第九話
「デス花が言ってた場所って、ここだよね」
「へ~、おあつらえ向きって感じ~!」
あれからデス花は、マジカルステッキに搭載されたマップ機能から匂いがするという地点をマーク。私達三人はそこへと向かった。
辿り着いたのは街から外れた廃工場だ。並んだ倉庫や横たわった梯子なんかは錆びていて、もう何年も使われていないのがわかる。
民間人は寄りつかないだろうから戦いに専念できるし、ダークな雰囲気は戦場にピッタリだ。
「デス花にチャットで連絡しておきましょうか。目的地についたこと」
ぺポは言葉の後、自身の携帯していたステッキを手にした。辺りに無駄な障害物の無い開けた場所でウィンドウを開き、滅子と私はそれを脇から眺める。
『チャット』の箇所をタッチすると、チミドロフィーバーズら三人のチャット欄が開かれ、指先で素早くメッセージを作りそれを送信。
『目的地に着きました。匂いはまだしますか?』
『おう。だがまだ小せえ』
ピロンという軽快な音がし、短文が返ってきた。
『オレの鼻は完璧じゃねえ、あと何分で出現するかまでは予測は出来ねえが……少なくともすぐではないのは確かだ』
『了解しました』
本人は完璧ではないというが、遠隔から正確に位置を特定できる嗅覚を持っているというだけで十分だと思う。
ぺポは宙のホログラムを消去させ、私と滅子の方へ向き直る。
「魔獣が出現するまで少し時間があります。新人に軽い教育を施してやりましょうか」
「きょ、教育……ヘンなことじゃないよね……」
「はあ? あなたも頭ピンクなのですか? 魔獣を倒したとはいえ、まだまだあなたは経験不足。戦闘で使える知識を聞き、これからぺポ達が闘う姿をよく観察することでまともに戦えるようになってもらいます」
私より少し下の目線から、ジトっとした目を向けて額を突っついてきた。口を開けば淫語を放つ彼女のことだ。ヘンな意味での教育かと思ってしまった。
ぺポはあからさまな深い溜息を吐き、背を向けた。
「さっさと変身しやがれ下さい。話はそれからです」
「は~い」
ステッキは携帯してあり、既にバングルも腕に巻いている。必要になると思って登校する前にバックへ入れておいたのだ。
ぺポと滅子がバングルの中心をタッチ。それに続く。触れると同時に針が飛び出し、体内に魔素が流れ込んでくるのだった。
「うっ……」
相変わらず不快だ。この感触、しばらく慣れないだろうな。
(魔素を注入したあとは……魔法装束を召還)
手順は前やったときに覚えた。素早く行い、着ていた服を光に包ませ魔法少女のそれへと変化させる。
青と黄、そして黒。特徴的な衣装をそれぞれ纏い、退廃的な場所には合わない煌びやかな姿で立つ。
「この恰好、いつ見てもクールでキュート。改めて感動……」
「まず教えるのは魔法少女の基礎、魔法の種類についてです」
言葉のあと、ペポは人差し指を立てながら辺りを八の字に歩き回りだした。
「魔法は大きく分けて四つの種類に分けられます。ピンクの魔法陣が特徴の転移魔法、戦闘中に武器や魔法装束を召喚する際によく使われます」
「ピンクの魔法陣……そういえば、魔獣が出現するときもあった……」
「遠隔から転移魔法を介して、街中に出現させているのでしょうね。そして次に放出魔法、青の魔法陣が目印です。この魔法は名の通り、自身の魔素を弾やビームにして放出する魔法。武器を介さずとも魔獣に攻撃できます」
立ち止まったかと思えば、ペポは手の平をこちらに向け、極小の青の魔法陣を生成した。その中心からビー玉より小さい光の弾が発射され、私の頬に命中。
「いてっ……!」
びっくりしてついそう口にしてしまったけれど、実際は痛みなどなかった。人に魔素の攻撃は通りにくいし、単純に威力が抑えられたものだったから。
「そして固定魔法。橙色の魔法陣が特徴で、他と違い魔法陣が生成された場に物質として留まります。足場として使っていたのを覚えているでしょう?」
蜘蛛の魔獣に襲われた際、彼女らは空中に展開された魔法陣から降りてきた。そのときに使用していたのも固定魔法か。
敵の攻撃を防ぐ手段と合わせて二つの役割があるらしい。
「そして最後、修復魔法です。緑の魔法陣のそれは、対象を記憶していたときのものへと戻す魔法です。魔獣に破壊されたものを治すときに主に使います」
「へ〜! いっぱい種類があるんだ、面白ーい!」
感心する滅子を尻目に、ペポは教育をまだ続ける。
