第38話 きみの名

「ログナーが敗れ、バルサー要塞が陥落かんらくしたというのはまことか?」

 ミレルバス=ライバーンは、冷ややかに眼前の男を見据みすえた。

 ログナーからの報告を疑うわけではない。ただ、どうしても信頼の置けるものに確認しておきたかったからだ。

 ミレルバス=ライバーン。

 決して若くはない。壮齢そうれいといっても過言ではないだろう。しかし、白髪ひとつ見当たらない黒髪にはつやさえ見出せるほどであり、全体として血色けっしょくも良かった。健康体そのものだ。

 長い眉と厳めしい双眸そうぼう、そしてどことなく沈痛そうな表情が、近寄りがたいという彼の第一印象を決定付けているに違いない。長身であり、ゆったりとした衣服の上からは鍛え上げられた肉体の様子はうかがい知ることはできない。

 ミレルバスが立っているのは、広い広い執務室の中だった。内装が全体的に古めかしいのは、彼の趣味ではなく前任者の趣味であり嗜好しこうの問題だった。

 ミレルバスが執務室の内装を変えようともしないのは、そんなことに貴重な時間と労力を割くのはくだらないという、彼個人の見解に過ぎない。

 開け放たれた窓から入り込む日差しが室内に明るさをもたらしてはいるものの、どことなく空気が重いのは、情報が情報だからだろう。

 彼の元にもたらされたその報告が確かならば、ザルワーンを取り巻く状況に大きな変化が訪れる可能性があった。

「ヒースからの報告です。間違いないでしょう」

 返答をしたのは、ミレルバスと対峙する男だった。腰あたりまで伸ばした頭髪はやや赤みがかっており、肌は病的なまでに白い。典型的な才子とでもいうべきか。

 鼻筋の通った秀麗しゅうれいな顔立ちをしていた。切れ長の目には褐色かっしょく虹彩こうさいが浮かんでいる。華奢きゃしゃな体型は、鍛えられているようには見えない。

 年のころは、どう高く見ても三十代半ばなのだが、実際は四十代も後半であり、ミレルバスとさほど変わらなかった。

「報告によると、ジオ=ギルバースを大将とする六千強の軍勢が、レオンガンド王率いるガンディア軍約五千と、バルサー平原にて激突。開戦早々、ログナー軍は右翼に甚大な損害をこうむり、戦線が崩壊したとのこと。ログナー側は持ち直すこともなく撤退を余儀なくされ、その上、バルサー要塞さえも手離す結果となったようです」

 男の声は低く、それでいて涼やかな響きがあった。透明感のある声音とでも言えばいいのだろうか。

 ミレルバスは、その心地よい声音は嫌いではなかった。むしろ毎日のように書物の朗読でもさせたいくらいには好んでいる。

 もちろん、そんなことで彼の時間を無駄に費やすのは、宝の持ち腐れだ。

 ミレルバスが、ガンディアの中心人物であったその男を登用するに至ったのは、声の響きを気に入ったからではないのだ。

 彼の実力を買ったに過ぎない。

 男の名は、ナーレス=ラグナホルンといった。

 五年前、仕えていたガンディアの未来に絶望した彼は、紆余曲折うよきょくせつてザルワーンに辿り着くと、当時、一介の武装召喚師ぶそうしょうかんしほどの権力しかなかったミレルバスと出逢であったのだ。

