38話 人魔会談



―魔族領



魔族領は帝国より北にある北方の大地全般を示す。魔族領は第六魔貴族を筆頭に6つに分かれ、それぞれが力を示すが如く国土を治めているが、これは同時に各魔族間の均衡を表している。第六魔貴族と言えどけして協力関係を築く事は無く、互いの力を誇示せんと日々魔族領では争いが耐えずに起きている。その関係もあってか、現在魔族は人間領への侵攻は行っておらず、また人食を行わずとも魔力の維持が可能になった事もあって、人食行為は概ね自粛傾向にある。



要するに、今の魔族は弱い者には目もくれず、強き者同士で互いを競い合う状態にあると言っていい。



兄弟であるサンバイシンとプラムフィーは絶対同盟を結んでいて争い合う事は無いが、それ以外は今日も何処かで大小なる小競り合いを続けている。現在、最も領土を拡大させているのがスラプサウズが支配するナワーク国。総統括リーダーのモズナルは中央にて全てを監視する形でシュレイク領を治め、次にサンバイシンとプラムフィーが治めるベアーノ公国。テヌージーは独自の文化を開花させた『閣天』という国を南方に置き、最後に強欲のマーチル・ホーンの領土であるセントオークはシュレイクに依存するよう小さく陣を取っている。



これらが互いに争い合い、己血肉を賭け生き残りを図る。


魔族は今まさに戦国時代への最中にあると言えよう・・・。



そんな中、中央シュレイクにあるモズナルの居城にて古参三柱による囁かな晩餐会が行われていた。



「ほう、マーチル・ホーンがついに動くか」


洗練された料理を口に運びながら、ふと思い出すように呟くサンバイシン。美しい食卓を囲み、話題に上るはやはり今最も注目を受けている新興魔族の事。


「さて、お前の言う通り『進化の技法』をヤツに託した訳だが、今後の動き、どう見る・・・モズナル」


「まぁ、彼は十中八九、皇帝の解放を行うだろうね」


「愚かな事・・・私達でどうにも出来ないから今まで放置していたと言うのに」


プラムフィーはほろ酔い加減で愚を嘲笑う。


「自信家のヤツの事だ、恐らく己の力で制御可能とでも思っているのだろう」


「いや、彼の才分は本物だ。きっと何かしらの算段を画策しているかもしれない」


「あまり悠長に構えていいのかしら?このままマーチル坊が力を付けでもしたら、今後の均衡は大きく狂いが生じません事?」


その問いかけに対する返事は、少しばかり長くも感じた。


その間モズナルは静かに目を閉じている。


「第六魔貴族間の均衡はまた大きく揺らぐことになるだろう、だが・・・」


「それは同時に一つの席が・・・空くという事だ」



モズナルは向かいの誰も居ない空席を見つめそう言い切る。


その目には冷酷に、堕ち行く者を見下していた。




ーーーーーーーーーーーー



―人魔会談


人魔会談の場は最高の賓客をもてなす応接間にて行われる。会席の場には帝国側に帝国最高司令官であるジゲンと、筆頭宮廷魔導士のジェミニ、その他各大臣。それに対して魔族側は・・・



「まさか、たった一人でおこしになられるとは・・・」


大臣の一人がその豪胆に関心を示すかの如く、そう切り出した。帝国側に重鎮達が連なる中、対する席はマーチル・ホーン一席のみ。


それを指摘された事で思い出すかのように席を立つマーチル・ホーン。


「ああ、これは失礼致しました。私の部下ならもう既にここへ来ております」


静まり返った室内にパチンッと、マーチル・ホーンの指を鳴らした音が響く。すると、彼の後ろの壁に並ぶよう青い炎が浮かび、すぐさま形を変えて正装したマーチル・ホーンの部下が直立した形で表れていく。


おおおっ・・・!


