雨が、降っていた。

　王都の頭上を幾重にも覆い隠す鉛色の雲が、静かに雨を降り注がせていた。

　まるで彼女の想いを投影するかのようであったが、しかしそれは涙などではない。

　彼女は、悲しみを感じているわけではなかった。

　レオンガンドの凱旋（がいせん）以来、だれもが想像しなかったほどの喧騒（けんそう）に包まれていた《市街》だったが、今は、連日のお祭り騒ぎが一夜の夢か白昼（はくちゅう）の幻だったかのように静まり返っていた。

　雨の中、露店や屋台が通りを賑わすこともない。

　街中を出歩いている人っ子一人見当たらないのではないか。

　しかし、《市街》が沈黙したのは、この静かな雨が原因ではなかった。

　皇魔（おうま）がマルス区に現れ、武装召喚師たちによって殲滅（せんめつ）されたという話が、様々な尾ひれをつけながら急速に広まっていったのだ。

　情報の拡散を抑え切れなかった理由のひとつに、皇魔の死体があまりにも多く、処理するために人員を大量に動かさなければならなかったこともあるが、なにより、破壊の爪痕の巨大さにこそあっただろう。

　隠すにも隠し切れなかったのだ。

　ただの人間には作りえない破壊跡は、武装召喚師か化け物、あるいは双方の激突によるものとしか考えられなかった。

　そうして導き出された結論によって、王都の安全神話が崩れ去ったのではないか、と、市民が恐怖と不安に駆り立てられるのも自然の成り行きには違いない。

　やがてガンディオン全土が静寂に包まれたのも、その結果だ。

「嫌な雨ね」

　ファリアの今日の第一声が、それだった。

　別段、なにかを想ったわけではない。

　ただ窓の向こう側に広がる庭園のどこか寂しげな印象が、この沈黙を強いるような雨にあるのだとしたら、嫌なものだと考えただけに過ぎなかった。

　手入れの行き届いた庭園には、小さな噴水や多彩な花壇があり、職人技を発揮された彫像などとともにこの屋敷を権威付けるかのようだった。

　王都でも有数の権力者の邸宅なのだから、当然といえば当然だ。

「雨はお嫌いですか？」

「そうね。眺める分には構わないけれど、雨の中を歩くのは嫌いなのよ。傘を差していても濡れてしまうもの」

　背後からの問いかけに淡々とした口調で返事をすると、彼女は、窓の外から室内に視線を戻した。

　応接室の広い空間、そのちょうど中心に設けられた向かい合わせの長椅子に、ルウファ=バルガザールが所在無げに腰かけていた。長椅子が囲んでいるテーブルの上には、高級そうなティーセットが置かれている。

「雨は雑音を消してくれますよ」

　ルウファの何気ない一言に、彼女は、息を止めた。

　温室育ちの貴公子にしか見えない青年だったが、その瞳の奥に微かに揺らめく影を見たのだ。もっとも、その淡い影はふとした瞬間には消えて失せ、普段通りの軽やかな光が宿るのだが。

