第二十九話


『強力な武器、とは……?』

『君に授けるのは、戦闘特殊兵装というカテゴリーに属する武器だよ。聞いたことない?君の仲間の一人、デス花ちゃんが使っていたはずだけど』

『……もしかして、あの赤い機械の腕? ギガントって呼んでましたけど、あれがその戦闘特殊兵装、ってやつですか?』

 マジカルソードやマジカルガンといった一般的な武器である戦闘兵装は、過去に魔法少女について調べる際資料などでその存在を知った。

 けれど、デス花のギガントだけは全く記憶になかった。

『そう。戦闘特殊兵装ってのはね、言葉の通り特殊な武器。能力があったり、代償を伴う代わりに強力な一撃を放てたり。どれもただの戦闘兵装より大きな力を持っている』

 ギガントのサイズが肥大したり縮小するのは、戦闘特殊兵装だからこその能力なのだろうか。

『君の話によると、敵は強大な力を持っているのだったね。それに対抗するためにこっちも力を付けないと。特殊兵装は戦闘兵装と違って、特別な手続きを行わないと入手出来ない。だけれど特別に私が切崎ちゃんにプレゼントしてあげる』

 折神さんは言いつつ、いたずらな笑みを浮かべる。

 正直戦闘面で不安だったからその行為は有難い。

『ステッキ、持って来てるなら渡して。これも本当はダメなことだけど……こんな状況でそうも言ってられないからね』

『ポケットに入れたままにしていたのでちゃんと持って来てます』

『数分で終わるから、ここで待っていて』



 そう言って折神さんが部屋から出て行って十分ほど経った。いや五分だろうか。ここではビル外の様子が確認できない。もしかしたら既に奴の言う世界の蹂躙は始まっていて、滅茶苦茶になっているかと思うとそわそわしてしまう。

(支部内は静かだしそれはないと思うけど……でも)

 体が落ち着かない。部屋に居てと言われたのにも関わらず、廊下に出て辺りをぐるぐると歩き続ける。やがて五周したところで帰って来るのだった。

「切崎ちゃん? 何で廊下に出てるの?」

「す、すみません、思ったより戻ってくるまで長くて……ああいや! 別に愚痴とかそんなのではなくて!」

 つい文句みたいになってしまった。慌てて両手でバツを作り、首を横に振る。

「長かった? ステッキに特殊兵装のデータを送るのと、魔法少女達を招集するための連絡を何とか三分以内に終わらせたのだけど」

「え? 全然時間が経って……」

「成程。逸る気持ちはわかるよ。世界を破壊しうる魔人がいつどこで現れるかわからない、そんな状況だしね」

 折神さんは私のことを責めるようなことはせず、宥めるように言うのだった。

 まだ三分か。それほどしか時間が経っていなかったのに、十分だの五分だのなんて。随分焦ってしまっている。

 落ち着け私、心の中で何度かそう呟いた。

「取り合えずこれ、ステッキ」

「は、はい」

 渡されたものを受け取り、ポケットへとしまう。

「はあ、魔人が出現する時間や場所が分かれば楽なんだけどね。そうではない以上下手に動くことは出来ない。他の魔法少女が来るのを外で待っていながら、君に渡した戦闘特殊兵装の説明をしようか――――――」

 ――――――ズン……!

 突如、足元が揺れるほどの地響きが鳴る。

「っ!?」

「……まさか」

 おそらく地震ではない。折神さんと共に廊下を駆け、ビルの外へと向かった。ロビーを出て駐車場へ、駐車場から更に進み歩道へ。

 空が真っ黒に染まった今の時間帯でも通りの人は多く、皆先程の揺れに困惑していた。

『さっきの揺れ……何?』

『じ、地震か?』

 ざわざわと騒ぎが続く中、一部の人間はその存在に気付いていた。

『なんだ……あれ……』

 一人の男性が指を差したのは、悠々と立ちそびえるビル群の向こう側。そこには化け物の姿があった。全身純黒に変色した人型の何か。周囲に存在するビルより大きく、体長は五十メートルを越えているだろう。

 体の内側から肌を食い破るように蔓と花弁が生えていることから、おそらくあれが魔人。それもただのではなく、マゼルリルが姿を変えた強力な力を持つもの。

「切崎ちゃん……あれが君の言っていた?」

「……え、ええ、きっとそうです。貯めた魔素をマゼルリルが取り込んで変化したのかと」

「想像より、ずっとマズいことになるかもね。ここまで大きいとは……今までに確認された最大の魔獣を有に越えている」

 あまりに巨大な体躯を見て、折神さんは据えた目に。

 まさかもう来るなんて。私達が地上に戻されてから一時間も経っていないのに。

「あと数分で協会は大騒ぎになるだろうね。プランとしては呼んだ魔法少女みんなと合流するつもりだったけど、それは無理かな」

 折神さんがスーツの袖口を捲り、露わになったバングルへと人差し指を当てる。起動させ魔素を注入、懐からステッキを取り出した。

 変身する気だ。自分もそれにならい、ポケットに備えていたステッキを取り出した。そして展開した二つのホログラムウィンドウからそれぞれ魔法装束を選択。同時に手を上へ掲げることで魔法陣を出現。

