第三十二話
「真剣ッ狩るッ!!」
どこかから聞き馴染みのある声で、聞き覚えのある言葉が耳に届く。
「!?」
私の目の前まで伸ばされた黒肌かつ蔓の巻き付いた手。体を掴もうとして来たとき、自動車一台と同等程度まで肥大した赤の機械腕が相手の左腕を弾き飛ばした。
そしてその威力により、ビルより大きい化け物の図体が揺れる。
「悪ィな……お前に一人切りで戦わせちまって」
「随分遅くなってしまいましたね」
私を守るようにして立つのは、腕を元のサイズへ戻したピンクの魔法少女と黄の魔法少女。
「デス花、ぺポ!」
「こんなボロボロになってまで……ウチが癒してあげる」
「滅子!」
青の魔法少女は私の前でしゃがみ込み、そして抱きしめて来た。彼女の手から広がるのは私の全身を包み込むほど大きな緑の魔法陣。思いから強大化した特別なものだ。
「! ……全身の痛みが、一気に引いていく?」
「全部ばけちーの言う通りだった。辛いけど、だからこそ前を向くべき」
さっきまで体を蝕んでいた痛みがまるで元から無かったように回復していく。密着した肌から暖かみを感じながら、滅子の言葉に耳を傾ける。
「失ったものは戻ってこない。だから、これ以上何も失わないために戦う。ウチらを支えるって言ってくれた人は……ウチらで守る」
「みんな信じてたよ……立ち直ってここに来てくれるって」
呟くと滅子は僅かに顔を離し、私を彼女の持つハートの瞳で見つめつつ頬を染める。そしてにへっと笑った。
それにしても、ここまで早くとは。失った苦しみは彼女達しかわからないことで、深く鋭く刻まれたもの。
なのにもう克服して。みんな強い人達だ。
『まさか、本当に貴方達が来るとは……精神を壊してあげたのに。何故?』
体勢を立て直したマゼルリル。この場に現れた三人を見て不可解だという様子を見せる。
「単純だぜ。どんな落ち込んでいても親身になって前を向くように言ってくれる、そんな仲間がいたからだ」
『それが絆、とか言うやつですかァ?』
「互いに支え合う……確かに絆と呼べるものですね。いずれにせよ、心だけではなく体まで醜くなったお前にはわからないことでしょう」
「さっき言っただろ、お前は弱いって」
未だ抱きついてくる滅子の背中をポンと叩く。彼女に視線を向け、支えてもらいながら立った。
「誰かを守るためなんかじゃない。自身の一時の欲望のためだけに戦うお前は……弱い。たった一人の魔法少女すら倒せないのに、世界の蹂躙だなんて笑わせる」
『ギャッハ! 三人に助けられなければ殺されていたというのに、よく言えますねェ……』
「たとえ私が殺されていたとしてもお前の勝ちは無い。ねえ、自分でも薄々気付いているんじゃないの?」
化け物を睨め付けつつ、はっきり告げる。
「お前が目指す世界の蹂躙。先にあるのはただの虚無。人を踏み潰し地を鳴らし、すべてを壊したあと、どうするつもりなの?何もかもが無くなった世界でお前はどうやって欲望を満たすつもりなの?」
『…………』
言葉に詰まり、大きな沈黙が流れる。そんな先のことまで考えていなかったのだろう。
すべてを破壊し尽くしたあとは虚無しか残らないというのに、後のことなど頭に無くただ一次の快楽に縋るだけ。
「元協会の研究員でさぞかし優秀だったんだろうけど……まるで子供——————」
『あァ煩い煩いッ!! 先のこと? 何故そんな難しいことを考える必要があるのですかァ……!?』
「見えたな、てめえの底の浅さがよ」
『ギャッハ……! そんなこと考える必要はない、今は快感を感じていればいい。これからのことは、貴方達を殺してから考えるとしましょう! ギャッハハハ!』
笑い声を響かせたあと、巨大な魔人は顔を俯かせた。じっとし、動かなくなる。かと思えば口から大量の黒い泥、魔素を吐き出した。泥は辺り一面に広がり、地面やビル、私達が立っている瓦礫までも漆黒に染める。
「んだこれ……周囲に魔素を充満させやがった?」
『ギャッハははハっ! グガッ、ガガガ!!』
それだけじゃない、奴の様子がおかしい。再び顔を上げると同時、叫び散らかす。
「あいつ、まさか暴走して……」