「……あなたも苦労しているのね」

「あなたほどじゃないですよ。リョハンの戦女神（いくさめがみ）の名を継ぐなんて、おれには耐えられません」

　ルウファが、苦笑する。

「実際、おれはバルガザールの家名（かめい）の重圧から逃げ出しましたから」

「それで武装召喚師に？」

「ええ。それでも結局この家に戻ってきてしまうんですよ。武装召喚師として独立したにも関わらず、ね」

　自嘲（じちょう）気味に微笑する青年に、ファリアは、どういう表情を返せばいいのか考えなければならなかった。

　彼の言いたいことは理解できる。

　血の縁（えにし）。

　逃れようのない宿業（しゅくごう）というものなのかもしれない。

　どれだけ忌避（きひ）しようとも、どれだけ拒絶しようとも、結局は、その重圧の渦の中に飛び込んでしまうしかないのだ。

　そういう世界だ。

　みずからの生まれや身分によって、辿るべき人生を決定付けられてしまう。

　平民には平民の、貴族には貴族の、王には王の役目があるように。

　ファリアであれ、ルウファであれ、同じことだ。

　それぞれに生まれ持った使命があり、そのさだめを拒絶することなどできない。

　みずからの想う通りに生き、想い通りに死ぬことができるものが、この世界にどれだけいるのだろうか。

　稀有（けう）な才能を持っていようと、秀でた能力があろうとも、自由には振舞えない。

　いや、むしろそういった突出した部分に引き摺られてしまう。

　では、セツナは、と、ファリアは考えてしまう。

（セツナは……どうなのかしら？）

　ファリアは、脳裏（のうり）に浮かんだ少年のことを想った。

　アズマリア＝アルテマックスにより異世界から召喚されたという少年。

　一見するとどこにでもいそうな少年に過ぎないのだが、しかし彼は、黒き矛を召喚することにより一騎当千（いっきとうせん）の猛者（もさ）となった。

　その戦いの凄まじさたるや、異世界の化け物と比べても遜色（そんしょく）はなく、味方であるはずの兵士の間からも、彼のことを恐れるものが現れるほどだった。

　皇魔と同じ化け物――といったのは、彼を召喚した張本人だが。

　確かに、化け物染みた強さではある。

　その強さのひとつが彼の召喚武装（しょうかんぶそう）の黒き矛であり、セツナが術式（じゅつしき）を用いずに武装を召喚するという異能もまた、彼の強さを助長していた。

　どのような窮地（きゅうち）に陥っても、即座に黒き矛を召喚してしまえば、たちまち形勢は逆転するだろう。

　術式を必要とするファリアやルウファのような、一般的な武装召喚師では、そうはいかない。

　それだけの力を持つセツナは、これからどうなるというのか。

　彼ならば、みずからの意志の赴（おもむ）くままに進むという生き方もできるかもしれない。

　黒き矛の圧倒的な力に物を言わせれば、自由を勝ち取ることも夢ではないだろう。

　しかし、とも、ファリアは考える。

　彼の力は、まだ萌芽（ほうが）に過ぎないのではないか、と。

　バルサー平原の戦いが初陣だったというように、彼にはあらゆる面において経験が足りなかった。

　なにより、力を全く使いこなせていない。

　現状のセツナならば、戦いようによってはファリアでも勝つことができるだろう。距離を取って雷撃を放ち続ければ、それだけで一方的に打ち負かすことも不可能ではあるまい。

　けれども、彼と黒き矛の力が、その才能が大輪の花と咲いた暁には、だれひとりとして彼を止めることはできなくなる――そんな予感が、ファリアの中にあった。

　それは不安などではない。

　むしろ、期待しているのだろう。

　彼の中にある無限に等しい可能性に。

「あなたには帰るべき場所があった。そういうことでしょう？」

「ええ。そうなりますね。そして、それでよかったと思っています」

「わたしもよ。帰るべき場所があるということは素晴らしいことなのよ。きっとね。でも、彼には、ないのよ」

　ルウファと会話しながらも、ファリアの頭の中を渦巻くのは、セツナのことだけだった。

　いまはそれ以外に考えられないのだ。

　自分の置かれている立場や状況など、二の次にならざるを得ない。

　なぜならば、ファリアには彼女を護ってくれるものがいくらでもあるからだ。

　それは《大陸召喚師協会》という組織であり、彼女のファリア・ベルファリアという名もまた、彼女をあらゆる権力から護ってくれるに違いなかった。

　しかし、彼にはそれがない。

　セツナには、後ろ盾がないのだ。

　アズマリアという名は、ファリアやレオンガンドの興味を惹（ひ）くという点に関しては十二分過ぎるほどの力を発揮したものの、彼の立場を確固たるものにするという点では、及第点にすら届かなかった。

