第三十四話
病院のベットで目覚めたあの日から、一ヶ月が経った。
時間の経過と治療により、腕やあばらの痛みはもう無い。退院から数日開けた今日が学校の復帰日だ。
(たった一ヶ月開けただけなのに、何だか何年も経ってから母校に帰ってきたような……そんな気分)
校門前という人通りの多い場所にも関わらず、思わず立ち止まって物思いに耽ってしまった。ただの校舎や名前さえに知らない他の生徒でさえ、ついまじまじと見てしまう。
「こんな場所で立ち止まってる場合じゃないよね。早く教室に行かないと」
急ぎ足で校門から玄関へ。玄関から下駄箱ヘ向かい、置きっぱの上履きを取りに行こうとした途中、見覚えのある二人が。
一月経てども、その姿を見てすぐに彼女達だとわかった。
「おはよう。それに、久し振り……ミカ、ルシ」
呼び掛けると声に反応し、二人はこちらに視線を。目が合うと、驚愕の表情に変化すると共に凄い勢いで駆け寄ってきた。
「切崎!? もう体は大丈夫なのか?」
「うん、激しい動きはまだ出来ないけど」
「ほ、本物だよね!? 偽物じゃないよね!?」
「う、うん本物だけど……」
ルシは私の顔のあちこちをペタペタ触り、やがて腕を組み頷き始めた。
「この触り心地、確かに本物」
「よ、よくわかんないけど……納得してくれてよかった」
中学生の頃からの馴染みで、唯一の友達。雛見香薫と漆日奈子。二人には事態が落ち着いたあと何があったかを伝え、お見舞いにも何度か来てくれた。
けれど今日が登校日であるということは隠していた。ちょっとしたサプライズのつもりで。
「とにかく、復帰してくれてよかったよ。お前がいないと物足りない気がしてさ。話したいことは山ほどある、がここではなくもっと邪魔にならない場所でな」
ミカの言葉に倣い下駄箱から上履きを取り、履き替えたあと、教室へと通じる廊下を渡る。私達は一年、教室は一階。生徒で賑わう廊下をルシが先行し、背を前に向けつつ進んでいく。
「わたしにもあるよ、話したいこと。最近ここの近くにおいしいおいしいパン屋さんができたんだ~。ばけっちゃんもミカも一緒に行こうねっ!」
「私にも……まだ言ってなかった病院でのこと」
「病院でのこと? 何かあったのか?」
「目覚めて数時間経ったあと、お父さんが部屋に来たんだ」
あれからお父さんに連絡を送った。親御さんに電話しとけとデス花がアジトからスマホを持って来てくれたのだ。自分の居場所を伝えると、いつも大人しいのにお父さんが飛ぶ鳥を落とす勢いで病室に現れた。
「事情を説明すると、すごく怒ってた」
「そりゃ怒るよね~……大事な一人娘なんだし」
「でもね、私が魔法少女になってたことに怒ってたんじゃなかった。ちゃんと言わなかったことに怒ってた」
そのときの表情は珍しく真剣で、今でもはっきりと思い出せる。
「お父さんには心配かけさせたくなかったから、将来の夢については黙ってた。でもとっくにバレちゃってたみたい、私がずっと魔法少女に憧れていたこと。これからについて伝えたら素直に応援してくれた。だけど何か危ないことがあるならはっきり言ってほしいって……それだけ」
「そうか、いい父親だな」
「……うん」
「ねえ、ばけっちゃん」
すると突然ルシはその足を止めた。いきなりのことでぶつかりそうになり、つい素っ頓狂な声を出して身を逸らしてしまう。
そんな私をよそに彼女はいつになく真剣な表情で、けれど笑みを含みつつ告げた。
「もちろん、困ったときはわたしにも言っていいんだよ。色々相談乗っちゃうもん!」
「ルシだけじゃなくて、私にもな」
父親、だけでなく友達。頼りになる人が周りに大勢いる。
(私は恵まれてるな……)
笑みには笑みを返して頷いた。
それから、二人と談笑しながら目的地へと向かった。
クラスで一番影の薄い自分が戻ってきたところで誰も気付かない、そもそも一か月休んでいたことさえみんな知らないだろうと思っていたからこそ、久し振りの登校だが落ち着いて教室に入ることが出来た。戸を引き部屋内へと入って周りを見てみると、周囲の視線が私へと送られていることがわかった。
多くの人の目に晒されることに慣れていないため戸惑っていると、何人かの名前もうろ覚えな女子生徒達が私の前まで駆けて来た。
『ねえねえ、切崎さんって魔法少女なの!?』
『学校中でちょっぴり話題になってるよ!』
『事件の次の日から休んでるってことは……そういうことでしょ!』
どうやら私が魔法少女だということは、前に学校で猿の魔獣を倒したときからまことしやかに囁かれていたらしい。そして私が長期で休んだタイミングと、魔人が大暴れしたタイミングが被っていたことからその説は広まったようだ。
とはいってもちょっぴりとしか話題になっていないのが私らしいというかなんというか。
