第40話

 例年よりも早く梅雨が明け、セミが鳴き始めた。どこか責め立てられるようなその鳴き声が苦手な俺は、どこか憂鬱な気持ちで部活に向かう。

 数メートル先には山崎がいる。隣にいるのは他クラスの女子だった。盗み聞きをするつもりはないのに、甲高い声が否応なしに耳に刺さった。

「えー、いいじゃん今日くらい! 玲奈だってもう別れたし、未練とか無いでしょ?」

 山崎は何か言い返しているが、女子は聞く耳を持たないようだ。饒舌なこいつに言いくるめられないなんて、なかなかのやり手だ。

 話を聞く限り、おそらく今日の夏祭りに誘われているのだろう。女子の方から誘ってはいるが、どうせ山崎は絶対に行かない。前回の件から流れに任せて女を作る癖はもう抑えるようになっただろうし、なにより下手なことをしたら雫月に怒られてしまう。

「……別にそこまで仲良くないだろ」

 冷めた声で山崎が言う。不意にこぼれてしまったようなその一言は女子の耳にもはっきり届いたはずなのに、当の本人は全く聞いていないような顔をしている。

「おねがーい! 彼女いないならいいでしょ? 今日は部活も休みだもんね」

 女子が山崎の手を掴んだ。この女子はあまりにも手強すぎる。ここまで冷たくあしらわれてなぜ手を掴めるのか。こんな対応をしてくる奴と一緒に夏祭りに行って、なにが楽しいのか。

 山崎は何も言わず、女子の方を見向きもせずに手を振り払う。

 こいつにしては珍しい対応だ。いつもならにこにこしたまま上手く誤魔化して逃げるのに。余程面倒臭いのだろうか。

 そのやり取りを後ろから見ている内に、俺は少しずつ心配になってきた。もちろん山崎の疲労、そしてこの女子のメンタルに対して。ここまで冷たくされても折れてなさそうなのは尊敬に値するが、このまま続けばお互いにとって良くない結果に繋がりかねない。

 とは言っても俺がどうすべきか分からない。こういう男女関係の揉め事を未然に防ごうなんてしたことがないし、考えたこともない。

 一瞬悩んだが、すぐに思いついた。雫月だ。雫月ならどうしただろう。何かしらの人間関係で悩んだら、雫月を思い浮かべればいいかもしれない。あいつは誰よりも世渡り上手だから。

 雫月なら。雫月ならどうしたか。頭の中でなんとなく描きながら、山崎の肩に手を伸ばした。

「俺と行くって話は?」

 二人の間に割り込み、山崎の顔を覗き込む。その顔は最初こそ戸惑いを露わにしていたが、すぐに悪い笑みを浮かべた。

「あぁ悪い。完全に忘れてた」

「なんだよ忘れてたって。珍しく俺から誘ってやったのに」

 完全に二人だけで会話を始めると、女子は不貞腐れたように口を開く。

「そんなの聞いてないんだけど」

「だから忘れてたんだって。まぁ悪いけど早い者勝ちだから、じゃあな」

 呆れてその場に立ち尽くす女子の方を見ることはせず、適当に手を振る山崎。やはりこいつはこういう立ち振る舞いの方が様になっている。

「助かったわ」

「めんどくせぇ奴」

「助けろとは言ってないからな」

「素直に礼だけ言っとけよ、可愛くないな」

 男女の会話に乱入するというのはやはり俺の性質に合っていないらしく、心音が情けないほど揺らいでいる。俺は雫月のようにはなれない。たとえその動機が優しさであったとしても、俺にはできない。

「で、どこで待ち合わせ?」

 思いがけない言葉が山崎の口から放たれる。その意味を飲み込めなかった俺は、しばらく沈黙した。

「ん? 待ち合わせ?」

 意味を飲み込んでからも困惑は続き、ぼんやりとした返答しかできない。

「だから、今日の祭り一緒に行くんだろ?」

「え、俺と?」

「……まぁ嫌なら柊太たちと行くからいいけど」

 呆れたように山崎がため息をつく。その声にもその表情にも冗談交じりといった空気はなく、俺の救済を勧誘として受け取ったようだった。

 そんなつもりはなかったと言おうとして、口を閉ざす。俺もこいつも誰かと行く予定がないのなら、別に断る理由もない。夏祭りなんて滅多に行かないがたまにはいいかもしれない。

「五時半に駅前、とか」

「忘れんなよ」

 俺の肩を軽く叩き、山崎は小走りで先を行く。そこにはいつもつるんでいるメンバーがいて、どうやらいつも通りその人たちと家に帰るようだった。

 俺と一緒でいいのだろうか。たしかに祭りなんていくらでもあるから次の機会にいつものメンバーと行けばいいのかもしれないが、今日の祭りはこの地域ではではかなり大規模なものだ。俺なんかと、という考えがどうしても浮かんでしまう。

 ……いや、きっと気にしすぎだ。あいつが勧誘だと受け取ったのならそれが答えであるはずだ。その遠回しな好意を素直に受け取る資格が俺にはあるはずだ。

 雫月がいなくなってから少しずつ変わる関係性は時の流れを示唆しているようで、少しずつ雫月が過去になっている気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る