第19話
テストの結果が返ってきた。国語と英語で何とかカバーできているものの、数学の点数が芳しくない。テスト前に受けた模試も数学に足を引っ張られたような形で結果が振るわなかったから、どうにかして数学を強化しなければいけない。
部活から帰り、悶々とした頭で夕飯を食べる。
「そろそろテスト返ってきた?」
テーブルの向かいに座っている先生に何気ない風に聞かれ、ため息をつきそうになって慌てて隠した。
「まぁ、一応……」
「ちょっと見せて」
想定通りの要求に少しの焦りを感じながら、カバンからテスト結果の個票を出して先生に渡した。自分の得点や学年全体の平均点、最高点、最低点、学年での順位などが教科ごとに示された表をじっと見る。
「数学、最近調子悪いでしょ」
開口一番に放った言葉はそれだった。先生は僕の模試の結果も知っている。それと今回のテストの結果を照らし合わせてそう言ったことはわかっているが、改めて人に指摘されると予想以上に重くのしかかる。
「勉強はしてるんですけどね」
「この前もそう言ってただろ。やり方を変えないと上がらないんじゃない?」
先生の部屋の机に置かれた一冊の問題集を思い出す。黒い表紙のそれは数学の最高難易度の問題しか掲載されておらず、大学入試の対策には全く適していないと評される程のものだ。先生はそれを受験生時代に何周も解き、未だに時間があるときに眺めては「鈍らないように」と言ってシャーペンを握っている。
いわゆる数学オタクだ。数学以外の教科は安定して高得点をとることができるが、数学になると平均点を上回るだけで精一杯な僕とは大違いだった。
「東帝大狙いだっけ? それなら俺もある程度なら協力できるから」
「無理ですよ」
思わず口に出してしまった言葉に驚く。冷えた沈黙が怖くて顔を上げると、先生は黙り込んで僕の方を見ていた。僕が何か言わないと何も言ってくれなそうなその表情に圧倒され、再び口を開いた。
「数学嫌いなんです。先生もわかってますよね、自分と僕が全く違うってこと」
普段は思っていても決して口にしない言葉だった。高校受験の時も先生にはお世話になっていて、数か月で転校という形にはなってしまったものの県内随一の進学校に入学できた。僕の生活を保証してくれた。感謝してもしきれない。
そんな彼にこんなことを言ってしまったのは、劣等感と彼への嫉妬があまりにも大きくなりすぎたからだろうか。
「なんだよそれ。そんなこと言っててもできるようにならないだろ」
「先生のお父さん、大学で数学の研究してたって言いましたよね。お母さんも同じ研究室にいたから典型的な理系一家なんだって言いましたよね。幼い頃から数学に触れてそれが当たり前の環境で育った先生と、保護者から無理矢理押し付けられてどうにか高校入試数学を乗り切った僕は全然違うんです。今まで気づかなかったんですか」
頭に浮かんだ言葉を考えもせず口にし、自分が何を言ったのか理解したときには先生は部屋にいなかった。
「頭冷やしてくる」
それだけ言い残して玄関のドアを開け、どこかへ行った。
こんなことは初めてだった。自分がこんな風に考えていたことも、初めて知った。相手に伝えてやっと自分の醜さを自覚したことを後悔する。
僕を傷つけないよう、脅かさないよういつも気を遣ってくれていた人に、絶対にしてはいけないことだった。どんなに疲れていようが自暴自棄になっていようが、人として言ってはいけないことを言ってしまったような気がする。
冷めた夕飯を食べ終え、シャワーを浴びて着替える。リビングに戻っても先生はまだ帰っておらず、部屋は静まり返っていた。
スマホをリビングに置き去りにし、自室にこもる。数学の問題集を開いて椅子に座った。嫌でも向き合わなければいけないことは、きっと僕が一番わかっている。もし今よりできるようになれば、先生も喜んでくれるだろう。シャーペンを握る手に思わず力が入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます