いよいよ大イベントの幕開けがはじまる―――
12月25日―――――。
富士ノ里学園では2学期、終業式を迎えていた。
「えー、三年生は就職、進路がすでに決まっている人、これから第二次受験や
就職面接を控えている人がいると思いますが最後まで全力を尽くし、ケガや
病気のないように充実した冬休みを過ごして下さい」
相変わらず、私の心は憂鬱だった。
ふと、ハルの方に視線を向けると、よく寝ていたのか大きく手を伸ばし
スッキリとした顔で目覚めていた。
私はひとまず、ちょっと安心していた。
『よかった…ハル…元気になったみたいだ』
余計な神経を使った私は今頃になって疲れがどっと体中にヒシヒシと
伝ってきた。
『…ったく、人騒がせな奴だ……まったく、、、』
校長先生の話もどこか遠く、退屈で窮屈な心は自由な場所に行きたくて、
すでに限界を迎えていた。
「それから、毎年の恒例イベントでもある学園祭がこの後、体育館で行われる
そうだが、開催後の後片付けなどはしっかりと行うように」
「以上で校長先生の挨拶は終わります。続いきまして、生徒会役員の皆さんは
前へ出て下さい。この後、行われるクリスマスだ・学園祭のイベント内容等の
説明を宜しくお願いします」
「はい」
司会進行の教頭の言葉で生徒会役員等が席を立つ。
生徒会長の千里を先頭に副会長の春斗、2年副会長
2年書記
上がっていく。校長が退席し、生徒会役員等が舞台へ横一列に並ぶ。
イベント内容も何も知らされてなかった全校生徒等は生徒会役員等に注目し、
生徒会役員等が舞台から見下ろす体育館内はザワついていた。
「ねぇ、何やるか知ってる?」
「さあ?」
「確か、去年は売れない漫才師を呼んで笑えない漫才をダラダラ1時間半
やったよな…」
「今年もそんなんだったら、つまんないし帰ろうかな……」
「クリスマスなのにさ…彼氏とデートしてた方がマシだよ」
勿論、発案者である春斗以外の生徒会役員等も何も知らされてなかった。
『ちょっと、清野君、ホントに大丈夫なの? 私達も何も聞かされて
ないんだけど…』
春斗の隣で千里がヒソヒソ声で囁く。
他の生徒会役員等も千里と春斗の会話に耳を傾けている。
『大丈夫だって、心配しないで会長』
Vサインを小さくし、春斗は自信満々の笑みを浮べた。
『交渉成立、昨日OKもらったから』
『え? 何のこと?』
偏差値95の千里の頭脳があっても、春斗の心を読むことは出来ず
首を傾げていた。
そして、春斗は一歩前へ出ると、演台のマイクを手にする。
「えーっと皆、準備はいいかい。絶対に誰一人、帰るんじゃねーからな」
強く大きな声を張り上げて叫んだ。
「えー」
「去年のような学祭じゃ、つまんねーしな…」
「そうだ、そうだ」
だが、体育館内の生徒等からはブーイングが飛び交かり、ザワザワと嫌な空気が
流れ出していた。
「今年は退屈しねーよに俺は1年前から準備してきた。だから、帰るじゃねーよ」
それでも、春斗は更に上から言葉を重ねていくが、動じない連中等のチクチクと
痛い所を攻める発言は止まなかった。
「そう言って、また俺達を騙す気なんじゃないの?」
「それ、ありうるー」
増々、嫌な空気は過剰していった。
「ねぇ、どうするのよ。この空気…」
「うん…」
登壇上4番目に並ぶ奈央と5番目の恵未が顔を見合わせ不安気な表情を
浮かべている。
「っていうか、春斗先輩って一回も生徒会役員会に出たことなかった
幽霊役員でしょ。もし、失敗したらさ…責任取るの会長じゃん」
「だよね。千里会長も何で春斗先輩に最後の大イベントを任せてたのか
よくわかんないし…」
「会長…」
宮内が千里に視線を向ける。
「大丈夫よ。清野君を信じるしかないでしょ」
「はい…」
その一言で、PTA役員等のザワついた心は切り替えムードとなり、
一致団結という暗黙のルールへと自然に流れていたのだった。
「よく、聞け! これだけは言える! お前ら帰ったら絶対、後悔すっからよ」
春斗の根拠のない自信とその顔に見せた笑みは一部の生徒達に伝わったのか、
ザワついた空気が少しずつ静まり変えっていく。
「じゃ、副会長、今年の学祭は何をするんですか?」
「そうだよね。何するか教えてくれてもいいんじゃないですか?」
「それは…まだナイショ」
「え?」
それでも、春斗の口から学園祭の内容を語ることはなかった。
それを語ってしまえばサプライズではなくなってしまい、三年生にとっては
最後の学園祭がつまらないフィナーレを迎えることになるからだと思ったからだ。
それに、春斗がこの文化祭イベントを計画したのは青葉の為でもあった。
青葉の才能を開花させることが目的の一つだった―――。
「この後、準備ができ次第 校内放送するから、皆は各教室で待機! いいな!」
「えー」
「以上、これを持ちまして終業式は終わります。はい、解散!!」
こうして、45分にわたる終業式はいったん幕を閉じたのである。
9時50分―——。
ゾロゾロと各教室へと戻って行く生徒等を見送った後、生徒会役員等と
那波やその他、先生達も体育館に残って、三年生最後の学園祭の準備等に
とりかかっていた、
「千里、何すればいい?」
「んー、そうだね。どうしようか…」
「取りあえず、舞台裏に円形テーブルがあるから適当に数か所に並べてくれる?」
テキパキとした口調で春斗が千里の横から指示を送る。
「うん、わかった」
那波と千里が舞台裏に行くと円形テーブルが積み重なって用意されていた。
「どうしたの、これ?」
「ああ、知り合いから借りて来て昨日のうちに運んだ」
「昨日の夜に?」
「これ…清野君 一人で?」
「まさか、俺一人で運べるわけねーじゃん。知り合いにさ車出してもらって
運んだんだよ」
「え、すごっ…」
「あっ、これ折りたたみ式になってて手安く移動できるようにキャスターがついてるから一人ででも簡単に押しながら移動できるよ」
「あ、ホントだ」
那波の力でも押しながら簡単に運べれる。
「楽だね」
那波と千里がテーブルの準備をしていると「僕達も手伝います」と、
宮内と岸田も参戦する。
「ああ、ありがと…」
「テーブルの配置が済んだら、パイプ椅子を周りに並べて」
春斗の指示は段取りも良く、手早く正確に体育館に残って準備に関わっている
人等に聞こえるように大きな声でテキパキと指導していた。
「なんか、ハル君、すごいテキパキしてる」
「だね 」
「ーーーねぇ、あれ? そう言えばアオは?」
「さあ?」
「こういうイベント事、好きなのに…どうしたんだろ?
いつもならさ、先頭に立ってハル君と競争して動いてるのにね…」
「ほら…アオは今…それどころじゃないんでしょ」
「そっか……」
「アオ…卒業後、どうするんだろ…」
「とにかく、今はこの学園祭を成功させることを考えましょ」
「うん…そうだね」
「春斗、お待たせ、持ち出しオッケイだよんーーー」
春斗と同じクラスの
彼は唯一この町に古くから残っている【スーパー萩原】の一人息子である。
一平は持参した大量のお菓子やジュースが入った袋を体育館の床にひとまず置いた。
卒業後はスーパーの店長確定済みだ。本人は「潰れるまで店をやっていく」と、
はりきっている。
「さすがスーパーの息子、荻ちゃん。サンキュ」
「ったく、春斗は人使い荒いんだよ」
「おやっさん、大丈夫だった?」
「ああ…」
一平が『外、きてるよ』と親指を立てて父親の存在をアピールすると、
『えっ』という顔で春斗は外へ出る。その後から那波や千里、岸田等が
出て来る。春斗の目に配達用の商用車の運転席から顔を出す一平の父親、
ワゴン車には【スーパー萩原】の看板文字が大きく書かれている。
「よお、春斗。差し入れ持ってきたぞ」
萩原が親指を立てて『ワゴン車の後ろ開けて見ろ』という合図を送る。
春斗がワゴン車のバックドアを開けると、そこには大量のお菓子や
ジュース、果物や菓子パンなどが積み込まれていた。
「マジっすか 」
「おお、マジ、マジ」
「おやっさん、ありがとうございます。助かります」
