背筋も凍る
すっかり冷え込んで、冬。布団から抜け出せずに気が付いたら時間が経ってしまっている。参ったものだ、時間は有限だと言うのに…
だがまあ、有限である時間を惰眠に──もとい、快眠を享受することに費やしても、冬の過ごし方として間違ってはいないだろう。少なくとも、俺は、誰にも邪魔されない睡眠時間を手放したくはない。
さて、そうは言っても生活というものがある。休日はそれでいいが、温もりを手放さなければならない日もある。日もあるというか、そちらが多数ではあるのだが。無遅刻無欠席。模範的な、平均的で一般的な学生としての生活がある。この寒い中、布団の誘惑から逃げなければならないのだ。
冬の悪魔──隙間風にも悩まされながら、手早く着替えを済ます。冷え込んだ家の中、朝の支度にひとまず半纏を羽織り、味噌汁と湯を沸かす蒸気で暖をとる。そして用意した朝食で内側から暖まる。身体も心も充分に暖まり穏やかになった気持ちで、いざ学校。冬の通学路は、辛いよな。
家を出、鍵をかけ──ピチャリ
ゾワリと悪寒が。なんてことはない、屋根から伝った水滴が、たまたま、ちょうど、後ろの首筋に落ちただけ。たった一滴、偶然落ちたその一雫で一気に体温が下がる。今日も災難な日だ。退散退散、と急いで屋根から離れる。少しでも早く屋内に。気持ち早足で学舎へと向かう。
──ピチャリ
電線──何処にでも張り巡らされたインフラからも冬の洗礼を受ける。
仕方のないことだが──と、見上げると。
「まあ、いるよなぁ」
電線に集まる優雅な鳥とは全く違った、白い毛の塊。まんまるフォルムの雪の妖精みたいな形をしておいて、確とこちらに伸ばされた一本の指。指──尻尾?いつも高い所に居るから何とは言えないが、その一本からピチャリと水滴が落ちてくる。そう、まさに俺を目掛けて。
流石に参るからやめてくれと言おうと目を細めて見やると、目が合ってしまった。きゅるんとした、つぶらな瞳と。声を出す間もなく、ふさふさと揺れながら電線伝いに視界の外へと行ってしまった。器用なものだな──
まあ、電線と屋根が定位置のアイツらに声をかけるのも憚られるというか、側から見ると虚空に向かって叫んでいる人になるのもな、とコミュニケーションに成功したことは無いのだが。
せめて朝は穏やかに過ごさせてほしいものだと、ほとほと困りながら、トホトホ歩きながら、校門へ。
「冷た」「うぉ」「きゃっ」
など、人それぞれの小さな悲鳴が響いている。玄関前の屋根にはさっきのふわふわ妖精が、どこまでが一つか分からないほどに渋滞していた。壮観だ。そうして、暖かい屋内まであと一歩というところで、沢山の学生の頭に、首に、たった一滴の水を落としていた。
「お前らは暖かそうで──いいよなぁ」
白いふわふわが並ぶ玄関を、勿論俺もくぐらなければならない。できるだけ首をすぼめて、ええいままよ、と校内へ───ピチャリ
「冷たっ」
ぶるりと、背筋を震わせながらも、今日も無遅刻の記録を守り抜いた。
早乙女皐月の日常 @harapekopannakotta
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