 それらが降りてくると、制服とスーツが可愛らしくもあり格好いい戦闘服に変化する。

「ゆっくりと説明している暇もないようだ。あの化け物の元に向かいながら特殊兵装について教えるから、しっかり聞いて」

「は、はい……!」

 私達が変身している間、辺りの人は皆巨大な魔人に気付き始めていた。

 状況を察して逃げるもの、不思議がってスマホで撮影するものと反応は様々。マゼルリルはまだ目立った動きを見せていないが、本気で暴れ始めればこの辺りを焼け野原にすることも可能だろう。さっさと対処しないと。



 魔人が片手を突き出すと掌の前に魔法陣が現れ、その中央から魔素で出来た弾がいくつも発射され、周囲に着弾。

 そして次に太く長い豪腕を地面に叩きつけた。すると衝撃により地が大きく変形。

 ついに地上に現れた魔人、マゼルリルは出現から一分程経った後、ようやく動きを見せ始めた。その巨体で暴れ出し、辺りを一瞬で炎と煙で満たす。何度も地が揺れ、想像していた地獄絵図へとどんどん近付いていく。

 多様な店が並ぶ大通り。周囲の人間は生命の危機に気付き、魔人から逃げるように走る。私達二人は彼らと逆の方へ。

「このままじゃとんでもない程の被害が出る。倒して止めないと……!」

「あんなに暴れちゃってねえ、修復魔法で治すのそんな簡単じゃないんだけれど」

 奴との距離は近付けている。二人で攻撃し注意はこちらに向け、街への被害を抑えるべきか。

 そう思って駆ける速度を上げたのだが。

「――――――!?」

 異変に気付いた。奴を囲うよう上空にポツポツと出現するピンクの魔法陣、そこから人程の大きさの黒い影が這い出るように現れた。

 地上に降り注ぐ何十の影、その内の三つが目の前に落ちて来る。腹から着地したあと、蠢くように立ち上がり歩き始めるのだった。

「これも、魔人? なら、もしかして……!?」

「成程。自分の元に向かわせないよう、雑魚も用意していたってわけか。さっさと片付けるべきだね」

 相手を見るなり、折神さんはマジカルステッキを腰横のホルダーから抜く。戦闘態勢へと入るのを見て手で静止させた。

「待ってください……! あの魔人達、正体はおそらく自我を失った子供達です」

「子供? ……そういえば君の話にも出ていたね、マゼルリルとやらに捕らえられていた少年達。あれがそうだと言うんだね」

 巨大なタンクが特徴の部屋で、鉄格子に入れられていた何人もの子供達。彼らを魔人に変え、手駒として地上に送り込んできたのだ。

 どこまでも非道な奴。

「だったら殺さずに捕らえるべきか。人が魔素に取り憑かれた場合、魔法少女が魔素を吸い出すことで助けられる。けど、あそこまで体が変質した人間が元に戻るという確証はないよ」

「だとしても、助かる可能性が少しでもあるというのなら、殺すべきではありません」

 彼らも助けてみせる。たとえ確率がどれほど低くても。

『――――――』

 言葉を話さない彼らは、こちらを見つめ亡霊のようにゆったりとした足取りで迫って来る。無視すれば逃げ惑う市民を襲うだろうし、対処は必至。かといって暴れているマゼルリルを放置するわけにもいかない。

「今は両方対処しなければならない状況、ここは二手に別れる方がいいでしょう。折神さん、三人をお願いします。私があの魔人を倒しに行くので」

「君が? はっきり言って君が一人であのデカブツを相手するより、私向かった方が効率的だと思うけど」

 魔法少女になって一週間も経たない程の者と私が子供の頃から戦っていた者、大きな経験の差がある。きっぱり言う折神さんをよそに、魔人一人がこちらに手を向けた。

『……タ、ケ……テ』

 浮かんだ魔法陣から魔素でできた弾が発射。こちらに向かって一直線に飛んでくるそれを、固定魔法を前方に展開してガード。

「我儘場面ではないことはわかっています。けれど、私に行かせてください!三人をクズだと蔑んだあいつを……私がぶっ殺さないといけないんです!」

「ふゥん……」

「それに私は一人ではありません。三人は必ず私のことを守りに来てくれます……!」

 目を向け、はっきりと声に出す。

 すると折神さんは私の目を見て口角を上げるのだった。

「今の目、そっくりだ……似ている」

「……似てる? 誰にですか?」

 ふふっ、と声を上げて笑い、答えを返す。

「昔の自分だよ。その真っすぐで何も知らない純粋な目が、ずっと前の私に似ている」

「……えっと、どういう……」

「今無駄話をしている場合じゃないでしょ。私はここの魔人、君はマゼルリルの対処。早く行かないと辺りのビル全部薙ぎ倒されちゃうよ」

「……は、はい!」

 その言葉は気になるけれど、今追求するべきではない。

 視線の対象を折神さんから未だ暴れ続ける魔人へと戻し、走り出す。三体の魔人の横を通り過ぎ一直線に。

 彼らが反応し攻撃を仕掛けてくるも、それより先に折神さんは私に追い付き、間へ割り込むようにして敵の魔弾を防ぐ。

「君のことは嫌い。目を見ているだけで昔のことを思い出してしまうから」

 遠ざかる私に向け静かに、けれどはっきりと呟いた。

 ――――――でも、それと同時に……応援しているよ。

 全力で走っている最中だったため微かだったが、確かにそんなメッセージが耳に届いた。

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