わかりました」

「感謝する。ホノカも一緒に来てくれるね」

「……ああ」


 そう話がまとまって僕たちは一旦医療所から出た。


「我が家は三階にあるのだ。空を飛ぶ魔法をおぬしにもかけるからじっとしているのだぞ」


 わかりましたと頷くと、オボロさんとホノカは魔法を使うため呪文を唱え出す。


「「フライ!」」

「うわわぁ」


 最後に二人がそう言うと、僕の身体がふわりと地面から足が離れた。宙に足があるという状態に凄く不安になってしまい、つい手足を動かしてしまうが、落ちることも倒れることもない。

 そして僕の意志とは関係なく、二人と共に勝手に上へと上昇していく。

 学び舎だという二階を超え三階の足場に足がつくと魔法が切れる。後ろを見ると結構な高さで、滑り落ちたらひとたまりもなさそうだった。

 オボロさんが医療所と同じような扉を開け、僕は二人の後をついて中へと入る。するとまず花の甘い香りと畳の匂いが鼻腔をくすぐった。

 どうやら家の間取りは医療所と同じような感じらしく、左手に広い部屋があり、右手の手前と奥二つに部屋がある。

 僕は左手の方に案内されて、ふすまを開けて入るとそこは広い畳の部屋だった。真ん中に大きな四角いテーブルがあり、手前と奥に二つ赤色の座布団がある。奥の壁は少しくぼんでいて、そこに物々しい兜や鎧、そして刀が飾ってあった。右手は押し入れになっていて、左手には横に長い棚がある。

 オボロさんは押し入れから一つ紫の座布団を出すと手前の方の赤い座布団の横に置く。ホノカは棚から木製のコップを出すと、そこに魔法で作った水を入れてテーブルに三つ出した。

 奥の一つにオボロさんが座り、手前の左にホノカ、そして僕は余った右に正座で腰を下ろす。


「ゴホン。それで話というのは……おぬしに頼みたいことがある」

「頼み事……」

「うむ。そしてそれは二つある」


 横にいるホノカは水を呷って、ぼーっと僕たちの様子を眺めている。


「一つは、祈り手の儀式を終えるまでコノを守って欲しいのだ」

「それはもちろん構いません」


 予想通りで僕はそれに即答した。それにオボロさんはニカっと微笑む。


「でも訊きたいことが」

「何だ?」

「どうして彼らはコノを襲うんですか?」


 話によれば、祈り手が儀式を行わないと島の危機となるらしい。それはこの島に住むウルフェンの人たちにも無関係ではない。なのに、それを邪魔するような事をするのに理解ができなかった。


「これは推測ではあるのだがな」


 そう前置きしてから、その理由について教えてもらう。


「恐らく奴ら、確か名前はマギア解放隊だったか、目的はマギアの使用制限をなくすことにある」

「マギアを?」


 まだ答えが見えてこなくて僕は話を促した。


「知っての通りこの村にはマギアが無い。そして他の村も同様となっている。それはこのエルフの村の長がこの島の代表となっていて、マギアを制限するよう掟を作っているからだ」

「この村には島の守り神と言ってもいい神木があるからな。それを管理してるという理由でこの村の村長が島の代表ってことになってる」


 ホノカがそう補足してくれる。だとすると目の前にいる人は、相当偉い人という事になって。途端に緊張感が増してくる。


「マギアを制限しているのは、自然を大切にするという代々続いている思いからきている。だから、この島に住まう人々には基本的にマギア使用や持ち込みは禁じている」


 そういえば家も木の中に作っているし、それも自然を大切にするという思想からなのだろうか。


「しかし、イシリスの街などマギアのある場所に行けばその便利さに解禁を求めたくなるだろう。だから、奴らは儀式を失敗させ森を危機に陥らせ、マギアを使わざるを得ない状況にしようとしているのだ」

「なるほど……」


 保守的な思想に嫌気がさした一部のウルフェンの人が強引に改革をしようとしているということか。でも、そのために人を殺すなんて許されることじゃない。


「それでもう一つなんだが」

「……」


 オボロさんは一度ホノカを悲しげに見つめる。その視線を向けられた彼女は何もなさそうにまた水を飲んだ。


「ロストソードの使い手として頼みたい事がある」

「それは……つまり」


 ロストソードの使い手として、それを指し示すものは一つしか無い。それは、あまり聞きたくなかった単語でもあって。


「そうなのだ。この村には霊となった者がいる。そしてそれは……」


 そこで言葉を止めて悲痛な面持ちで瞼を伏せてしまう。


「オレだよ」


 続きを引き取ったのはホノカだった。


「……ホノカ」

「オレは半年前くらいにマギア解放隊の奴らに殺された。そして今は、少し亡霊になりかけてる」


 色々な人から見えていたのは、もう亡霊化が始まっているからだ。いつしか、完全に亡霊となって暴走してしまう。


「未練を持つ相手は……」

「コノハだよ」


 やはりそうだった。あまりの残酷な現実に胸が苦しくなる。それに二人は幼馴染の関係だから他人事に思えなく、一層苦しさは増して解放隊への激しい憤りを覚えた。


「未練は、わかる?」

「それは……だな。ええと……」


 心当たりがあるようだけど、言いづらいのか口ごもってしまう。


「そ、そうだ。祈り手だからな、未練だったのはあいつと一緒に儀式ができなくなるから……みたいな?」


 何だか今思いついたみたいな感じだった。凄く違和感があるけど、とりあえずそれを信じることにする。


「だから、それを終えれば大丈夫だ。ヒカゲには、儀式成功のため協力して欲しい」

「もちろんだよ。全力で協力する」

「ありがとな。コノの事を守って、そして未練も解決してあげてくれ」


 コノがあそこまで怯えていたのは、命を狙われているだけじゃなく、幼馴染を殺されたからなんだ。普段は明るい様子でいるけど、きっと奥では辛い思いを抱えているに違いない。幼馴染を失った痛みは僕も知っている。


「……」


 僕は彼女の支えとなり、未練を解決するのだと強く思った。

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