学校側には単なる骨折としか連絡してなく、生徒にも当然そう伝わっているはずなのだが。
『まあまあ、切崎が困ってるだろ。ホントにただの偶然なんだ、そっとしてやってくれ』
急な質問攻めに口をパクパクさせることしか出来なかった私に代わり、手慣れたミカが場を収めて、彼女達を席に戻らせた。
『あ、ありがとう』
『いいって、魔法少女ってのバレちゃダメなんだろ?』
『ばけっちゃん今までと何だか雰囲気変わったみたいだけど~、人見知りなとこは変わんないね』
そんなちょっとした騒ぎもありつつ迎えた今日の朝。予鈴が鳴って皆が席に着き、担任の先生が教室に入ってきた。HRが始まる。
「はぁ~い、朝のHR始めるよー」
(これからは忙しくなるだろうな……学生と魔法少女の二足の草鞋で)
あれから折神さんも病院にやってきて、諸々の説明が行われた。必要の際は折神さんからチャットで連絡を送るとのこと。だが彼女から送られてくるメッセージは他愛のない近況報告ぐらいだ。おそらく活動は私が復帰したあと、今日からだろう。そうと決まったわけではないけど、覚悟をしておくべきだ。
(ベットの上でスマホ見ながらごろごろだらだら、そんな生活をずっと。過労で倒れてしまわないか心配だ)
まあ学業との両立を考えて特別隊に加入させたと言っていた。それ程仕事量が多いわけではない思うが。
「にしても、驚きの連続だったな」
誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
(魔法少女協会に加入したと告げられたときだけじゃない。彼女達の過去を知ったときや、初めて変身したときも。それこそチミドロフィーバーズに最初にあったときもだ)
「ということで出席確認……の前に皆へお知らせ。突然だけどこのクラスで転入性がやってきます」
(きっと一生分驚いたなぁ。しばらくはそう驚くことなんてないんじゃないかな)
「しかも三人! ほら、入ってきて。自己紹介して」
この時期に転入生、しかも三人、しかも全員同じクラス。中々珍しいことだ。担任の先生に呼ばれ、その転入生達は教室内に入って来る。
やけに髪がカラフルな女の子三人組。見慣れた彼女らは教壇の後ろに立つ。
…………見慣れた?
「自己紹介だ………? よく分かんねえけど、名前言えばいいのか? マジデス花だ、真剣狩る!」
「え」
「ダークサイド滅子です! よろ~」
「え」
「……ぺポットメホイミです」
「え」
三人の転入生とやらの正体は私のよく知る彼女達だった。
「あ、噛んじった、よろしくって言おうとしたのに。まぁいっか!」
「ばけちーは……あ、いた!」
滅子が辺りを見渡し、私を見つける。すると三人は他の存在を無視してこちらに駆け寄ってきて、机を囲み始めた。服装は魔法装束でも私服でも無く、今自分が身に着けているのと同じ制服。
「よう、ばけつ。悪かったな黙ってて、だがいいサプライズになっただろ?」
「今日からぺポ達はあなたと同じこの学校の生徒です」
「えええええええええええええっっ!!!???」
確かに一緒に学校に行こうという話はしていた。けれど、こんなに早く学校に通えるだなんて思いもしていなかった。やっぱり嬉しいよりも困惑が勝つ。
「こ、今年一驚いた……って、それより、そんな簡単に学校に入れるものなの!?」
「協会の偉い人がここの偉い人と繋がっていて、なんか色々してくれました」
「学費は元々バイトで貯めて合った分でなんとかしたぜ」
「入る前のテストみたいなのも鉛筆転がしてたらなんとかなったよ!」
「なんか色々とアバウト過ぎない!?」
自己紹介したと思ったらちょっぴりとだけ話題になっているクラスで一番陰の薄い人物に向かっていく三人組に、圧倒される先生と他の生徒達。
私達の会話の最中、皆揃って口を開けていた。
「……ぶっちゃけ頭ごちゃごちゃで、状況呑み込めてないけどこれだけは分かるよ。長年の夢が叶ったんだって。よかったね、みんな」
とにかく、いいことには違いない。彼女達に向けて笑いかけた。
「おう。ずっとずっと願ってきて、一度は叶わないと諦めてがようやく手にすることが出来た夢だ」
「しかも大好きな人と一緒にね!」
前を向くことで、手にすることができた夢。
「これからもよろしく。夢を叶えたあとも、ずっとずっと支えていくから」
まさかしばらく驚くことはないといったすぐ後に、今年一驚くような出来事が起きるとは。彼女達と関わってからそのようなことばかり。
――――――きっとこれからももっと驚かせてくれるのだろう
真剣狩る全壊!チミドロフィーバーズ! 綴谷景色 @nagata06031005
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