「今にでも攻撃を仕掛けて来そう……ばけちー、戦える?」
「うん、おかげさまで」
滅子の治癒魔法によって、大分痛みは弱まった。もちろん今ので骨折だのが完全に治ったわけではないが、体の先すら動かせなかったさっきよりマシだ。
「了解、ならしっかり働いてもらうぜ。もちろん危なくなったら助けてやっからよ。お前ら、武器を構えろ!」
デス花の号令により、私達は武器を召還。ソード、ガン、チェンソー、ボウ。それぞれ得意の得物を呼び、戦闘態勢。
「なァ、覚悟しとけよ化け物。魔人は殺しちゃいけねえっつー法律なんざねェ、てめえはここで殺す。墓場に入る準備しとけよ、クソ野郎! ギャハハハハ!」
三白眼に上げた口角、狂気を携えた笑みは戦闘の際に見せる特有の表情。彼女からは怯えや恐怖だとかは感じられない。後悔は完全に振り切ったようだ。
他二人も同じ様子。
『ギャッはっ! ははッ!』
正気を失った魔人は地に充満する魔素を吸い出し、体のパーツとして形作ることで右半身を再生させた。
次に両腕をバッと広げ、奴の背後に大量の青の魔法陣が生み出す。それらから放つのは、砲撃のように魔素の弾。私達だけでなく、辺り一帯に撒き散らす全方位に向けた大技だ。
「避けろ! それが出来なかったら防げ! 一発も喰らうんじゃねェぞ!」
「言われなくても」
四人は散り、けれど互いにカバーし合える距離で敵の攻撃を対処していく。
「一直線に向かってくる弾なんて怖くないよねっ」
左に右、更には上へと躱すことで防ぐことすらせず受け流した。範囲や威力こそあれど精度は悪い。発狂したことにより、動きが単調になったのだろうか。
「追撃です、警戒してください」
弾を撃ち切ったあと、魔人は片手で地面から力を吸うような動作を見せる。すると泥が宙に浮かび、形を成し、十何メートルもの長さを誇る槍が創り出されたのだ。巨大なそれを、私目掛けて投擲。
だがこれまた直線的な動き。手負いの体でも回避に成功した。
「体を再生させ、攻撃にも利用できる魔素のフィールドは強力。だけどそれだけ、動き自体はさっきより弱くなってる。これなら……」
「馬鹿っ! 避けろ!」
遠くから届くデス花の言葉。不思議に思い地面に突き刺さった槍を見てみると、怪しく発光し膨らんでいくのが見えた。察した。メインの攻撃は突き刺しではなかったということ。
「間に合わな――――――」
本命は地面に刺したあとの爆発。劈くような音と衝撃が走る。
不意で回避も防御もできなかったが、何故か痛みはなかった。
「ったく、危ねェな……オレがいなかったら今頃ばたんきゅーだったぜ」
「デス花!?」
瞬時に私の前に立ち防御のための魔法陣を張ることで、爆破から守ってくれたのだ。こちらに視線を向けてにっと笑う。
「約束したからな、守ってやるって」
「あ、ありがとう。正直ちょっと油断してた……ねえ、デス花。これからも私のこと、死ぬ気で守って」
「お? おう……そのつもりだけどよ」
「私もデス花達を死ぬ気で守る。お互い死ぬ気で守りあったら絶対負けないでしょ!」
「ったく……お前もサイコーにイカレててサイコーにイカした仲間だな」
その言葉に笑みで返し、魔人の方へと向き直す。見れば固定魔法で宙に階段を作り登って行き、敵の首元へと向かうペポの姿があった。いつの間にかもう一丁の剣を召喚し、逆手に持ち、圧倒的な速さで首の前へ。
「汁を撒き散らしながら、痛みに悶えやがりください」
双剣をそれぞれ振るい、一撃二撃。そして両の刃で同時に斬ることで三撃。
光を纏ったマジカルソードが分厚い喉を深く抉り、ドス黒い血が噴き出す。ペポはその血をひらりと避ける。
「フン、汚らわしい血など浴びたくありません」
『グガ、アあッ!』
魔人は一瞬怯むが、すぐに右手を伸ばしてペポの体を掴もうとする。
「再生したばっかの腕切り落とされるの、どんな気分〜?」
ペポに注目していた内に滅子も同じようにして相手の元へと迫り、跳躍して腕に跳び乗る。
そしてちぇんそーを起動、魔素の籠もった回転刃を振り下ろした。
「あっはッ!」
『グガ、ギ……!』