 ミレルバスが彼をみずからの軍師として登用することになった直接のきっかけは、ナーレスとその従者じゅうしゃが、身をていしてミレルバスの命をまもったからである。

せんな。なぜ、ジオ=ギルバースなどという能無しが指揮を任されたのだ?」

 ミレルバスは、単純な疑問を口にした。ジオ=ギルバースといえば、数年前に鳴り物入りで将軍となった人物であり、かつ、将来を嘱望しょくぼうされた人材だった。

 人材不足を嘆いて久しいログナーにとっては、当時既に人気の高かったアスタル=ラナディースとともに、二本の柱として成長することを期待されていた人物でもある。

 だが、現実は、ジオ=ギルバースを奈落ならくの底に叩き落した。連戦連敗。無能将軍の烙印らくいんは、彼から人望と名声、希望に満ちた未来を奪うには十分だったろう。

 もっとも、本人の能力と分不相応な地位が招いた結果なのだとしたら、彼が将軍となるべきだと判断した軍の上層部に、見る眼が無かったというべきなのだが。

 しかし、ログナーの国民も軍人も、唾棄するのはジオ=ギルバース本人のみであった。

「そもそも、対ガンディアに関してはアスタル=ラナディースに一任するよう伝えたはずではないのか?」

 ミレルバスは、眉をひそめて渋面と作った。

 アスタル=ラナディースは、飛翔将軍の二つ名を持つ、ログナー随一の将軍である。

 自由自在に戦場を駆け巡り、数多の戦功せんこうを積み重ねてきた歴戦の猛者もさであり、真の実力者だ。年齢的にはまだまだ若いのだが、その采配には老練の将を想起させるものがあった。少なくとも、ジオ=ギルバースと比べるべくもない。

 青き魔剣と赤き鉄壁を備え、あらゆる外敵を駆逐する彼女をログナーの軍神と呼ぶのは、ログナー国民だけではない。

 近隣諸国の人々も、ログナーの軍神をおそれた。

 アスタル=ラナディースならば、せっかく手に入れたバルサー要塞を奪還されるという失態しったいを犯すことはなかったのではないか。

 もちろん、物事において絶対ということはないのだが、なんにしても、ジオ=ギルバース如きに任せるよりは良かったはずだ。

「キリル王がこちらの言に耳を貸さなかったのでしょう。あの方も、人並みならぬ気概きがいの持ち主と聞いております」

「その結果がジオ=ギルバースの戦線復帰とはな。あまつさえガンディアに打ち込んだくさびをも失うとは。……愚物ぐぶつもそこまで極まればといっそ清々しいものだ」

 ミレルバスは、キリル・レイ=ログナーの血色の悪い、常に熱に浮かされているかのような顔を思い出して、苦虫を噛み潰したような顔になった。

 キリルが、一国の王でありながら、ザルワーンの大規模な侵攻を目前に腰を抜かしたという話は有名だった。

 その後、あらゆる外交手段を用いて、当時のザルワーン首脳にログナー侵攻を思い止まらせたものの、結果として、ログナーはザルワーンの属国となったのだ。

 ザルワーンの軍勢に国土を荒らされるよりはまし、というのがログナー側の言い分だろうが。

 以来、キリルに関しては悪評しかミレルバスの耳には届いておらず、故に悪感情を抱くしかないのだ。

 稀代の愚物。

 それがミレルバスのキリル評であり、その評価が覆るようなことはありえないことのように思えた。

 ミレルバスは、かぶりを振った。

「……しかし、それもこれも、我が国の現状のせいなのだろうな」

「その通りです。この状況を打開しない限り、ログナーは愚か、ガンディアに手を出す余裕は持てないでしょうね」

 ナーレスの冷ややかな、それでいて美しい声に耳を傾けながら、ミレルバスは、ふと彼の故郷のことを想った。

 ガンディア。

 先王シウスクラウドの時代こそ小国ながらも栄華えいがを誇りえたその国は、ひとりの英雄が病の床に伏せたことにより、急速にその輝きを失っていった。

 ナーレス=ラグナホルン、クリストク=スレイクス、バラン=ディアラン――王の威光にかれ集ったはずの将士たちが、相次いでガンディアから離れていったのだ。

 その理由のひとつにして最大のものが、王位継承者たるレオンガンドの存在だったのだろう。

 ひとは、彼のことをガンディアのうつけと呼んだ。

 彼が王となることを望まず、むしろ王女リノンクレアこそが王位を継ぐべきだと主張したものたちも数多くいたといわれている。

 国内を遊び回る王子よりも、若干十三歳で戦場に立った王女こそが、ガンディアを率いるに相応しい、と。

 確かに、それは一理あるのかもしれない。

 しかし、シウスクラウドの意志は固かった。

 その事実に失望した、というのが、ナーレスがガンディアを辞した理由だと、ミレルバスは聞いていた。

 心の底から尊敬し、信仰さえしていたはずの英雄王の衰えに、ただただ絶望したのだと。

「……おまえはどう見る?」

初陣ういじんを勝利で飾ったところで、レオンガンドがうつけであることは疑いようの無い事実です。彼を補佐する将や、兵が優秀だっただけでしょう。それにログナーの無能将軍にこそ、ガンディアの勝因があります。銀の獅子が眠りから目覚めた、などということはありえない」

 口早にまくし立てるように言ってきたナーレスに、ミレルバスは、心地よいほどの満足感を得ていた。彼が、あの一言でこちらの聞きたいことを把握し、即座に返答してきたのもそうだが、ナーレスのいつもと変わらぬ反応には愛おしさすら覚えるのだ。