帝国側からどよめきと感嘆の声があがる。



「安心してください、彼らが危害を加える事は一切ございません」


「・・・それにしても驚きですな、まるで気配に気づけなんだ」


淡々と言うジゲンだが、これは結局の所、いとも簡単に帝国中枢への侵入を許してしまった事に対する警戒でもあった。


「まぁ、これぐらいに致しましょう。ではこれより人魔会談を執り行います。僭越ながら進行役は私が主導する形でも宜しいでしょうか?」


深くお辞儀をしながら少し顔を上げてジゲンの様子を伺いみるマーチル・ホーン。


「構わない、元々この会談は貴公が提案したものだ」


「では、お言葉に甘えて・・・これより、人魔会談を開始致します!」


その声を皮切りに両陣営から拍手が沸き起こり、マーチル・ホーンはその音が静かになるまで発言を待った。


「さて、さっそくですがこの会談の目的からお伝えしましょう」


「私、マーチル・ホーンは常々、人類、魔族が共に生き、手を取り合う国を建国したいと願っております」


「ですが、我々魔族領は今だ争いが絶えず、か弱き人々を安住させる地がございません。ですので・・・」


「どうか、この帝国領の一部を割譲して貰えないかと、こうして馳せ参じた次第であります」



ざわざわ・・・


「・・・帝国の一部を割譲だと・・?」


いきなりの核心に大きな動揺を隠せない帝国首脳陣。


「もちろん、その場合は双方に対等なる代表を募って頂き、しっかりと法を定めた上で安全かつ建設的な法治国家を作り上げようと考えています」


そこで話を終えるマーチル・ホーン。

対し、大きく咳をしてジゲンが返答する。



「・・・随分と一方的ですな。人類と魔族の共栄共存ですか、それの真の目的なるものを是非お伺いしたい」


「目的ですか、あえて建前を先に言わせてもらうなら、やはり人類との交易は魔族側にとっても実に有益にて実りがあります」


「特にここ最近の良質な魔石採掘技術は人類側が一歩秀でている。魔石は我々魔族にとっても還元すべき貴重なエネルギーです、それを優先的にこちらへ回して頂けるならば・・・」


「私は魔族の中でもより高みへと昇りつめる事ができる」


「・・・それが貴公の目的か、共栄共存という言葉とはまるで意を反しているように思えるが」


「いえ、では宣言致しましょう」


「・・・私、マーチル・ホーンが魔族の頂点に君臨した暁には・・・」


「私の属領を除く全ての魔族を滅ぼして御覧見せましょう!!」


先ほどよりもよりきく場内がざわつく。


「魔族が魔族を滅ぼすだと・・・!?」

「あの者は一体何を言っているのだ?」


バンッ!!!


その喧騒を止めるが如く、ジゲンが大きく台を叩く。だがジゲンは何も言わない。マーチル・ホーンの真意を問うべく次の言葉を待つ。


「・・・私は、元々下級の魔族の一人に過ぎない存在でした」


「魔族という物は生まれてからすぐに大きな篩にかけられます、産声を上げたその日から我々魔族は弱肉強食の元に晒されるのです」


「そして、生き残ったものだけが生存権を与えられ、そこからさらに強い者だけが上を目指す事が出来る・・・魔族の歴史はまさに力を手にした強者のみが存在できる修羅の歩み・・・」


「私は・・・そんな愚かな歴史に休止符を討ちたい。そう考えているのです」


「・・・それで私自ら魔族を滅ぼさんとし、その後は今まで散々謡ってきたよう、人類との共栄共存の元、魔族はその力を永久に放棄する事を誓いましょう」



勝ち誇るように笑みを浮かべ、立ち上がるマーチル・ホーン。他が明らかな動揺、そしてその説に賛同の声さえあがる中、やはりジゲンは微動だにせず。だが、次にようやく言葉を発した。



「・・・やはり何か違いますな」


ジゲンの言葉に少し表情を変えるマーチル・ホーン。


「何が、でしょうか?」


「貴公の謳う共栄共存の説だ。本来、それを言うべき立場にあるのは我々人類であり、常に大きな力にていつでも我々を支配できる立場にある貴公側にあらず」


「力を持つであるなら、力を持って我々を支配すればいいだけの話。だが、貴公はまるでこちら側に譲歩するような発言ばかりを繰り返す」



その言葉に先ほどまで賛同に与しようとしていた者達が我にかえるようにまた騒ぎ始める。そして、その問いにマーチル・ホーンの笑顔の質が少しずつ変わっていく。先ほどまでの誠実からくる笑顔は消え、野心を燃やすような冷酷な笑みに。


「ならば、魔族らしく言った方が宜しいのでしょうか?」


「文書にもお伝えした通り、私は今、貴殿らが渇望して止まない皇帝陛下の所在を把握しております」


「それをこの案の条件として、貴殿らにお伝えすると言うのはどうでしょう?」



「それは・・・『進化の技法』なるもの、かな?」



ジゲンがそう発言した時、マーチル・ホーンの目に明らかな曇り、そして動揺が走った。



(何故・・・それを知っている?)



「・・・驚きましたね、それは我々魔族としても知る人ぞのみしか知らされてない重要な機密だと言うのに・・・いはやは、私は貴殿らをどうやら大きく見誤っていたようです」


「いや、本当に・・・一体誰から聞いたのです?」


冷静さを取り乱さないよう取り繕っているがマーチル・ホーンの目から明らかな威圧を感じ取れる。返答次第ではこの会談を無かったことにする覚悟も辞さないとでも言うように。



