三十五話 エルフの村

 南側への道は下り坂になっていて、その様子を上から見れた。

 そこには、多くのエルフの村人が地面に置いた木の板の上に色々な商品を並べている。そこで、村人同士が楽しげに話しつつ物々交換をしていた。村の市場みたいな感じだ。他にも祭りのやぐらのようなものがあり、その上に緑の提灯みたいなのが沢山置いてあった。所々に旗も立てられていて、そこにはイリス神と文字が書いてある。

 下って彼らの中に入ると、色々な話し声や笑い声が聞こえて、活気のある感じが肌で感じた。


「南側では、商品を売り買いしたり、村人同士で集まって、物を交換したりするんですよ」

「あのやぐらみたいなのとか旗は?」

「祈りの儀式の日の準備ですね。その日は村の人達で祭りをして楽しむんです。まぁ、祈り手は奥の方で祈るので参加できませんけど……」


 その楽しみが現在の活気にも寄与しているのだろうか。それに関する事を話している声も耳に入ってきた。

 様々な人が出している商品をちらっと見ると、エルフ米と書かれた米、新鮮な野菜や卵。色とりどりの魔石に着物や浴衣などの服や寝具、ぬいぐるみや人形なども売っている。


「わぁ、新しいのがいっぱい」


 多種多様のものが目白押しで、コノは一つ一つ足を止めて眺めて、買わずにまた次に行きまた眺めるを繰り返す。その度におじさんやおばさんの店主さんに、僕とコノは親しげに話しかけられた。


「おお、コノハちゃんにロストソードの使い手さんじゃないか。元気になったみたいだなぁ」

「若い男女が二人、いいねー。おっちゃん眩しいのよ」

「あらお二人さん、可愛いぬいぐるみできたから見て行ってね」


 特に僕が気になったのが、そのぬいぐるみで、あのウサギとは違ってシンプルに可愛くて、色々な魔獣を形どっていたが、中に二つ異質なものが混ざっていた。


「これって、コノ?」

「そうよ、なんたって今年の主役だからね。記念で作ってみたわ」


 コノが小太りでオレンジ髪の優しげなおばさんに尋ねると、笑顔でそのぬいぐるみを見せてくれる。


「ええ〜! ありがとうー!」


 それは手のひらサイズで、巫女服姿のコノを上手くデフォルメして作られていた。緑の円らな瞳が、胸をキュンとさせてきて。それにもう一つのポニーテールの赤色の子の方も可愛く、こっちは少し強気そうな瞳をしていて、セットで欲しかった。