刃は鋭く、肌にギャリギャリと沈んでいく。ペポとは違い血を真っ向から浴びながら、頬を染め笑顔でギャリギャリギャリ。腕は切断され、黒の地にボトりと落ちる。
「次はその首落としてあげよっかなァ……!」
滅子が更に跳ね肩上に乗ろうとしたとき、化け物を身を屈める。
『グ……ァァァアアアアアアッッ!!!!』
「……っ!」
「う、うるさ!」
奴は叫ぶ。ただ大声を上げただけだが、その巨体から発することにより武器となる。衝撃波として階段となった魔法陣を壊し、二人を吹き飛ばした。
体制を崩すも何とか着地。
距離が離れた間に魔人は落ちた腕を拾い、切断面に押し付け始める。すると泥が間に満ち再びくっつくのだった。
「ありゃ……再生しちった」
「チッ、腕落とす程度じゃすぐ治しちまう、クソ面倒だぜ。一気に潰すしかねェのか?」
「そうみたい……魔獣の心臓とも言える『核』を潰す、それしか勝つ道はないと思う。魔人にも存在するかわからないけど」
「核かァ、魔獣なんていっつもバチボコに殴ってりゃ勝ってるからな。んな存在すっかり頭から抜けてたぜ」
「核があると信じて戦うしかないでしょう。まずはその核が体のどこにあるか探り当てることから始めるべきです」
「でもそう簡単に……」
核の位置が体内のどこにあるかわからない。犬や蛇の魔獣との戦闘からするに胴体のどこかで、手足にないことはわかる。
無鉄砲に撃ちまくるのも手だが、再生されることもあって効果は薄いだろう。核に最大級の一撃をドカンと当てたい。
かといって核の位置を探り当てるのはそれなりの時間を有しそうだ。せめて位置がわかれば。
「あ……もしかして核の位置って……!」
今までの戦闘を思い出してみれば、思い当たる節がある。
「わかったのですか?」
「何となくだけど、わかったかも……ペポ、滅子。二人は足を狙って」
「あ、足ぃ?」
「……了解しました。削ぎ落としてみせます」
作戦を告げたと同時、魔人は動きを見せた。自身の両腕を前に掲げ、青の魔法陣を展開し、こちらに向けて波動砲を放ってくる。私達はそれぞれ左右に別れ、躱したあとすぐにぺポ達二人は敵の足元へと駆け出すのだった。
「鈍い、きちんと当てやがりください」
「首の代わりに~~~今度はッその足も~らいっ!」
相手の懐に入り込み、滅子は魔法陣を介してスターターを再度引っ張る。高速回転する刃が、接した黒い地面をも削っていく。
『――――――!』
二人が近付いているのに気付き、対応しようとしたがもう遅い。溢れるばかりの魔素を纏ったそれぞれの刃が、奴の肌を斬り削ぐ。
相手の動きを鈍くさせ、ダメージを与えることに成功したが、こちらは本命ではない。
「デス花、銃構えて、二丁。私もマジカル・ガン慣れてないけど、加勢してフルで叩き込む」
「叩き込むって、どこにだ?」
疑問がまだ残っているだろうに、デス花はすぐさまもう一丁の銃を召還。それに合わせて私も弓を捨て、手元に。
「相手の胸。デス花、奴の注意が二人に強く向いた瞬間……それが撃つべき時。わかった?」
「おうよ」
『がァッ……!』
両足を攻撃されたあと、更に続く追撃を防ごうとする魔人。二人に視線を向け、手を伸ばそうとしたとき。
胸に。合計四十発の銃弾を叩き込む。
「「今!!」」
弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾
「オラッ! 心臓ぶち撒けやがれっ!」
繰り返される銃撃、何度も射出された光を帯びた弾丸。目をつい閉じてしまいそうになる程の光量だ。
全弾まともにヒットすればここまでの大きさの魔人でも一溜りないだろう。
だが、寸前のところで前方に固定魔法を張ることでガードされた。流石の威力で魔法陣に大きなヒビが入るが、それだけ。足への追撃は成功し切断する寸前まで抉ることに成功するも、銃での弾幕は無傷で防がれてしまった。
「クソたりィな……全弾放ってあいつ無傷かよ。もっかい撃つか?」
「いや、十分。さっきのは攻撃するためではなく、核の位置を探るためのもの。今のではっきりした」
「あ? どういうことだ?」