　そして、彼がアズマリアの関係者ではあるものの、弟子ではないとわかった以上、その価値はさらに下がったと見るべきだろう。

　もちろん、いまの彼に価値もないわけがない。

　むしろ、価値しかない、といっても言い過ぎではあるまい。

　黒き矛の存在がある限り、黒き矛の使い手である限り、彼の命は保障されるはずだ。

　少なくとも、命だけは。

「セツナにですか？」

「あるとしても、みずから望んで帰ることなんてできないでしょう？　世界は隔絶されているもの。自由に行き来なんてできるはずがない」

　それを可能にするのが、アズマリアの〈門〉なのであろう。

　ゲートオブヴァーミリオン。

　その忌まわしき名は、彼女の耳朶（じだ）に、鼓膜（こまく）に、脳髄（のうずい）に、深く刻み込まれていた。

　彼女にとって忘れがたい召喚武装だった。

　数多ある異世界とこの世界を結ぶ、異空の門。

　それはもはや武装などと呼べる代物ではないのかもしれないが。

　ファリアは、静かに嘆息した。

「セツナは、どうなると想う？」

「異世界から召喚された存在を丁重に扱う法なんて、どこにもありませんよ」

　ルウファは、にべもなく告げてきた。

　それは事実だ。

　どうしようもなく圧倒的な常識だった。

　そんな悪法が施行されていた場合、人間という種は危機に瀕（ひん）するに違いない。

　異世界の住人である皇魔を積極的に駆逐できないということに直結するからだ。それは化け物の増殖と繁栄を許すことに他ならず、その結果は、考えずとも分かるだろう。

　が、それでもファリアは、彼に冷ややかな視線を送らざるを得なかった。

「彼は人間よ」

「わかってますよ。ただの冗談です」

　慌てたように言ってきた青年に対し、彼女は、窓の外に視線を向けることでみずからの意志を示した。

「彼が化け物なら、わたしも半分は化け物だわ」

　ファリアのつぶやきが彼に聞こえたのかどうか。

　窓の向こうで、雨脚は強くなる一方だった。

　時を遡（さかのぼ）る。

　王都ガンディオンの《市街》マルス区の路地。

　皇魔レスベルとの戦いの跡が生々しく残るその場所に、セツナとファリア、そしてルウファの三人だけが取り残されていた。

　アズマリアは、いつの間にか、地獄へ至るという〈門〉とともに消え失せいたのだ。

　そして、黒衣（こくい）の魔女の言い残した言葉が、セツナの思考を硬直させていた。

「えーと……つまり、どういうこと？」

　話についていけないのだろう――ルウファが、だれとはなしに尋ねてきた。

　セツナは、返答に窮（きゅう）した。

　なんと答えるべきなのか、まるでわからなかった。

　アズマリアの言ったことを事実だとでも言えばいいのだろうか。異世界から召喚されたのだといえば、それで済むのだろうか。

　だが、その正しいとしか言いようのない返答が自分になにをもたらすのか、セツナは、考え込まなければならなかった。

　必ずしも正しい答えが、セツナの身に幸運をもたらすとは考えられない。

　人間、正直が一番だとは想う。

　だが、その結果痛い目を見る可能性だって考えられた。そしてそうなるのは、自分である。

　カランの街で焼き殺されかけたのも、正直に生き過ぎた結果に過ぎない。

　といって、この状況で誤魔化せられるとは思えなかったし、頭が回るわけもない。頭の中は目まぐるしく回転ぢているが、それは堂々巡りに他ならず、現状を打開するような奇策が思いつくという気配すらなかった。