「……」

「ヒカゲさん?」

「欲しすぎる」


 残念なことにお金はない。でも、今すぐ欲しい自分がいて、じっと眺めてしまう。


「そんなに欲しいならコノが――」

「待って。そこまで欲しいなら特別にプレゼントするわ。コノちゃんを救ってくれたこともあるしね」

「あ、ありがとうございます! 大切にします!」


 貰えるなんて思っていなくて、店主さんが神に見えた。ぬいぐるみを手に取るとどちらもふんわりしていて、手触りも最高、見た目も最高だ。


「うふふ、喜んでくれて嬉しいわ。そうだ、代わりじゃないけれど、今度あなたのぬいぐるみも作らせて欲しいわ」

「ぼ、僕のですか!?」

「コノ、絶対欲しいです!」


 少し迷ってしまうものの、貰った恩は返さないといけない。


「わ、わかりました」

「よし、おばさん張り切って作っちゃうわ。今度参考のためにまた会いに来てね」

「はい」


 その約束を取りつけてその場を後にして、村の入口の方へと、軽く商品を眺めつつ進む。まぁ、もう他のものに興味はなくなって、ぬいぐるみを見ていたのだけど。


「可愛すぎる……」

「何か、同じコノなのに反応違いすぎません?」

「ぬいぐるみだからね」


 コノは自身のぬいぐるみを見ながら唇を尖らせて不満そうにしている。


「むぅー。ぬいぐるみじゃないコノは可愛くないってことですか?」

「そうじゃなくて、ぬいぐるみとはまた別種というか」

「何だか納得できません」


 どうしよう面倒くさい。何を言っても反発されそうだし、どうしたものか。僕はただぬいぐるみを愛でているだけだというのに。


「おーい、そこのお二人さん。店の前で痴話喧嘩は止めてくれないかー」


 そんな僕達の間に割って入ったのは、若い青髪のお兄さんだった。顔つきや雰囲気がどこかダウナーな感じで、影のあるカッコいい男性というビジュアルをしている。

 彼は僕達の様子に苦笑していた。店には色々な本を並べられていて、小説や絵本など多くの種類がある。


「サグにぃ、やっぱりそういう関係に見える?」

「ああー。まぁ少しは」

「えっへへ、外からはそう見えるんだ……」


 一転してコノの機嫌が良くなった。感情が忙しい子だ。


「あんたがロストソードの使い手の子?」

「は、はい。日景優羽って言います」


 気だるげな青色の瞳が僕を見据え、少し緊張してしまう。


「俺はサグル。イシリスの街から本を仕入れてここで売ったり、反対に村の品を向こうで売ったりしてる」

「サグにぃは、小さな頃から遊んでくれて、良く物語を読み聞かせてくれたんです。ちょっと無愛想だけど、怖くないですよ」

「そーそー。だから、困り事があったら気軽に話しかけてくれ。コノハの命の恩人でもあるからな」


 優しそうな人で少し安心する。それにしても、コノは村の人からも愛されている。きっと祈り手とかそんなのも関係ないのだろう。コノは僕と違って日向の下で生きているんだ。


「しかし、コノハを救ったのがロストソードの使い手とはねぇ。運がいいのやら悪いのやら」

「運が悪い?」

「そ、そんな事よりサグにぃ! 何かまだコノが買ってない本はある?」


 サグルさんの言い回しが気になるも、疑問を挟む余地が失われてしまった。


「勇者アカツキユウゴの十五巻は買ってなかったよな」

「ああー忘れてた! コノが楽しみにして巻!」

「ほい、毎度」


 コノは懐からお金を出して本を購入した。その表紙には黒髪黒目の勇者が、金髪のエルフの女の子にプロポーズをしている絵が描かれている。


「えっへへ、後で読もっと」


 僕と同じようにその本を大切そうに抱きかかえる。


「何か似てんな」 


 サグルさんはまた僕らを見て苦笑いを浮かべた。


「じゃっ次は北側に行きますよ」

「その前に、入口に立ってる人の事を聞きたいんだけど」


 村の入口には二人の男女のエルフが立っていて、片方は鞘に入っている刀をぶら下げて、もう片方は大きな先端に緑の魔石がくっついている魔法の杖を持っていた。


「村の警備の人達です。今日はお休みですけどわお母さんもあそこに立ったり、中を巡回したりして守ってくれてるんです」

「あれがそうなんだ。ありがとう、次に行こうか」

「はい!」


 僕達は来た道を戻る。満足気に戦利品を手にしながら。

 坂を登り神木までたどり着くと、その木のすぐ前に一際目立つ格好をしている子がいた。それはコノと同じ種類で赤色のミニスカ巫女服を身にまとい、赤髪でポニーテールの女の子だ。


「ホノカ!」


 コノはその彼女へと駆け寄っていく。それに気づいたその子は振り向いた。


「……コノハ」 


 ホノカと呼ばれた少女はコノと同い年くらいだろうか。どこか気が強そうな美少女で、目鼻立ちがはっきりして、ある明るめの赤色の瞳を持ち合せ、目つきには鋭さがあった。背丈はコノよりも高くてスレンダーな身体つきをしている。足も長くて、モデルさんのような美しさが遠目からでも見て取れた。そして、服装と貰ったぬいぐるみから察するに彼女も祈り手だろう。

 少し仲よさげに話した後に、二人は僕の方に目を向けてきて。


「紹介しますね、幼馴染のホノカです」

「幼馴染……」

「よろしく。それと、昨日は悪かったな」


 その彼女の謝罪と声で、あの炎の魔法を放った人だと思い出した。


「いえ、もう怪我とかないので大丈夫ですよ。僕は日景優羽って言います」

「ヒカゲか。オレの事は気軽にホノカって呼んでくれよな。それとタメ口でいいから」


 オレっ娘だろうか。話し口調もどこか男っぽく、何となくやんちゃさみたいなのをホノカから感じ取れた。


「わ、わかった。ホノカ」

「ああ!」


 ホノカは八重歯を見せて犬っぽく笑った。

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