「あいつ、胸を優先して守った。自身の脚が切断されそうになっていたのに優先して……今のだけじゃない、私と一対一で戦っていたときも胸への攻撃は毎回必ず防御してた。それほど、胸は守りたいってこと」
「成程なァ、なら全員で核に全力叩き込んでやっか」
「うん。的確に、全力叩き込んでやる……!」
素早くステッキを振るいホログラムウィンドウを宙へ。チャットの箇所をタップ。指を的確に動かしてメッセージを作り、三人に送る。
『核は見つけた。これからは大詰め、すべてを終わらせる。皆、協力して』
マゼルリルの両脚を深く抉ることに成功し、ぺポと滅子は一度距離を取る。ついに切り落とそうかと構えたとき、マジカル・ステッキが青白く発光したのに気付く。
急いで確認。
『ペポは相手の両脚を落として。その後滅子は胸をチェンソーで削って核を露出させてほしい』
まずは脚を失わせ、起動力を大きく落とす。次に核を露わにすることで最後の一撃でしっかり仕留めきれるようにする。
『そうなれば奴は再生しようとする。そこにデス花がデカいの叩き込んで。完全に動けなくなった瞬間、私がすべてを終らせる』
「デカいのだァ? じゃあ狭い研究所じゃあ出せなかった最強の技、ぶっ放していいか?」
「今までやられた分、やり返してやって!」
届いたメッセージを確認したあと、ペポはホログラムウィンドウを削除、そしてステッキをホルダーに戻す。
自身の役割を把握し、彼女はフンと鼻を鳴らす。
「脚を切り落とす、それだけでいいのですか?」
口にし、左方に広げた青で刻まれた魔法陣にマジカルソードの刃を突っ込む。そして引き抜き、払うと大量の魔素が刃に宿り、大太刀程の大きさとなった剣となった。
「それだけではあまりに簡単」
呟き、前傾姿勢で駆け、跳び、敵の脚、深く刻まれた傷へダメ押し。
眩むような光を纏ったそのあまりに長い得物を
「ついでに頭まで落としてやってもいいのですが!」
振るい ―――――――――――――
―————————————— 一閃
弧を描くように放った斬撃により、その巨大な両脚は切断。
『グ、ガ……!』
「これは、お前に喰いものにされ死んでいった実験体達の分です」
体を支える大部分を失った魔人の体勢は大きく崩れ、地面に倒れ込む寸前で手を着く。膝だけで上手く立ち、上半身を起こし体を上へと向けたとき、既に迫っていた。
『——————!』
ちぇんそーの刃をフル回転させた滅子が魔人の胸へと目掛け、落ちる。
また魔法陣の階段を作り宙へと向かったのだ。恍惚とした表情でチェンソーを構える。
しかし魔人がそうはさせまいと青髪の魔法少女に対して左手を伸ばし、握り潰そうとした。
弱点の胸を狙って来ると察したのだろう。だが読めていた。マジカルボウを構え、矢を――――――
「引く必要はない」
聞こえてきた声。声の主の方へと見てみるとそこにいたのは、銀髪で背が私の胸程と小さく、紫と白が基調の装束を身に着けた魔法少女。
彼女が前方に魔法陣を複数設置し、それらから魔素で構築された鎖を発射。腕と首に巻き付く。引っ張ることで腕の動きを止め、体を後方ヘ逸らさせることに成功する。
天ヘ向けられた上半身、化け物の胸の上に滅子が着地。
「動きは私が止める……」
「君は……!」
「何も出来ないままで終わりたくないから!」
魔人の動きを止めたのは、研究所にいた085号。私達のために駆け付けて来てくれたようだ。
「今まで虐げてきた子に雁字搦めにされちゃって、ちょ〜哀れ」
チェンソーの刃を振り下ろし、全身の血や臓物まで引き摺り出す勢いで抉り抉り抉っていく。
「これは今もお前にこき使われていた実験体達の分! みんなが味わった痛みを思い知れ……悶え、苦しみ、絶望して死ねッ!」
―—————ギャリギャリ!
「あっはッ!」
―—————ギャリギャリギャリギャリ!!
「あッはハははッ!!」
―—————ギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリ!!!
「アっハハッアハはッははははっ!!!」
ギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリ!!!!!!