 どのような状況になろうとも眉ひとつ動かさない歴戦の軍師といえど、故郷たるガンディアのこととなると感情的にならざるを得ない。

 特に、彼が国を去る原因とも言うべきレオンガンドに関する話題ならば猶更なおさら

「ならば、我らは我らのすべきことをしよう」

 ミレルバスは、笑みを消した。

 それこそが大変なのだ。

 この半年で荒れに荒れた国土に、厳然げんぜんたる安定をもたらさなければならない。これまでの仮初かりそめの平穏ではなく、絶対的で疑いようのない安寧あんねいをもたらすのだ。

 ログナーもガンディアも、それからでも遅くはないはずなのだ。



 漆黒。

 それはさながら貪欲どんよくな悪魔のように。

 暗黒。

 それはまるで獰猛どうもうな戦鬼の如く。

 死神、悪魔、化け物――戦場を数多の屍で埋め尽くし、幾多いくた血潮ちしおで塗り潰す。

 研ぎ澄まされた刃のような敵意と、触れただけで気が狂いそうなまでの殺意――その奔流ほんりゅうそのものだった。

 黒き矛を携えた魔物。

 少年の姿をした化生けしょう

 それが大地を蹴るたびに、死は宣告された。

 それが空中におどるたびに、命は散った。

 それが黒き矛を振るうたびに、鎧は紙切れ同然となった。肉体は肉塊となった。鮮血が天地を彩り、戦場を赤黒く染め上げていった。

 死が呼んでいる。

 次はおまえの番だと。

 死が叫んでいる。

 次はおまえなのだと。

 おまえの命を捧げるのだと――。


「ウェイン・ベルセイン=テウロス!」

 彼の意識に触れたのは、紛れもない怒声どせいだった。女の声。少なくとも、彼の恐れた存在の発しうる声ではないように想われた。

 第一、かの死神は男だった。信じられないことではあるのだが、人間の男に違いなかったのだ。

(なんだ……夢か)

 多少の安堵あんどとともに、夢の淵に舞い戻ろうとする。しかし。

「さっさと起きなさい! ウェイン・ベルセイン=テウロス!」

 再びの大声が彼の眠りを妨げ、急速な覚醒を促していく。

 深い眠りに沈んでいた意識が、悪夢のかけらさえも忘却の彼方に追いやりながら、現実へと浮上していったのだ。しかし、目覚めの瞬間の心地よさを満喫まんきつすることもできず、ウェインは、速やかにまぶたを開いた。

 狭い部屋だった。

 正方形の空間には、調度品ちょうどひんの類も必要最低限のものしか置かれていない。部屋にひとつしかない窓にはカーテンさえかかっていないが、別に必要はないだろう。

 外から覗かれても困るようなことは、なにひとつなかった。

 寝台は窓際に置かれているのだが、方角の関係上、朝日が差し込まないことだけには、彼は心の底から感謝したい気分だった。

 おかげで惰眠だみんむさぼることができるからだ。

 そんな狭苦しい空間が、いまの彼の立場を表している。

 ウェインは、上体を起こすと、たった一つの出入り口付近から注がれるきつい視線を認識しながらもゆっくりと伸びをした。寝起きである。思考は少しずつ明瞭になりつつあるものの、あくびが漏れるのは止められなかった。

「……あなたは、自分の置かれている状況というものがわかっているのかしら?」

「そりゃあもう、毎晩ぐっすり眠れるくらいには」

 軽口を叩きながら、彼は、女を一瞥いちべつした。

 閉じた扉の前に立ち、あきれたような表情でこちらを見ているのは、見るからに凛々りりしい女だった。

 エレニア=ディフォン。

 ログナーの騎士のひとりであり、ウェインの同僚である。付き合いも長く、気の置けない間柄といって良いだろう。

 緩やかに波打つ栗色の髪を後ろで結わえており、きりっとした容貌は、騎士然としているというべきか、どうか。その容姿から異性に人気があるのは当然として、同性からの人気もまた凄まじいのだ。騎士に相応しく鍛え上げられた肢体を覆うのは、深い緑を基調とした制服である。