「俺もよ、ここのOBだしよ。ちったあ、役に立ちて―じゃろ。
それによ、最後の学園祭だし息子にもいい思い出作ってやりたいじゃんか」
「はい…。え、最後? 三年生はってこと?」
「あれ、春斗は親父から聞いてないのか?」
「ええ…?」
「この前の町内会でここの取り壊しが決定したんだよ」
「え?」
「まあ、春斗ら三年は卒業するから関係ないんだろうけど」
「じゃ、後輩たちは…まだ、知らせてないけど…多分、隣町の
高校に移るって話だ。だから、親達はこの学園祭が終わるまで
黙ってるつもりだったんじゃないかな」
「そうなんですね…」
「実は…本当なら、去年から廃校の準備に取りかかる事が決まってたんじゃよ」
「え?」
「でも、カッちゃんと美和ちゃんがな、署名運動して『あと1年待ってくれ』って
町長に頼み込んでよ。お前らはホントにツイてるよ」
「そうだったんだ…」
「まあ、人口が減ってきてるのは確かだし…地元の高校に愛着はあるけど、
働き口がないって不便に思っている連中はいるからな。しかたねーちゃー
仕方ねーけどよ」
二人の会話を近くで聞いていた千里や那波等の表情が少し曇っていた。
「みんな、卒業したら都会に出ていっちまうんだろうな……」
寂し気な表情を浮かべて言った萩原の顔が春斗の目に映る。
「……」
春斗は何も言えなくなった。
「お前も出ていっちまうのか…春斗…」
「え…。それは…まあ…わからないっス…」
「そうか…」
春斗と萩原が話をしている間に全ての食料や飲み物が体育館内に
運び終える。
「清野君、運び終えたわよ」
千里の声を聞き、「おやっさん、ありがとうございました」と、
春斗は改めて萩原にお礼を言う。
「萩原さん、お世話になりました。経費は生徒会費の中から支払います」
「ああ、それは気にせんでええよ」
「え、でも…」
「息子と話をしてる時にちょうど美和ちゃんが買い物に来ててな…
『それなら私達も協力させて欲しい』と町内の家をカッちゃんと二人で
1軒1軒回ってくれて、かかった経費を折半することにしてくれたんよ」
「え…お母さんが…」
「なんかさ、あの二人を見てると、俺も中高生に戻った気分になっちまってよ。
うちの嫁も美和ちゃんとは結構仲良かったから、美和ちゃんがこの町に
戻って来た時はすっげー喜んでたんだわ。今じゃ、うちの店でしょっちゅう
立ち話してんだよ。わりぃ…そろそろ行くわ」
「あ、おやっさん、ありがとうございました」
「ああ…。あ、春斗、それから、俺からは一つだけ…思い出に残るような
学園祭にしろよ。青春は今だけなんだからよ」
「はい」
そして、萩原の商用車はエンジン音を立てるとゆっくりと帰って行った。
「さてと、最後の準備にとりかかろうか…」
春斗は両手を天に伸ばし、気持ちを切り替え体育館へと向かう。
春斗を追うように千里と那波が駆け寄って行く。
「清野君…高校が廃校って…」
「ハル君?」
不安げな表情を浮かべた千里と那波の顔が春斗の目に映る。
春斗が周りを見渡すと、近くにいた生徒等の表情も今にも雨が降りそうな
雰囲気で曇っていた。それとは裏腹に春斗が見上げた青空は眩しいほどに
サンサンと輝いていた。この時期になると雪が降ってもいい季節なんだが
到底ロマンチックのクリスマスには届かない天候だった―――ーーー。
「うん――ーーー」
それ以上、春斗の口から言葉が出てくることはなかった。
体育館の出入り口で春斗の足がピタリと止まる。それに合わせるように
体育館に向かって来ていた千里や那波等の足並みも立ち止まっていた。
その目に映ったのは、体育館に残ってる人達が何も知らずに懸命に
学園祭の準備をしている姿だった。先生方も手伝ってくれている。
「今はさ、この学園祭を成功させることだけ考えない」
春斗がボソっと呟くと、
「うん、そうだねーーー」
千里や那波等も賛同するように言葉を発して頷く。
(確かに1学年15人程度しかいない生徒数。全校生徒全員合わせても
50人に満たない。仮に来年、学校が残ったとしても新入生は10人も
