第二十五幕『ある対抗神話-T-』

 集合住宅の一室、コタツに入った三人の男女が居た。

 一人は一見痩躯そうくだが筋肉質な青年。一人は長い茶髪ちゃぱつが目に映える、どこかサルの様な軽やかな印象の女性。もう一人は敬虔けいけんそうな雰囲気ふんいきの丸顔の少女だった。

 三人はコタツに入りながらテレビを眺めつつ各々ささやかな間食をしていた。

 テレビでは怪談番組の特番の最中で、出演者やゲストが様々な怪談を語っていた。

『続きましては、本当に遭遇そうぐうした怖い怪談―投稿編です。それでは再現映像をどうぞ』


―――――


 怪談番組はスタジオの映像からドラマへと切り替わり、街の様子を映した場面をテレビに映した。小さな子供が独りで歩道を歩いている映像だ。

「ポポポポポ……」

 不気味で、それでいて不快感ふかいかんで総毛立つ様な声がどこからともなくした。

 子供は悪寒を覚え、思わず振り返るがそこには誰も居らず、気のせいだと自分に言い聞かせてきびすを元に戻す。

「ポポポポポポポ……」

 子供が道を歩き始めると、またどこからともなく不気味な声がした。

 子供は反射的に背後を振り返るが、やはりそこには誰も居ない。

(気のせいだ、気のせいにちがいない!)

 子供はそう自分に強く言い聞かせ、何事も無かった様に再度踵を元に戻した。

 目の前にの顔があった。

 ソイツは信じられない程の長身で、腰を曲げてその子の顔をのぞき込んでおり、その顔は死人の様な色をしていて、顔とは言ったものの、生木を彫刻刀で乱暴らんぼうに切りつけて構築こうちくした様な眼窩がんか口腔こうくうが見え、眼球はにごった色付きガラスの様で、その顔に鼻尖びせんは存在せず、剥き出しの鼻腔が顔に直接いているのが見えた。

「ポポポポ……ポポポポポポポ……」

 ソイツは子供の顔を覗き込み、つぶさに観察かんさつしていた。

 子供は恐怖のあまり身動き一つ取れず、しかし目をはなしたりらす事も出来ず、ただただ目を見開いたまま立ち尽くしていた。

 その時の事だった。背後から、子供の視界に突如何者かが突っこんで来たかと思うと、何者かはソイツの顔面にアイアンクローを喰らわせた。

「ポポポポポ!? ポポポポポポポ!」

 ソイツは苦しみ逃れようとするが、突っこんで来た男はアイアンクローをしたまま、逃れようとするソイツの腹部に執拗しつようりを入れた。

「ポポポポ……」

 ソイツが弱々しい声を挙げると、突っこんで来た男はソイツの頭部を両手で掴み、バスケットボールでも扱う様に地面に叩きつけた。

 その一連の様を見ていた子供は恐ろしくなり、全速力で脱兎の様に逃げ出した。


―――――


 再現映像はここで終わり、テレビの映像はスタジオへと戻る。

『いやー恐ろしい話でしたね』

『何だったんでしょうね、あの人』

『よくある体験者が死んだり気絶して終わる様な陳腐ちんぷなVTRじゃなくてよかったです』


 怪談番組の出演者は各々感想を述べている。

 そして怪談番組を眺めているコタツの三人も、各々番組に反応を示した。

「アレって本当にあった体験談なんですよね? あんな怖いものに遭遇そうぐうしたら、私なら怖くて逃げる事も出来そうにないです……」

「大丈夫! 千代ちよちゃんが困っていたら、あたしが絶対力になるから!」

「あ、ありがとうございます」

 茶髪の女性はどこかズレた内容のはげましの言葉を力強く言い、丸顔の少女はうれしそうにその言葉を受け取っていた。

 それに対し、筋肉質な青年はいやな物でも観る様にテレビをいぶかしみの色を浮かべて観ていた。


『それでは、次の本当に遭遇した怖い怪談の投稿です。再現映像をどうぞ』

 テレビで司会者がそう言い、次の再現ドラマが始まった。


―――――


 再現ドラマ内では子供の声で、雨の日になると、ある下水溝げすいこうから助けを求める声が聞こえ、それに耳を貸して手を差し伸べるとうでを掴まれ、強い力で下水溝に引きずり込まれ、穴を通り抜けられる様に体をミンチにされてしまう事が語られていた。


 そんな語り手の語りが終わり、場面はその曰く付きの下水溝。

 雨はっていて、レインコートを着た子供が件の下水溝に近づく。

(助けて……助けて……)

 下水溝からは弱々しい声が聞こえ、力無さげに骨張った手が伸びていた。

 それを見た子供はうでを掴み、引っ張り上げて助けようとした。

 その時、弱々しかった骨張った手はガシリと子供の腕を掴み、まるで万力の様な力で吸い付いた。

 その時、子供は下水溝の中に居るものの姿が見えた。下水溝の中からは爛々らんらんとした二つのギョロ目が子供の事を値踏みする様に見据えていた。そして下水溝の中にあるのは目だけで顔も胴体も無く、腕の先と目だけがあった。

