第19話
しかし、事件はこれで終わらなかった。
九十九社屋上で死亡した真理雄の死体が、忽然と消えたのである。
屋上には千切れた手足はおろか、飛び散った血液の一滴すら残っていなかった。
湖南棘蔵は正に狐に摘ままれたような気持ちだった。ほんの数十分まで一緒にいた真理雄の存在自体が嘘だったのではないかとすら疑った。
だが、そんなことはあり得ない。
ならば認識を改めるしかない。この事件は湖南の常識の外で起きていることなのだ。真理雄の死体は何者かが何らかの方法で消した。ここで言う「何者か」というのは事件の犯人、「何らかの方法」というのは超常の力を意味している。
――何の為に?
そこで湖南はあることに気が付いた。
なくなっているのは死体だけではない。真理雄が持っていたスーツケースも消えているのだ。
――このことをどう考えればいい?
頭を悩ませている湖南の耳に、もう一つ信じられないニュースが飛び込んできた。
東京駅の多機能トイレから、天童真理雄の死体が発見されたのである。それは真理雄が黒いスーツケースに身代金を入れ替えた場所だった。
真理雄はナイフで心臓を刺されて死亡していた。恐らく即死だろう。爆弾で欠損した筈の右腕と右脚は元通りに治っていた。
湖南は仮説を立ててみることにする。
まず真理雄が双子である説だが、これは論外だ。仮にそうだとすれば復元した手足の問題は解決するが、それだけだ。屋上から死体が消えた現象を説明できていない。
――そう、真理雄の死体は消えたのだ。
――そして、移動した。
誘拐の犯人が真理雄自身だったとすればどうだろうか?
警察の介入を許したのは、自身の超能力に絶対の自信を持っていた為。花の安否を気にしなかったのは、花が安全な場所にいることを知っていたから。もしかしたら花に嘘の証言をさせる計画なのかもしれない。
その場合、犯人=真理雄=エスパーということになる。
目的は自宅の地下に保管されていた五千万円を、何らかの理由でなくなったことにする為。
真理雄は死亡した後、東京駅のトイレまで瞬間移動して一度蘇ったのだ。
――蘇った。
手足が治っていたことは、そう考えるべきだろう。
――デスルーラ。
湖南は不意にそんな言葉を思い出していた。
ルーラというのはRPGゲーム『ドラゴンクエスト』シリーズに登場する呪文で、一度訪れた町ならどこからでも瞬間移動することができるというものだ。
対してデスルーラは意図的に主人公パーティを全滅させることで、スタート地点の城まで素早く移動するテクニックのことである。『ドラゴンクエスト』シリーズでは主人公たちが全滅すると、スタート地点の城まで強制的に戻されて所持金が半分になるというペナルティが課される。
――だが、真理雄の場合は死んでも所持金が減らないのだとすればどうだ?
湖南はさっそく夏目刑事に連絡した。
「何だね湖南君? こっちは訳がわからない状況にてんてこ舞いだ。こんな事件は前代未聞だよ」
「夏目さん、大至急確認して欲しいことがあります。東京駅の多機能トイレで見つかった天童真理雄の死体ですが、右手の親指はありましたか?」
「……は? 何を言っている? 真理雄は事故で利き手の親指を失っている。それでマジシャンの夢を諦めたんじゃないか」
「念の為、もう一度確認してみてください。それともう一つ。身代金がばら撒かれたときビルの下にいた者の連絡先を教えて戴けませんか?」
ビルの屋上から五千万円がばら撒かれたとき、付近は騒然とした。落ちてくる一万円札を巡って暴動が起きかけたのだ。
「……それは構わんが、あの中に犯人がいたのだとしたら割り出すことなど到底不可能だぞ」
「ええ、その中に犯人がいるとは僕も考えていません。少し話を聞きたいだけです」
「……わかった。この後の会議の後でも良ければな」
「夏目さん、ありがとうございます」
湖南は丁重に礼を述べた。
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