いないだろう。そうなると、先生の確保も難しくなり、経費も重なり
維持していくには無理だと判断したのだろう……
俺達の代で廃校―—ーーー。それが市長と町長が下した結論だ。
それも少子高齢化が進んでいる現実問題に直面している証だ。
仕方のない決断だったのかもしれないーーー)
各 円形テーブルにはお菓子や菓子パン、果物などの軽食と1.5Lの
ペットボトルのジュースと紙コップが設置された。お昼時期に
小腹が空いて席を立つ生徒を無くすために考えた春斗のプラン・その1
だった。
「これでだいたい準備はできたわね。あとは、ゲストの人
なんだけど?」
ほんの40分前までは何もないシンプルだった体育館がまるで小さなティー
パーティー会場のように見違えるほどにセッティングされた華やかな情景を
舞台上から眺めながら納得したように頷いた後、千里が口を開いた。
「ねぇ、ハル君、ゲストの方はまだ来てないの?」
上乗せするように言った那波の言葉をスルーするように春斗は上手に
切り替えた。
「じゃ、会長と那波は放送室に向かってくれる?」
「え?」
「さっき、ラインがあったんだよ。あと3分で到着するって」
「え?」
「だから、皆に放送してくれる?」
「了解(笑)」
春斗に言われるままに千里と那波は了承する。
「他の皆も各教室に戻って声かけてくれる?」
「はい」
「先生方も職員室に行って他の先生方を呼んできて」
「ああ、わかった…」
千里と那波が舞台から下り、その場にいた生徒会役員等や先生等が
出入口付近へ向かっている途中で、
「こっちは俺が準備しとくから…」と、舞台の幕が落とされた――。
「え?」
千里と那波が一瞬、振り返るが幕が落とされた体育館内には春斗の姿は見えず、
声だけが響いていた。
「会長も生徒会役員の皆も体育館に戻ってきたら各自テーブルの席に着いて
楽しんでくれていいからねー」
舞台の奥で何を準備しているのかわからないまま、春斗に指示された通りに
千里と那波は放送室に向かい、生徒会役員等は各自教室に向かう。
先生等も職員室へと戻って行った―――ーーー。
その後、春斗の携帯に連絡が入る―――。
【ハルー、到着。スタンバイOKだよん】とLINEメッセージ。既読
春斗が【こっちも準備OK】とLINEメッセージをメール相手に送る。
体育館の裏口に止めていた黒のワンボックスカーからゾロゾロと人が下りてくる。
体育館の裏口は舞台裏口と繋がっている。殆ど通らない道だから
誰にも気づかれずに舞台裏から入って来れる。前日の夜、円形テーブルを
運んだ時、春斗は裏口の鍵を開けて帰っていた。
ガチャーーー
裏口の扉が開くーーー。
「ハルトー、久しぶりだね 」
「っていうか、昨日も会ったじゃん(笑)」
「よう…」
続いて、次男の
入って来る。
「今日はヨロシクお願いします」
春斗はスケジュールを空けてくれた彼らに軽く頭を下げる。
「了解。それじゃ、さっさと準備はじめるか」
亨の一声で機材の準備に取り掛かる。
「あ、俺も手伝います」
彼らは
グループ名は【Be happy 】。
地元じゃ 、ちょっとした有名人である。原点は路上ライブから始まり、
資金を貯める為に地方のライブハウスで営業し、着々と5年の下積み時代を
重ねてきた。時にはYouTubeやSNSで曲を配信し、彼らの人気は
確実に上昇していた。
そして、駅前にあるライブハウスで演奏していた時、たまたま東京から
聴きに来ていたレコード会社の人にスカウトされ【Be happy】は
4月からはメジャーデビューすることとなった。
母校である【富士ノ里学園】に恩返しがしたいと、【Be happy】
メンバー全員の思いが一致して、春斗のプランにサプライズゲストとして
承諾したのだった。
いくら後輩の頼みとはいえ彼らと春斗に面識はなかった。
春斗が彼らの存在を知ったのはこの町にある100人程度しか入れない
小さなライブハウスでバイトを始めた頃からだった。
彼らは古くから馴染みのあるそのライブハウスで週末の土日だけ