「…………!」

 子供は恐ろしさの余り叫びそうになったが、しかし声が出なかった。

 その時の事だった。背後から、子供の視界に突如何者かが突っこんで来たかと思うと、何者かは下水溝の中に向って杖を突き刺した。

「グェーッ!」

 下水溝の中の存在は口も無いのに言葉にならない叫びを挙げ、掴んでいた子供の腕をはなした。

 しかし、それでも突っこんで来た男は下水溝に杖を突く事をやめず、何度も何度も執拗に下水溝の中の存在を杖で刺した。

「助けて! 助けて!」

 下水溝の中の存在は先程とは打って変わり、心臓しんぞうの底から上がる様な声で叫びを挙げたが、子供は腕を解放された時点で全速力で脱兎の如く逃げてしまっていた。


 後に残ったのは、執拗に下水溝の中を杖で突く男と、叶わぬ叫び声を挙げる下水溝の中の存在だけだった。


―――――


 再現映像はここで終わり、テレビの映像はスタジオへと戻る。

『いやー、本当に怖かったですね』

『何だったんでしょうね、この人』

目撃者もくげきしゃが殺されたり行方不明になる様な塵芥ちりあくたにも劣る様なVTRじゃなくてよかったです』


 怪談番組の出演者は各々感想を述べている。

 そして怪談番組を眺めているコタツの三人も、各々番組に反応を示した。

「怖かったです……何だったんでしょう、あの杖持った人?」

「大丈夫! 千代ちゃんがあんな目にっていても、あたしが絶対力になるから!」

「あ、ありがとうございます」

 茶髪の女性はどこかズレた内容の励ましの言葉を力強く言い、丸顔の少女は嬉しそうにその言葉を受け取っていた。

 それに対し、筋肉質な青年は嫌な物でも観る様に訝しみの色を浮かべつつ、絶句しながらテレビを観ていた。


『それでは、次の本当に遭遇した怖い怪談の投稿です。再現映像をどうぞ』


―――――


 公園の真ん中にスーツを着た背の高い人が居た。その人物は空を見上げる様な長身で手足も異常に細く、背中から無数むすう触手しょくしゅをなびかせ、頭髪は一本も無く、そして顔には何も付いていた『のっぺらぼう』だった。

「さあ良い子のみんな、『のっぺらぼうゲーム』が始まるよ!」

 のっぺらぼうは周囲に公園に来ていた子供を集め、まるでテレビの子供番組の司会の様に振舞っていた。

「『のっぺらぼうゲーム』のルールは簡単。この写真の男をぼくの所に連れて来たらみんなのち、誰もこの人を見つけられなかったらみんなの負け、連帯責任れんたいせきにんで全員死んでもらうよ!」

 そう言ってのっぺらぼうは細い手にある男性の映った写真を持ち、子供達に見せつけた。

 しかし子供達はさわいだり逃げるでもなし、まるで催眠術さいみんじゅつにかかた様にだまり込んだ。

「みんな、どうしたのかな? 『のっぺらぼうゲーム』を諦めちゃったのかな? でも諦めないで『のっぺらぼうゲーム』はすごく楽しいし、それにとっても簡単かんたんなんだ!」

 実のところのっぺらぼうは気が付いていなかったが、子供達の視線は手に持った写真と背後にあり、具体的に言うと、その写真に写った男性はのっぺらぼうの背後に居た。

「はっ! お前! 何を!?」

 のっぺらぼうが背後から忍び寄った男性の存在に気が付いた時には時はもう遅く、写真に写った男はのっぺらぼうの背中から生えた触手をむんずと掴み、触手とのっぺらぼうの両手両足を一本ずつ固結びにし、余った触手はのっぺらぼうの胴体をふんしばる形で固結びにしてしまった。

「やめろ! 何をする!? 誰か助けて!」

 写真に写った男は悲痛な叫びを挙げるのっぺらぼうを持ち上げ、丁度そこに停車していたゴミ収集車の投入口へと放り込んだ。

 公園を訪れていた子供達は、余りの恐ろしい光景に叫び声を挙げながら散り散りに逃げて行った。


 公園には誰も残らなかった。


―――――


 再現映像はここで終わり、テレビの映像はスタジオへと戻る。

『いやー、すっごく怖かったですね』

『何だったんでしょうね、その人』

『語り部が信用出来ない様なつまらないVTRじゃなくてよかったです』


 怪談番組の出演者は各々感想を述べている。

 そして怪談番組を眺めているコタツの三人も、各々番組に反応を示した。

「怖かったです……もしあんな暴力的ぼうりょくてきな人に遭ったら私、怖さの余り死んじゃいそうです」

「大丈夫! 千代ちゃんが公園で助けを求めていたら、あたしが絶対力になるから!」

「あ、ありがとうございます」

 茶髪の女性はどこかズレた内容の励ましの言葉を力強く言い、丸顔の少女は嬉しそうにその言葉を受け取っていた。

 それに対し、筋肉質な青年はイラついた様子で遂に口を開いた。

「なあ、この番組、ひょっとしてバケモノを被害者として演出してないか?」

 それに対し、茶髪の女性はさも当り前な風に答えた。

「そりゃそうでしょ、喋らないし意思疎通いしそつうも出来ない、正体不明、倒せる様子が全然しない。あんなの、ホラー作品のクリーチャーそのものじゃない!」

 筋肉質な青年は釈然しゃくぜんとしない様子で黙り込み、一応は納得の姿勢しせいを見せた。


 怪談番組では、一連の怪談に登場した未確認生物が何者なのか討論をしていた。

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