「この帝国領に住まう、はぐれ魔族から、とだけ」


「ほぅ・・・そんな輩が。それはこちらとしても初耳でしたよ」



心の内で小さく舌打ちをするマーチル・ホーン。


だが、さりとて驚く事でも無い、提示するカードの種類が変わったのみ。



「では単刀直入に、もし先ほどの条件を吞んでくれると言うのなら、私は貴殿らに『進化の技法』を受け渡す事をお約束しましょう」



その言葉に今後はジゲンは大きく顔を強張らせる。


ようやく皇帝引き渡しと言う土台まで場を引き上げる事が出来た。


だが・・・


「ではこちらもお伺いしたい。『進化の技法』なるものに封じ込められた皇帝を解放させる術はあるのか?また、解放させたとして、皇帝自身の意思はご健在であるという保証はあるのだろうか?」



ここで初めてマーチル・ホーンは少し考える素振りを見せるも、すぐに返答する。



「まず、封じられた皇帝を解放する術はございます。ですが、それには三方からなる強力な魔力制御を伴います。かつて、三柱の魔貴族が皇帝を封印させたよう『進化の技法』に向い、均一した同力の魔族を注ぎ込むのです。さすればそれに呼応する形で封印は解かれ、皇帝は解放される事でしょう」


「そして、その間300年近く封印されている皇帝陛下の意思ですが・・・これについては復活されてみない事には何とも言えません」


「ですが、この場において失礼と承知の上で言わせてもらうなばら・・・」


「恐らくですが、皇帝陛下の精神は最早崩壊してしまっている可能性の方が高いでしょう」



何度目かの騒めき。


「そんな・・・・」

「それではもう皇帝陛下・・・」

「それじゃ復活させても・・・」



「静まれっ!!!」



ジゲンがその場に居る全員に喝をいれる。


先ほどまでの強張りは落ち着き、冷静さを取り戻しているようにも見えた。



「それについては、私の方も想定した通りだ」


「なるほど、でしたら次に飛び出す私の発言についてももう察しが付いている事でしょうか?」


「・・・もし皇帝陛下が存続不可能である場合、帝国の威信をかけて第29代皇帝アルテミシアを・・・崩御させる」


!!!!!!


「なんですと!!!」

「ジゲン殿、気は確かか!!?」


再び場がどよめく、だが次にそれを制止したのは意外な人物だった。


「皆さん、落ち着いてください。『伝承』がまだ健在であれば皇帝陛下がもし命を落としたとしても、次なる皇帝が選出されます。ジゲン様はそれを見越して発言されたのだという事を、どうかご理解ください」


筆頭宮廷魔導士であるジェミニが皆を宥めるように落ち着かせる。だが、言葉で理解できても感情で許せないとする者も多く、場内はまた再び騒めき始めようとしていた。


だが、これで終焉とでも言い渡すかの如く、マーチル・ホーンが乾いた音で指を鳴らす。


「こちらで用意できる、解放者、つまり封印された皇帝を解放させる魔力を供給できる者は・・・私一人です。恥ずかしい限りですが、その基準を満たす事のできる魔力保持者は私の配下にはまだおりません」


「残りの二人は、人類の威信をかけて貴殿らでご用意なさってください、無論、それ相応の覚悟が必要になると思われますが、貴殿らなら必ず成功に適うと信じていますよ」



マーチル・ホーンは徐にその手をジゲンへと差し伸べる。


さぁ、返答は如何に?

そんな無言の圧力を添えて・・・。


その意図を汲み、ジゲンは静かに目を閉じる。


しばしの沈黙、そして・・・。



「あい分かった。これより帝国は貴公の条件を呑み、帝国領の一部を人魔共同圏内として割譲する事を約束しよう。それと皇帝復活の儀に関し、貴公の提案通り此方から二人の解放者を選出する。選出期間については一週間後にまた追って返事を返す」


「そして『進化の技法』なるものが如何なるものか、その詳細な復活方法や、義の場については貴公らの案で進めて貰う事で了承願いたい」



納得のゆく答えに対し満面の笑みで大きくお辞儀をするマーチル・ホーン。


「了承致しました。では、これより一週間後。選出を終えたすぐにでも復活の儀を設けると致しましょう」



これにより、人魔会談は無事に皇帝復活の決議でその場を終える事に成功した。


だが、その後に行われる後実会議にて帝国は幕僚内で大きく揉める事になる事など、一体誰が予想しようか。そして対談を終えたマーチル・ホーンは再び馬車に乗り込み、帰路へと付こうとしていた。


そんな中で・・・。



「・・・誰か」


そう言うと馬車室の対面に配下の一人が現れ、主の命令を待つ。



とやらを今すぐに調べろ、どこの配下の者か、対処可能かどうかもだ」


「ハッ!!」


(そんな奴がいたとはな・・・)


1人になったマーチル・ホーンは苛立つように親指の爪を噛み始めていた。それは、ちょっとした支障があった時に出る彼の癖だった。


「あまり勝手な真似をされては困りますね、消すのは確定か・・・」


癖に気づき、すぐに爪を噛むのを止め、荒廃する帝都の街並みに目を移すマーチル・ホーン。


しかし、それが見る目に秘められた感情はいとも冷酷なもののように見えた・・・。


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