「ちなみに魔法が明確に分けられたのは、戦闘中に魔法を的確に使用するためだそうです。魔法は心と密接に繋がっている。魔法に対し曖昧な認識を持ったままだと、戦闘中咄嗟に使用した際にブレが出る。しかしきちんと定義することで、頭の中で浮かべやすくなるのです」
「確かに私が初戦で魔法使ったとき、事前にデス花の魔法を見ていたからすんなりイメージ出来た……」
「ありがと、ペポりん! べんきょーになった!」
「……ずっと気になっていたのですが、何故滅子も教わる側に回っているのですか? 長年戦っているでしょう」
「だっていっつも雰囲気で戦ってたもん。知らないことばっかだった!」
「はぁ……脳筋はこれだから困ります。……ん? どうやらお出ましみたいですね」
ある地点を冷えた瞳で見据えるペポ。同じ箇所へ私と滅子は向くと、地面には魔獣が出現するサインが。ある男が飼っている魔法少女とやらが、この廃工場の地に展延させたピンクの魔法陣。
それが三つ。
「来た、魔獣! まさか三体も⁉」
黒泥が広がり、這い出るように出現したのは犬の魔獣だった。大きさは一般車より一回り大きい程度と、今まで接敵した魔獣と比べてパッとしない。
けれど鋭く尖った牙や爪は本物だ。人体になんて簡単に引き裂けるだろう。それが三体いるのだから一般人が奴らに遭遇すれば、間違いなく無事では済まない。
「んひひ、いっぱい斬れて楽しそう……! でも〜、今回はちょっと控えないとね。ぺポ輪、二体引き付けるから……よろぴく!」
「分かりました」
滅子はウインクしたあと、走り出す。そして立つのは、私らとも魔獣とも離れた場所。
両手をバッと広げ、青の魔法陣を二つ展開。それらから魔弾を一つずつ飛ばし、三体いる内の二体の脳天に命中。
――――――ガあっ! ……グルルルルっ……
滅子が放った放出魔法は、僅かに犬の魔獣を揺らす。が、それだけ。
化け物二体は怒りを露にし、滅子のターゲットにし疾走し始めた。
「ウチと一緒に遊ぼっ! ワンちゃん達!」
向かって来る大口二つをひらりと躱し、そして背を化け物共に見せながら全力ダッシュ。
廃工場の奥に存在する大倉庫へと逃げる滅子、彼女を追う二体。
「鬼ごっこだ~、あっははッ!」
「⁉ 滅子が勝手に動いて……! 追いかけないと!」
「勝手……むしろ上手く誘導してくれたように見えましたが? それより目の前に集中しなさい」
残された一体の魔獣、様子を見てから他二体の元へ続こうとする。
しかしそれより先にペポが、さっきと滅子が行ったのと同じように魔素で練った弾をぶつけ、ヘイトをこちらに移す。
「機会を与えてくれたのです、あなたが成長するための」
「機会……?」
「魔獣との戦闘の経験を積み、チミドロフィーバーズの一員としてまともに戦えるようになってもらいます。今のままだと守りたいものも守ることができないでしょう」
(守りたいものも……守ることができない……)
ふと、五年前のことが頭の隅に過った。
(私も早く一人前の魔法少女になって、魔獣の被害を防がないと!)
そのために、まずは目の前の敵を倒す。滅子もぺポもタイマンし成長するための機会を与えてくれたのだ。
決意し、目を伏せて相手を見据える。
ステッキを手にして、ホログラムを呼び出し、武器を召還。
今回選んだのは戦闘兵装――――――マジカル・ソード。近接系の一般的な兵装だ。
「そのために……!」
一般的故に使い方は既知。
黒がメインの全長八十センチ程の剣だが、鋭い刃は備わってなくそのままでは斬ることはできない。けれど魔法少女が刀身を撫でると、刃に魔素で形成された電撃が迸るのだ。
無機質な印象は失せ、鮮やかに光輝くようになったマジカルソードを構えて走り出す。イメージするのは魔獣を倒す自分。
「っ⁉ 何飛び出してやがりますか……!」
「はぁっ!」
正面から向かっていき、跳躍。思い切り振り上げ、そして相手の脳天目掛けて刃を落とす。
捕えた――――――!
そう思った瞬間、相手はすぐさま身を引いた。空振りし、体勢を崩してしまう。
「⁉」
魔獣は隙を見つけると、最接近しその爪を私の顔へと伸ばしてくるのだった。反射的に身を逸らしたが、鋭い爪先は頬を掠める。
「馬鹿……!」
仰向けに倒れ、背を打つ私。避ける間もなく防ぐ間もなく、手負いの私に噛みつきによる追撃が迫る。
(このままじゃ、死――――――!)
