深夜0時―——

心は満腹感に満たされ、ようやく眠りについた頃、大きな物音で目が覚めた。


ガンガンーーーガランーー


『帰ったよーん。美和子が帰ったよーん』

ヒールを脱ぎ捨て、ベロンベロンに酔った美和子が玄関を上がる。手探りで壁伝いに台所へ入ってくるなり美和子はグタグタになりながらも食卓にケーキが入った箱を

置くと、だらしなく腰を掛ける。物音を聞いた祖母の千尋子ちずこが呆れた表情で台所に入ってくると、

コップに水を入れ美和子の前に置く。

『ったく、酔ってるんかい』

美和子はコップを手に取ると、一気に水を飲み干した。

『っぱあー…ヒック…』

『ちったあ、目が覚めたかい』

『ただいまあ…お母さん。ヒック…』

『ったく、ただいまじゃないよ。今、何時だと思っとるね。こんなに酔っ払って』

『アオは?』

『もう、寝とるよ』

『あ、そうだ。話があったんよ』

美和子は突然立ち上がり、青葉が寝ている寝室へと向かう。

『あ、ちょっと美和子、今夜は遅いき起こさんとき。明日にせい』

『冬休みだから、ちょっとくらい大丈夫だって』

『あんたな、親の都合で子供を振り回すのやめなさい。子供が可哀想じゃ』

二人の声は寝室で寝ている青葉の耳にだだ漏れに聞こえていた。

青葉は布団の中で横向けになり二人の会話を静かに聞いていたのだ。


青葉が寝室と台所の間にある境界線で区切られた扉を開ける。


『お母さん、おかえり』


美和子と千尋子の視線が青葉に向く。


『ただいまあ。アオちゃん』

そう言って、美和子は甘えた声で青葉に抱き着く。

『お母さん、酔ってるの? 酒くさいよ』

『―—ん、ちょっとね』

『ちょっとじゃないよ。ったく、子供にそんなだらしない姿見せて』

『アオちゃん、ちょっとこっちに来て、話があるの』

『だから、今夜は遅いきん、明日にしな』

『今夜の事は今、話さないと明日、忘れたら、ずーっと先延ばしになるでしょ』

『そんなベロンベロンに酔ってたら、アオちゃんだってどうしたらいいのか

わかんだいだろ』

『私は酔ってません』

真顔で言うが美和子の目は虚ろである。

『おばあちゃん、大丈夫だよ。もう、目が覚めちゃったよ』

そう言って、青葉は食卓の前に座る。

『何、話って…』

『はい、これ、おみやげ』

美和子は食卓の白い箱を手に取り青葉の前に差し出す。

『え、これって…』

『アオちゃん、クリスマスなのに今日は一緒にいられなくてごめんね』

青葉が白い箱を開けると、そこにはショートケーキが3つ入っていた。

『アオちゃん、ショートケーキ好きだもんね』

『お母さん…ありがとう』

柱時計の針は12時を回っている。

『いいよぉ……』

とうとう美和子も受電が切れたのか、崩れるように板間に横になり、

その場で眠りについた。

『ふっ…ったく、この子は…。しょうがない母親だね(笑)。

我が子ながらあきれるわ。ホント、不器用な子だわ。でも、まあ…

いいとこあるかね…』

『うん…』

『これは明日、食べようかね』

そう言って、千尋子はケーキの箱を冷蔵庫へと入れた。

『っていうか、もう…明日になってるし…』

『ほんまに…(笑)』

『はっはっ…ケーキ…。おばあちゃんと同じだったね(笑)』

『はっはっ…そうやね…』

『さすがDNA。親子…(笑)』

『ったく、こんなとこで寝て…。どっちが子供かわからんわ。

アオちゃん、ゴメンやけど寝室に運ぶけん手伝ってくれるかね?』

『いいよ』

『せーので持ち上げるよ』

『うん』

―――女とはいえ、成人した大人の体を持ち上げるには子供の力では

かなり荷がかかる。しかも、お酒の力で無防備の美和子の体はずしりと

重心が体全体にかかっていてビクとも動かない。

『―——ん、無理だね、、、意外とお母さん、体重あるーー』

『やっぱ、無理かね…。ほら、美和子、起きて、寝室にいきんしゃい』

千尋子が軽く美和子の頬をたたく。

『―—ん』

千尋子の声が届いたのか、美和子は目を半目状態に開き、むくっと

急に立ち上がるとフラつきながら寝室へと入り、そのまま布団の上に

倒れ込んだ。

『お母さん?』

青葉が覗き込むと、美和子はそのまま寝落ちしていたのだった。

『寝てる……』

『ほんまに…』

『ねぇ、おばあちゃん…。結局、お母さんの話って何だったんだろね?