　ただただ、混乱している。

　いつかは――。

（そうだよ。いつかは話そうって想ってたんだ……）

　セツナは、目まぐるしく混乱し続ける頭の中で、そんなことを想うのだ。

　いつか必ず、ファリアには、話さなければならないと考えてはいた。

　自分の命を死の淵から掬（すく）い上げてくれた命の恩人であり、なおかつ、今まで行動をともにしてくれたファリアには、隠し事の一つだってしたくなかった。

　自分の真実を伝えなければならないのは当然だと想っていたし、あるがままの自分を知ってほしいとすら思っていたのだ。

　しかし、セツナからずれば、それはもう少し後のことだと考えていた。もっと、もう少し、セツナの身の回りの状況が整ってから、と。

　セツナ自身が落ち着いてからならば、いくらでも話すことができる――そう、考えていた。

　だが、先ほどの魔女の発言は、それを許さなかった。

　セツナは、ふと顔を上げた。いつの間にか、ファリアの姿が目の前にあった。彼女の透き通った緑の瞳が、こちらを見据（みす）えている。

　唇が、開く。

「セツナ……きみはいったい、なにものなの？」

「おれは――」

　なんと答えようとしたのか、セツナ自身にすらわからなかった。ただ、絶句し、己の浅はかさに絶望すら覚える。

　ファリアのまなざしがあまりにも澄み切っていたからだろう。

　まっすぐにセツナを見つめる瞳の奥には、彼への疑念や敵意、失望といった負の感情は一切見当たらなかった。ただ、こちらを気遣っているだけだ。そして、少しばかり気になることでも訊ねるような、そんな様子があった。

　ファリアは、セツナが想っている以上にこちらのことを考えてくれているのではないか。

　その事実を理解したとき、セツナは、光明を見た気分だった。

　だから、セツナは、卑屈に笑わずに済んだのだ。

「アズマリアの言った通りさ。おれは異世界の住人で、あいつに召喚されたんだ」

　そして、セツナは、ファリアの想いに答えるべく、この世界に来た経緯（けいい）をすべて包み隠さず、洗いざらい話そうとした。

　だが、それはすぐには叶わなかったのだ。

「……それはつまり、きみは皇魔と同種の存在ということか？　セツナ＝カミヤ」

「え？」

　口を挟むようにしてセツナに投げかけられたのは、低い男の声だった。だが、決して聞き取りにくい声ではなかった。むしろ、極めて力強く、故に耳朶に叩きつけられるような、そんな声音だったのだ。そして、その冷ややかで厳しさのある声色は、セツナにはっとさせる。

　セツナは、即座に声のした方向に目をやった。

　ファリアやルウファも同じような反応を示したのではないか。

　そのときまで、まるで気づいていなかったのだ。

　この場に現れた、第三者の存在に。

　それは、集団だった。

　先頭に立つのは、長身の男である。

　セツナに声をかけてきた人物なのだろう。金髪碧眼の貴公子然とした男。どこかルウファに似た容姿でありながら、受ける印象はまるで違った。ルウファが軽妙ならば、男は重厚というべきだろうか。身に纏う黒い装束は、軍隊を連想させる。

　ふと見ると、男の隣には、幼げな少年がいた。

　集団の中でひとりだけ浮いている少年もまた、ルウファと同じ金髪碧眼だった。顔立ちもよく似ている。利発そうな少年ではあったが、いまはこちらのことに興味津々といった様子だった。

　そのふたりの背後に控えるのは、数十人の男たちである。だれもかれもが屈強な戦士を想起させるような連中であり、漆黒の装束に身を包んでいる。

「ラクサス兄さん……！」

　ルウファの驚きに満ちた声は、セツナが男の容姿に対して抱いた感想を肯定するものであった。　　　

　瓜二つというほどではないにせよ、見比べるまでもなく顔の作りがよく似た兄弟だった。

「ルウファ、おまえにも聞きたいことは山ほどあるが、それは後だ。まずはセツナ＝カミヤ、きみの話を聞かなくてはならない。この状況、この有様、そしてきみの正体について、洗いざらい話してもらおうか」

　冷厳（れいげん）な声音だった。反論する余地は愚か、声を発することすら許されないような響きがあった。

　それはきっと、彼が言葉を続けるつもりだったからだろう。

「わたしはラクサス＝バルガザール。ガンディア王家に仕える騎士のひとりだ」

　男は、そう名乗った。

　彼は、ガンディアの将軍アルガザード＝バルガザールの長男であり、ルウファ＝バルガザールの実の兄だった。

　そして、彼の隣にいた少年はロナン＝バルガザール。

　三兄弟の末弟であり、年齢的には一番セツナに近いという話だったが。

　それらは、すべてを終えてから聞いた話である。

　

