11話 命の終わりについて

「魔力の残滓なんて感知できるんですか? ウェナ、初めて知りました」


 ぐつぐつと泡を立てる鍋に、粉末状にした根を入れながらウェナは言った。デスは傍らの紙に目を落としながら返す。


「できねーよ、んなこと。わかるのはその場で漂う魔力だけ。私がクソガキん中のクソガキに気づけなかったのがいい証拠だろ?」

「じゃあ嘘ついたんですね」

「そうだよ嘘ついたんだよ。どうせ魔女以外にゃ真偽はわかんねーんだ。ハッタリは通した者勝ちよ」


 くすりとウェナは微笑んだ。


「魔女様らしいです」

「おう。……ん、それ褒めてるよね? 褒めてくれてんだよね?」

「かっこよかったですよ」

「んおぉ……おぉう……でっしょ~」


 明後日の方を向くデスに、くすくすとウェナは笑う。窓の外の森はちょうど夕焼けが差し込んで、燃えるように真っ赤に染まっていた。朝から降り続いていた雨はすっかり止んでいた。


「最初から村長さんを疑ってたんですか?」

「いいや。ただ気に入らなかった。どんな関係であれ、人様の子に手を上げるヤツがマトモとは思えねーよ」

「魔女様……その優しさをもっと表にすれば、人付き合いも上手くいくのでは」

「人付き合いなんざ考えてど~する。どうせ一期一会、百年後にはいないんだ」

「偏屈なんですから、もう。でも、ウェナは知ってますよ。ウェナだけは知ってますよ。本当は魔女様がとっても優しい人だってこと」

「ウェナだけで充分だよ」


 木の枝で鍋の中の液体をかき混ぜる。薄赤色だった液体が次第に緑を帯びてくる。あとなぜか静電気のようなパチパチという音が立ちはじめる。


「ウェナ、好きな数字」

「そのフィーリングで材料決めるのやめましょうよ。だから失敗するんですよ」

「こういうのは偶然の産物が傑作を生み出すんだよ。ほら」

「じゃあ……十一で」


 うし、とクルミに似た木の実を十一個、惜しげもなく投入する。パチパチ音が静まる。


「お、見ろ、いい感じだぞ! 久々の成功だ! ウェナ、おい……」


 デスが顔を上げると、ウェナは目の前から消えていた。いつの間にかソファに座り込み、眠そうに目を擦っている。


「ああ」デスは鍋の前から離れ、ウェナのもとへ向かった。「今日の分、やっておこうか」


 抱き上げられたウェナはほとんど落ちた瞼を何とか開いて、デスを見上げる。


「うれしいです。今日も……ウェナを生かしてくれるんですね」

「生意気な子ほど可愛いってな」


 デスは少女の息の根が止まる前に唇を重ねた。ふー、と少女の中へ命の息吹を送り込む。


 そうして今日も、少女の寿命は一日延ばされた。


「ぷっは!」


 ウェナは猛然と飛び起きると、デスの腕からぴょんと飛び降りて鍋の様子を見に行く。


「魔女様、これ成功じゃないです! 底で焦げついてるだけです! かき混ぜないと実が固化してアッツアツの爆弾が出来上がります!」

「なにぃ!?」

「たぶんもう遅──」


 その日、森に凄まじい爆発音が鳴り響いたが、それを聞いたのは木々で翼を伸ばしていた小鳥たちだけだった。


 バサバサとあちこちでいっせいに飛び立つ羽音を聞きながら、


「あっ………………ぶねぇ~」


 デスは汗を拭った。正面には丸く押し込められた液体の塊。一滴も溢れることなく宙に浮いている。


「……どうしよ、これ」

「地面に撒いておけば動物たちが食べると思います」


 ふよよよ~と塊を外に運びだし、離れたところでリリースする。ばっしゃんと森の木々が濡れた。ウェナは安心したように胸を撫で下ろす。


「魔女様からいただいた命、さっそく無駄になるところでした」

「わかってたなら鍋に近づかんでくれ……寿命は一日しか渡せないんだから」


 契約は魔女の力を強くする。契約者が大きなものを捧げれば、それだけ魔法も強力になる。


 ウェナは己の存在を、デスに捧げていた。


 一日に一度、一日分の寿命を渡す。そういう契約で──ウェナは納得して──デスと共にいる。

 その小さな体の寿命は、本来とうに尽きている。すでに入れ物は空のはず。そこにデスが一日分だけ寿命を注ぐ。そうして、彼女は今日も生きている。

 デスの気分が変わって寿命を渡さなければ、翌日には死ぬ。それでいいとウェナは納得している。


「魔女様のお役に立つことが、ウェナの命の意味ですから」


 朗らかに笑うウェナの頬を両サイドから揉む。


「命の使い方は人それぞれ……とは言うけどな」


 それでも、私欲のために命を悪戯に消費してしまったあの老人のようにはなってほしくない。

 せめて、彼女が納得できるように終わってほしいと、デスは想う。彼女が己の人生を誇れるような、そんな生涯であればと。


 デスは空になったウェナの魂、その底に一日分だけ溜まった命の光に目を細め、「飯作るか」と調理場に向かった。


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