もしかして、ケーキのこと?』

『さあね…。ほんまに人騒がせな娘だこと…。アオちゃん…ごめんな…』

『え…?』

『結局…美和子もウチと同じ人生を歩むことになったなって……』

『おばあちゃん…』

『もうちっと…我慢すればよかったな…。そうすれば、離婚せんでよかったのにな』

『お母さんもきっと限界だったんだよ。やっぱり、私はお母さんが笑ってる方が

いい。今の暮らしも結構、いいよ』

(なんでかわからないけど、自然に言葉が出でいた)

『ありがとね、アオちゃん』


青葉の視線に千尋子の優しい笑顔が映る。


(その瞬間、自分の中で何かが変わろうとしていた事に気づく。

空気の流れは自分で変えれるかもしれないと思ったーーー)


『さあ、アオちゃんも もうちっと寝た方がええ』

『うん、わかった。おばあちゃん、おやすみ』

『おやすみ』


千尋子の足音は寝室から遠ざかり、『パタ…』と、その扉は静かに閉じていく――。













『アオちゃん、新しいパパ欲しい? 欲しいでしょ』

その言葉は、そんな繊細な子供心にグサッと矢が刺さったような衝撃的な言葉

だった。勉強の嫌いな私にだって【離婚】の意味ぐらいわかる。

父と離婚して【再婚?】 あっさりと父と別れて、別の男? 

(意味わかんないんですけど……)

母はいつだって唐突すぎる。(少しは子供の気持ちとか考えろよ)とか、

そう思うけど、天然というか無神経とういうか…いや、それ以前の問題だ。

母は嘘とか回りくどい事は絶対に言わない。正直で直球すぎる。

母の言葉には考えて出した答えに変化球の文字はない。

『お母さん、酔ってるの? お酒、くさーい』

『うん。酔ってるよ。昔、付き合ってた彼に結婚しようって言われちった。

彼、全然、昔と変わってなくてさあ。……いや、それよかめっちゃイイ男に

なってた』

(うさん臭い。そういえば、母は昔っから騙され安いタイプだったっけ…。

じゃなきゃ、父に女がいて、しかも5年間も全然、気づかなかったなんて…。

ありえないんですけど、、、。5年といったら私が4歳だった頃から父は不倫していた

事になる。サラリーマンという職業柄、出張や付き合いが多いのは当然だが、

月の3分の1以上、家にいなかった父を母は疑いもしなかったのだから…。

……いや、、、まだ幼い私を前にして、もしかして気づいかないフリをしていた?

だとしたら、母もかなり神経が図太い、、、じゃなきゃ子供なんて育てられないの

かな……)


きっと、あの時、私が反対したら母は再婚しなかった?


その答えはきっとNOだろう……。

私が嫌だと言ってもきっと母は私を説得しても再婚相手と一緒になっただろう……。


母の再婚相手には子供が3人いた。しかも一番上の子は私と同い年で、その上

クラスも同じ、転校してきて一度も話をしたことがなかった隣の席の男の子

だった。でも名前ぐらいは知っている。


清野春斗きよのはると----

第一印象は記憶にない。


とにかく私の周りに男の子がいるということが不思議な感覚だった。


初めて母に連れられて行った夕食会で清野春斗が私の目の前にいた。

母と再婚相手は楽しそうにしゃべっていた。私達、子供蓮中は

その光景をただ呆然と見ているだけだった。


春斗の下には4つ離れた双子の弟・妹(秋人しゅうと君と冬香とうかちゃん)がいた。


















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