「あっはッ! あはッはハハハ!! あっはハハはははは!!!」
体内に刃全体を深く抉りこませ、落とす。多量に噴き出す血を浴び、宿敵を痛めつける悦びでハイになった滅子。頬を紅くし、口の端から涎まで垂らし、狂気の笑み。全身血塗れではあったが、この瞬間の滅子は間違いなく輝いていた。
胸に縦に一直線に伸びた傷を確認すると、こちらにウインクを送り、足裏で体表を蹴って距離を離す。
黒い地面に着地、と同時に宙に展開された複数の魔法陣は消え去ったのだった。
「あれは……!」
ぱっくり割れた傷から鼓動する何かが見えた。それは大きな果実にも似た形のもの、ドクンドクンと鼓動していてまるで心臓のようだ。
「おい、あれが核っつー奴だろ? すげェ! お前の言うとおりだったな!」
「デス花! 自分の役割、忘れてないよね!?」
「もちろんわかってるっての!」
どうやら既にステッキからセットしていたらしい、彼女の右腕に魔法陣が通過しギガントに変化。
「いいぜ。出せる限界、最大まで大きく、そして強くしたギガント……拝ませてやるよ!」
倍に倍に肥大化していく特殊戦闘兵装。二式から四式、四式から八式、八式から十六式、そこから更に大きく。
『グ、アアアアっ!』
「……っ!」
鎖によって暴れる魔人を何とか抑えていたが、相手はあれ程まで巨大な化け物だ。 ずっと相手の動きを止めていられるほどの力は無い、鎖は切断されてしまった。
が。
「十分だぜ、085号」
既にデス花は走り出していた。右手は更に肥大させた自動車程の大きさ、三十二式に。
「あとは任せろ! だから離れておけ、巻き込んじまうかもしれねェからなッ!」
「うん、お願い……!」
前方にピンクの魔法陣を展開、素早く中へ入る。そして現れたのは相手の頭上。ワープしたと同時に更に変形、六四式、一戸建ての家ほどまでに。
「喰らわせて……まともに動けなくしてやるよ」
そして、最大まで肥大。限界の百二十八式。ここまで来ると拳の域を超える。彼女の右腕に宿るのはまるでビル、それ程巨大。
「これは、てめェが散々好き勝って弄びやがった……オレ達の分だあああああああああああああああッッッ!!!!!!」
デス花の腹の中にあった、絶えず燃え滾るような怒りと憎しみが籠った叫びが、この辺りすべてに響く。
その拳はあまりに大きい故、振りかぶって殴りつけることはできない。だから、殴るのではなく落とす。とてつもない質量を持った右腕のそれを、自身が落下すると同時に化け物の頭に叩き落とした。
――――――――――――――――――
ビルと同程度の重さのものを相手に直接ぶつけた。それによって地響きが発生。
「――――――」
まるで隕石が地表に直撃したと思わせるような。
「――――――」
まるで巨大な地震が起きて周囲の建物が一斉に倒れたような。
「――――――」
そんな衝撃。およそ魔法少女が出していいレベルでない威力をまともにぶつけたのだった。喰らわせたあとはすぐさまギガントを消失。再度転移魔法を使うことで、離れた地面に両手両足を付けたのだった。
対して魔人は衝撃をまともに受け、仰向けとなって倒れたのだった。核を潰していないためまだ生きてはいるが、腕は碌に動かせず再生するような様子はない。
『…………』
「ギャッハ! どれだけ、どれだけこの瞬間を待ちわびたか……これ程までスカッとした瞬間はねェぜ! このままもっと殴ってやりてェところだが、ばけつ!」
「準備、できてるよ」
倒れた相手の核を上手く狙うため、デス花が転移魔法で自身をワープさせたように、私も近くのビルの頂上へ瞬間移動。
エアヤルルガを魔法陣を介して再召喚し、固定魔法で宙に留まらせつつ、呟き返す。
「これで、すべて決める」
一度目を閉じ、深呼吸。そして瞼を開けたと同時に、鼓動しつづける核を瞳に捉えた。
――――――お前は、何人もの人間を絶望の淵に叩き込んだ
指で拳銃を作り、グリップの前に存在する魔法陣に指を通す。
――――――何年も続いた苦しみ、そして悲しみ。全部、この手で終わらせる
すると体の全魔素が一極集中。指先、そして全身に電撃が纏う。
――――――自分の行いを、悔いて散れ
足の先から頭のてっぺんまで、滾るように熱く震える。力がみなぎっているのがわかる。奴を消し飛ばすためのエネルギーがこの身に。
――――――お前の内にある/傲慢/悪意/残虐/酷薄/狡猾/強欲/醜悪/虚無/すべてまとめて、真剣に狩ってやるッ!
そして
「真剣ッッッ! 狩るッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!」
放つ――――――――――――――――――
それは、一本の矢という域を超えていた。奴をこれで完全に仕留めるという強い意志から生まれた矢は、右半身を消し飛ばしたときのものよりも太くそして強力に成ったのだ。
辺り一帯を満たす光。訪れる轟音。
それを撃った衝撃に思わず瞼を閉じそうになるも、何とか耐え、そして見た。放出した波動砲が対象の核を消し飛ばす瞬間。それに留まらず、奴の腹や腕に脚までエアヤルルガの持つ圧倒的な力により塵となる様を。
核を消した、それ即ち魔人の絶命を指す。魔人の絶命、つまり、すべてが終わったということ。
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