「……いいわ。さっさと着替えなさい。将軍閣下をお待たせするつもりはないでしょう?」

「将軍が?」

 ウェインは、エレニアの発言を受けて、ただただ驚いた。

 ウェインたちへの処分など、ほかのものに通達させれば良いのではないか、というのが素直な感想である。

 わざわざ将軍の手を煩わせる必要はなかった。

 特にログナーの現状を考えれば、アスタル=ラナディースという稀代きだい傑物けつぶつから、わずかな時間さえも掠め取りたくはなかった。その時間の全てをログナーのために費やしてもらえれば、それこそが最良ではないのか。

 もっとも、既に決まってしまったことなのだろう。

 彼がなにをいったところで覆せるはずもなければ、そんなことを言っている時間こそが無駄になる。

 アスタル=ラナディースに時間を無駄にだけは、したくなかった。

「グラード殿とあなたの処分を決めたのは、ほかでもない閣下ですもの。直接伝えたいのでしょう」

「……いじめたいだけじゃないかな」

「いじめられたいくせに」

 エレニアの一言がウェインの耳朶じだに深々と突き刺さったのは、図星ずぼしだからなのかどうか。

 本人としてはそんな趣味はまったくないといえるのだが、しかし、アスタル将軍にならなぶられるのも案外悪くないとも思えるのだ。

 もっともそんなことを口にすれば、変質者の烙印らくいんを押されるのは目に見えている。

「すぐに着替えよう」

 ウェインは、静かに告げると、エレニアが部屋を出るのを待った。



「ログナーは大敗をkぃっし、ガンディアはバルサー要塞を奪還……かあ」

 クオンは、多少の感慨を込めて、その要塞の名を口にした。

 すべての始まりのあの日、彼が偶然足を踏み入れた戦場こそが半年前のバルサー要塞だ。

 そのときの戦いは、クオンがログナー軍に加勢したことによって勝敗が決したといってよかった。クオンの召喚武装こそがログナー軍の圧勝を約束している。

 そして、その結果、ガンディア軍はバルサー要塞を手離さざるを得なくなった。

「ま、それもこれもログナーという国のおかしさですな」

 小さなテーブルを挟んで対座するスウィール=ラナガウディの声音は、何事かと思えるほどに柔らかかった。

 質実剛健しつじつごうけんという言葉が似合うその厳めしい容姿からは及びもつかないだろうが、それが彼の彼たる所以ゆえんとも言えた。一言で言えば好々爺こうこうやだ。

 人当たりが良く、だれに対しても温和に接するスウィールの人柄は、傭兵団白き盾の交渉役として打ってつけだった。

「そうだね」

 クオンもまた、小さく頷く。

 半年前、ガンディアの当時の王の死に乗じてバルサー要塞を陥落させたログナーは、その勢いのままにガンディア本土へ攻め込むかと想われたのだ。

 しかし、ログナーは長年の望みであったバルサー要塞奪取を果たすと、それに満足したかのように沈黙してしまった。

 その間、ガンディアが行動を起こさないはずがなかった。

 新王レオンガンドの下、新たな体制で動き出したという話も、クオンの耳に届いていた。ログナーが知らないはずもないし、当然、予想しうる範囲の出来事だ。

 そして、ガンディアがバルサー要塞を取り戻そうとするのも。

「無能将軍に要塞を任せた時点でガンディアへの侵攻など諦めたと見るべきだったのでしょうかな?」

「どうだろう? 彼らはジオ将軍にまだ期待していたのかもしれないし、優秀な人間が補佐すれば、なんとかなると踏んだのかもしれない」

 だとしても、それはあまりにも希望的観測に過ぎる判断には違いなかった。

 無能将軍と陰口を叩かれるだけの人物に、どれほどの期待を寄せることができるのだろう。

 無能将軍などと呼ばれるにはそれなりの理由があるのだ。ジオ=ギルバースの不名誉な二つ名が、ログナー国外に広く浸透していることからもよくわかるだろう。

「ですが、結果は……」

「そうだね。結果がすべてということに異論はないよ。ログナーは判断を誤り、ガンディアは最善の手を打った。それだけのことなんだよ」

 そう言って、クオンは、室内を見回した。

 慎ましやかな昼食の後のだらけきった空気が、広い室内を支配している。だれもが食後の幸福感に身も心も任せている、そんな感じがあった。

 部屋の中央に配置された食卓を囲むのは、ウォルド、イリス、マナといった《白き盾》の幹部であり、クオンが全幅の信頼を置く仲間たちだ。