　雨音が、天蓋（てんがい）を叩いている。

　セツナは、ひどく落ち着きのないまなざしで、外を眺めていた。そもそも落ち着いてなどいられるはずがなかった。

　彼がいるのは、王宮へと向かう馬車の中である。

　昨日ラクサスたちに話したことをレオンガンドに直接伝えなければならなくなった、というのだ。

　それは、さながら死刑囚（しけいしゅう）が断頭台（だんとうだい）へと連行されるのに似ていた。

（いや、たぶん全然違うけど……）

　セツナは胸中で頭（かぶり）を振ったが、湧き上がってくるため息を打ち消すことはできなかった。

　どうしようもない不安と、押し退けようのない重圧が彼の胸を締め付けていた。

　これから数時間後の自分のことを考えるだけで、目の前が真っ暗になった。

　未来のことなど考えるだけ無駄なのはわかりきっているのだが、考えてしまうのが人情というものだろう。

　もちろん、セツナはレオンガンドのことを信用している。

　彼の実態を知っているわけではないし、本当のことなどなにもわからない。が、人となりはそれなりに理解しているつもりだった。

　気さくな、とても一国の王とは思えないほどに優しい人物だった。

　常にセツナのことを気遣ってくれてもいた。

　そんな青年王のことだ。

　セツナのことを理解してくれるのではないか。

　淡い期待が、セツナの脳裏に渦巻いていた。

　少なくとも、理解しようと努力してくれると信じたかった。

　しかし、国を運営し、国民の上に立つものが、個人的な見解で動いていいはずがないという考えも、セツナの頭の中で鎌首をもたげている。

　レオンガンドは、独裁者ではない。

　もし、レオンガンドの周りのものが、セツナの存在を異世界の化け物だと判断したとき、レオンガンドはどうするのか。

　セツナの不安は、そこにあった。

　レオンガンドは、国民と王国のため、セツナを排除しようとするのではないか。

　そんなことにはならない、などと断言できるほど、セツナはこの世界のこともこの国のこともなにも知らなかった。

　もっとも、セツナの考えがそこにまで至ることになったのは、馬車に乗る直前に投げかけられた「気をつけてね」というファリアの言葉と、そのときの彼女の強いまなざしのせいではあったのだが。

　決然たる表情で見つめられた挙句、気をつけろ、などといわれれば、深く考えざるを得ない。

　浅慮（せんりょ）だとわかっていても、必要以上に考えてしまうのがセツナという人間だった。

　馬車には、セツナ以外にはラクサスが乗っているだけだった。

　対面の席のラクサスは、昨夜のうちに仕上げたという報告書に目を通している。その報告書には、昨日セツナが語ったことが列挙されているのだろう。

　セツナが生まれ育った世界のこと。この世界に召喚された経緯。召喚されてからのこと。その他諸々――。

　もっとも、セツナへの事情聴取は、拍子（ひょうし）抜けするほど穏やかな雰囲気の中で行われていた。

　本当に、笑ってしまうほどに温和だったのだ。

　あの後、セツナたちは、バルガザール家の住む屋敷に連れて行かれたのだが、それから事情聴取を始めるまでに一時間ほどの休憩が挟まれたのは、セツナたちがレスベル退治に力を注ぎ、疲れているのが目に見えていたからだという。

　ラクサスの立場を考えれば、セツナへの事情聴取などすぐにでも始めてもいいはずなのだが、それができない人物なのだろう。

　どうやらラクサスは、セツナが最初に抱いた印象とはまったく異なる性格の持ち主のようだった。

　そうして、セツナへの事情聴取は終わった。

　なにを話したのか思い出せないほどに話し倒したセツナは、その日は疲れ切ってそのまま寝てしまった。

　そう、セツナは人間として眠ることが許されたのだ。

　異世界の化け物として扱われることはなく、惰眠（だみん）を貪（むさぼ）ることができたのだ。それはきっと、ファリアの助力があったからに違いなく、セツナは、睡魔（すいま）に襲われている最中でも彼女への感謝だけは忘れなかった。

　そして翌朝――つまり今朝だ――、セツナはラクサスとともに王宮へと向かうことになったのだ。

　王都ガンディオンの中心にしてガンディア王国の中枢、獅子王宮（ししおうきゅう）へ。