――――――ダダダダダッ!
「速く下がりなさいッ!」
攻撃前に割り込む五つの銃弾、魔獣の顔面にヒットさせ強く怯ませる。ぺポの方へ視線を預ければマジカル・ガンを構えつつ、舌打ちする彼女の姿が。彼女の指示に従い、急いでぺポの背後へ。
「あなたが成長するための機会といいましたが、何も戦えとは言っていないでしょう。先に告げたはずですが……ぺポ達の戦いを見て学べと。強靭な精神を持つことでそれに見合った力が手に入るのは確か。だがそれだけではダメ、動き方というものがあります」
「ご、ごめん……」
「滅子もそのために二体を誘導したのですよ。三対三ではまともに動きを見て観察など出来ないでしょう? 彼女は馬鹿で脳筋でサイコでお馬鹿ですが、脳無しではありません。あとでその頬は治してあげますので」
「頬?」
右頬に軽く触れてみると、ぬるりとした生温かい感触が伝わる。指を見てみればそこに付着していた血、怪我を自覚すると共にぢくりとした痛みが走った。
「っ……」
「そこで座ってぺポの動きを見ていなさい。ハァハァと息を荒くしながら、股でも濡らしながら」
彼女は手にしていたマジカル・ガンを宙高くに放った。すると地面に着地する寸前で現れた魔法陣を通過し、消失。代わりに召還したのは私も使用したマジカル・ソード。
刀身に軽く触れ、その状態で強く払うことで、刃は光瞬く。
――――――グルルっ、ガあッッ!
ダメージから回復し、じっとこちらの様子を伺っていた魔獣。ぺポの殺気を感じたのか吠える。
「犬の癖に奇怪な声で鳴きやがる。犬は犬らしくヘコへコ腰を振って、キャンキャン喘いでいればいいのですよ」
下ネタを絡めた罵倒を残し、魔獣に向かって目にもとまらぬ速さで接近。瞬きする間、既に相手の懐に入り込んでいた。
狙いは足、刃を振るう。一撃二撃と両の前足を強く斬り付けることに成功。足元に攻撃を受けたことで血が噴き出し、魔獣は体をぐらつかせ、その状態で繰り出す噛みつきも容易く躱されてしまう。
「魔獣との戦闘では、まず相手の動きを潰すことが重要です……こんな風に」
そのまま流れるように後ろ足にも斬撃。更に自由を奪う。
(四つ足全部切り裂いた……魔獣の動きも見るからに鈍くなっている)
攻撃を受けた魔獣がぺポに迫り爪を振るも、簡単に距離をとられてしまった。
――――――ぎッ……!
「そして、真に狙うは魔獣の弱点。魔獣の心臓とも言える『核』を探し、狙う」
荒い息を吐き怒りが頂点にまで高まった魔獣が、離れたぺポを狙って一直線に駆け抜ける。が、そのスピードは決して速くない。新たに武器を創り出すことができるほどに。
ぺポは敵に目を向けながら、右手を広げて大きな青の魔法陣を展開。自身の体長以上の魔法陣に手をかざし、吸い寄せるようにするとそれが出現した。
槍。表面すべて光で覆われている上に放出魔法を使っていたことから、おそらく戦闘兵装の類ではなく魔素で練られたもの。単に魔素を飛ばして攻撃するだけでなく、形作って即席の武器にすることも可能らしい。
太さは鉄パイプより一回り程大きく、長さも二メートルどころでない魔槍。
「感謝してください雌犬」
次の狙いは足ではなく、噛みつこうと広げている大口。槍を強く引き、構える。
「アナ、二つに増やしてあげます」
鋭い牙が届く直前、投擲。巨大な光の槍は魔獣の体をいとも簡単に貫いた。体内を突き抜けてもなお進み続け、その先にあった倉庫の壁にぶち当たる。
そして光の粒子となって消失。魔獣はその身を横へ。
――――――ガ、あ……
魔法少女の力を持ってしても確実に勝てるとはいかないのに。一分経たず、怪我一つすらなく倒して見せた。
「ハッ、あっさりイきやがって」
「あんな、簡単に…………」
「魔獣には核というものが存在します。そこを上手く狙えさえすればそう難しくはありません。その位置を探るとなると面倒に思えますが、体丸ごと貫けば良いのです。そんなの関係無くゴリ押しで潰し切る馬鹿もいますが」
圧倒され見ているだけしかできなかった私にぺポは寄る。こちらに近付き、私の手を見る。
「震えていますね。大丈夫です、すぐ治します」
「……え?」
言われて気付く、自身の体が小刻みに震えていることに。
ぺポは痛みで震えているのだと思ったのだろうが、きっと違う。
(死を感じたからだ……)
魔獣の追撃を喰らいそうになったとき、殺されると思った。そこで再確認した、自分が立っているのは戦場だということを。