 その彼らが満腹感に浸って動けないのも、致し方のないことだった。

 ここ数日、休む暇もなかったのだ。

 肉体的にも精神的にも疲れきっているのだとして、なんら不思議ではない。

 皇魔おうまの巣の調査と殲滅せんめつには、並大抵の労力では足りない。

 まず、皇魔の巣の位置を特定するだけで時間がかかるのだ。

 皇魔は大抵人気のない場所に巣を作り、そこで繁殖しているのだが、人気のない場所などいくらでもあるのがこの世界の現状である。

 人里を少し離れれば、それだけで皇魔が巣を作る条件を満たしうるのだ。

 巣を探し出すことができたとしても、次は皇魔の集団との戦闘が待っている。皇魔が巣を護るのは当然であり、戦闘が熾烈しれつを極めるのもまた、道理であろう。

 もっとも、戦闘に関しては心配する必要はない。

 クオンには信頼できる仲間がおり、なにより、クオンの力があれば皇魔といえど恐れるものではなかった。

 しかし、クオンにとっては恐怖の対象にならなくとも、街や村で暮らす力なき人々からすれば、大いなる脅威に違いなく、故にこそ、クオンは皇魔の巣を根絶こんぜつすべく戦っているのだが。

 ちなみに、クオンとスウィールが部屋の片隅に置かれたテーブルを挟んで対座しているのは、いち早く食事を終えたからだ。

 クオンは、スウィールから話を聞くのが好きだった。

「ところで、お聞きになられましたかな? ガンディアの武装召喚師の噂」

 スウィールが神妙な顔つきになった理由は、クオンには想像もつかなかった。

「ガンディアの武装召喚師……? 知らないな」

「どうもガンディア国内では、ひとりの武装召喚師が先の戦いの勝敗を決したのだという話で持ちきりだそうでして」

「たったひとりの武装召喚師が戦局を決定付ける……それって、まるで半年前のクオン様のようですね」

 微笑びしょうを浮かべてきたのは、マナだ。

 いつの間にか食卓を離れていた彼女は、クオンたちのテーブルにティーセットを運んできてくれている。

 クオンは彼女の微笑みに笑顔で答えると、スウィールに視線を戻した。カップに注がれた紅茶から立ち上る湯気が、芳しい香りを鼻腔に運んでくれる。

「気になりますかな?」

「ちょっと、気になるかな」

 クオンはそう言ったものの、それはスウィールの勿体もったいぶった言い方が気になったというのが本音だった。彼がそういう言い方をするからにはなにか意味があるのだろう、という程度の考えだ。

 武装召喚師など掃いて捨てるほどいるのだ。もちろん、強大な力を誇るものほどその数は少なく、ガンディアといった弱小国が雇えるものでもない。が、物事には例外がつきものであり、クオンの存在自体が例外そのものといえた。

 本来、ログナーが雇えるような力量の武装召喚師ではない、というのがクオンに対する周囲の評価だ。

 スウィールが口を開く。

「武装召喚師の名は、セツナ=カミヤ――」

 その名を聞いた瞬間、クオンの意識が飛びかけのは仕方のないことだった。

 まさかここでその名を耳にするなどとは到底考えられないことだったし、なにより、彼が武装召喚師として戦っていることに大きな衝撃を覚えたのだ。

 いや、彼がこの世界にいるということはわかっていたのだ。

 確証もないのにわかっているというのも変な話ではあるのだが、しかし、クオンは確信を抱いていた。

 セツナがこのイルス=ヴァレのどこかにいるのだと。

 それは妄想かもしれない。

 ただの思い込みだというべきなのだろう。

 だが、クオンはあのとき、確かに聞いたのだ。

(やっぱり、きみのこえだったんだね、セツナ)

 それは胸に迫るような慟哭どうこkであり、絶望的なまでの咆哮ほうこうだった。

 セツナの魂の叫び。

 思い出すだけで、クオンの心は哀しみで満たされ、次の瞬間には慈しみが溢れた。それは涙となって両目から零れ落ち、頬を伝っていく。

 スウィールやマナが驚くのも無理はない。

 だが、クオン自身には涙を止めることができなかった。

 見知らぬ世界にただひとりで放り出されておよそ半年、これほどまでに嬉しい出来事はなかったのではないのか。

 無論、スウィールを始め、《白き盾》の仲間たちとの出逢いは特別なものであり、比べようもない。

 だとしても、クオンは、セツナのことを思わずにはいられなかったのだ。 

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