客寄せのために演奏している。それでも、彼らが来るとわかっている
ファン達は情報を聞きつけ彼らの音楽を聴きたくて地方からでも
駆けつけて来ていた。だから、土日の夜は忙しく、ライブハウスの外は
行列ができるほどだった。
そして、春斗が恋心を抱いているのはキーボード担当の璃音だった。
春斗が見渡すとメンバーが一人だけいないことに気づく。
「ねぇ、
ユウジというのはボーカル&ギター担当で、めちゃくちゃ自由人である。
ユウジの歌声は【3分で恋に落ちる――】とまでいわれているほど天才的音楽家だ。
ユウジが初めてギターを手にしたのは5歳の時で、初めて曲を作ったのは小学校
1年生の頃である。
「あれ? さっっきまで居たのにね…」
「ったく、アイツは自由人だからな」
「どこフラフラふらついてるんだか…」
「ボーカルがいないと始まんないじゃん」
「ま、そのうちフラッとやってくるでしょ? ユウにぃは気まぐれだし…」
「そういえばさ、この学校、無くなるんだってな」
「知ってたんっすか? 」
「この町に居りゃ、嫌でも耳に入ってくるわ」
「世間は狭いからね」
「でも、俺達の母校でもあるし、上京する前に恩返しができてよかったよ」
「メジャーデビュー決まってんですね。おめでとうございます」
「そりゃ、どうも」
「ユウジさん、最後まで返事くれなかったですよね」
「アイツはアイツなりにこの高校に色んな思い入れがあるからな。
でも、アイツもやっぱ母校に愛があったんじゃねーか」
「ユウにぃって、俺が三年ン時の学祭で頼んでも絶対、歌ってくれなかったもんな」
4男坊の
「あ、私の時もそうだった。結局、即興で曲作ってくれて『お前が歌えばいい』って楽譜を渡されてキーボード引きながら一人で歌った記憶がある」
「あ、でもあの曲、お前にピッタリ合ってたよな」
次男の
「そうなのよね…。やっぱ、ユウにぃには
「ハルは卒業後、進路決まってるのか?」
「俺も東京に上京しようと思ってるンすけどね…」
「じゃあさ、ウチらと一緒にスタッフとして来る?」
「え、マジっすか。ーーでも、返事、もうちょっと待ってくれる?
一緒に連れていきて―ヤツがいて…」
「あ、彼女?」
「違うっスよ!」
「そんなムキになんなくても…」
「俺が好きなのは璃音さんだけっスから…」
春斗は照れた口調で視線を逸らしボソっと呟く。
「ありがと」
その瞬間、春斗の頬に璃音の柔らかい唇が触れた。
ドッキーーー。
「―——
「アオちゃん?」
「え?。俺、璃音さんにアオのこと言ったっけ?」
「時々、会話に出てきてたよ」
「そうだっけ? 覚えてないけど…」
「初めてユウジさんが歌っているとこ見た時、アオと同じだって思ったんだ」
「え?」
「路線は違うけど、揺るがない目が同じだって思ったんだ…」
「もしかして、このサプライズはアオちゃんとユウにぃを会わすために
仕組んだこと?」
「ユウジさんの歌声を聴いてアオのエンジンがかかればいいんスけどね……。
俺は結構、アオの天才的画力は認めてるんスけどねーーー」
「へぇ…そんなにうまいんだ、アオちゃんの絵…」
「小6の時さ、カップラーメンにお湯を入れて出来上がる間、暇だからって
俺がカップラーメンを食べているとこを正確に描いてさ、3分のタイマーが
鳴ったと同時に『はい、できたよ』って描いた絵を渡されたことがあって」
「え、ホントに? すごい…3分で描いたの?」
「俺もビックリしたんだけど、それがめっちゃ笑えるくらい似てんだよ」
「ユウにぃも集中している時はパパッと曲作っちゃうね」
「最近、アオ、スランプぎみだからさ。ユウジさんの曲を聴いて、アオの中で
何かが変わればいいなあって……」
「へぇ…そうなんだ」
璃音の瞳にアオの事を生き生きと話す春斗の横顔が映っていた。
不器用な恋愛感情の持ち主の璃音の心にチクッと痛みが走り、
何かが変わろうとしていた。
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