学校で魔獣を倒したことにより、軽い考えで向かって行ってしまった。人体などいとも簡単に真っ二つにできる化け物を甘く見ていた。
「じっとしてなさい、今傷を治します」
私の前でしゃがみ、頬に付けられた切り傷の前に緑の魔法陣を作る。ぺポはその中心に指を通しつつ、私の傷を一直線に撫でる。すると同時、スッと痛みが消えるのだった。
「修復魔法? 痛みが、もう……」
「『相手の受けた傷を修復する』……そう思いながら触れることで、怪我を回復させることができるという応用の魔法です。とはいえ大きな傷を瞬時に治すには、それに見合った意思の強さが必要。まあこの程度なら、傷はもう閉じたでしょう」
何とか震える足で立ち上がり、倒した魔獣へ目を向ける。すっかり事切れた化け物。爪先さえ動かなくなった死体の下に、出現するときと同じ魔法陣が存在した。
そしてその中心に死体は沈んでいく。
「あれは……? 死体が、消えていく?」
「魔獣を出現させ、死んだら回収するようです。アジトでも言いましたが、何故このようなことを行っているのかはぺポ達でも分かりません。奴が黒幕で暴れている……ということはわかっていますが、居場所はまだ不明。現状奴の元へと辿り着くことは出来ず、現れる魔獣を倒すことしか出来てない」
その男の居場所がわかっているのなら、とっくに向かっているだろう。そうしないということは、そういうこと。
今はまだ情報を探っている段階なのだ。
「さて、滅子の元に行きましょうか。あの女なら心配要らないと思いますが、一応速く」
「う、うん、わかった」
開けた場所から、多くの倉庫で混雑する奥へ。滅子と魔獣二体がいるであろう倉庫に急ぐ中、異音が耳に届く。
――――――ブウウウゥゥゥゥゥンンン!
「チェンソーの駆動音、既に戦っているようです」
目的地に辿り着くと同時、強く感じる鼻を突き刺すような血の匂い。そして視界を彩る赫。開かれた大扉から入ると、倉庫の中央に一体の魔獣のバラバラ死体が落ちているのを発見する。
頭も手も足も胴も綺麗に切断されていて、広がる血と合わせて悪趣味なアートに思えた。
「うわっ、ひどい……」
そしてデザインした張本人は血の海に近付き、膝を下ろす。
汚れることなど気にせず、その中の僅かをすくった。そしてそれを舌先で舐めとり、悦に浸るのだった。
「んひひ……この味、マジしゅきぴ……」
「め、滅子?」
血を啜り頬を染める彼女は、同年代の少女の振る舞いとあまりに乖離していた。そんなマジカルサイコパスに近付く黒い影。
体中チェーンソーで斬られ、あちこちから血を流す残りの一体の魔獣が、ふらふらとした足で攻める。
――――――ギ、がっ……!
「あれあれ? まだもう一匹残ってたんだっけ~?」
まだ息があるのを確認すると、口角を上げる。近くに転がったまま放置していた真剣狩る☆ちぇんそーを手にし、立ち上がった。
「なら、もう一回遊べるねッ! 真剣ッ狩るッッッ!!!!」
そのチェーンソーにスターターはない。本体を魔法陣を介しつつ触れることで光の線が伸び、それを強く引くことで起動する。魔素が乗った高速で回転する刃は、分厚い皮膚だろうがいとも簡単に切り裂く。
「あっはッ‼ あはははッあッははははハハハッ‼」
――――――ギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリ!!!!!!
猛スピードで近付き、呆気に取られる魔獣の顔に刃を通す。
血飛沫。駆動音。むせ返りそうになる悪臭。圧倒されている間に、相手の体は縦に真っ二つに裂かれていた。
「んひひ、最ッ高にグロくてエグくて気持ちいぃ~……んんっ? ペポに……ばけちー!」
歪んだハートの瞳を宿した艶めかしい表情が、一転して無邪気な笑顔に変わる。走り出してこちらに近付き、私の傷を目にする。
「! ほっぺたに血っ⁉舐めて治さないと!」
「……な、舐めて?」
「んひひ、間違えちった。てへぺろりんごん♪」
首をあざとく傾げて、舌を出す。
「傷は治し、魔獣は既に倒しています。あとは帰るだけです」
「おっけ~! ばけちー、色々学べた?」
「う、うん……色々とね」
戦闘方法だけじゃない。
魔法少女は死と隣合わせということも。
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