23話 安全着陸を許さない・

 昨日は楽しかったー……が、しかし、そのせいですっかり忘れていた事がある。

 冬司のことだ。

 もともと女友達的な距離感で柚穂さんの好みを探る……みたいな目的があった。あったはずなのだが……

 柚穂さんの仰天カミングアウトでそれどころでは無くなってしまっていた。


 柚穂さんは俺のファンクラブなんてものを作ったわけだから、好みは俺……ということになるのか?

 ……いや、まさか。

 そもそも女同士だし!! いや……俺は精神的には男なのだが……! 

 ……ああもうっ、ややこしいな!?


 それに、推しと恋愛の好みは違う、みたいな推し方だってある。


 現に俺だって、「冬様」を推しているものの「冬司」と恋愛したい等というイかれた発想には至っていない。

 そりゃあ教室で猫を被っている時のアイツは可愛くてたまらんが……中身が違いすぎる。

 いやむしろ違いすぎるからこそ、恋愛と結びつきようがない! そう言うべきか?

 アイドルのオンオフを弁えてこそファンの鑑というもの。

 これまでの様子から察するに、柚穂さんには邪念なんてこれっぽっちもないようだし? その辺りは弁えているに違いない。

 従ってファンクラブをやっているからといって柚穂さんの好みが俺であると決めてかかるのは早計! 冬司にもチャンスはある!


 ところで、冬司に、柚穂さんが俺のファンクラブ会長という情報は伝えるべきか? 早とちりして変な気を起こさなきゃいいが……

 ああ、めんどくさ……恋のキューピッドとしての矜恃が揺らぐ……


「はぁぁぁ〜ぁ……」


 今日は来たる生徒会選挙に向け、柚穂さんも交えた作戦会議を執り行う事になっている。

 かくいうわけで俺は待ち合わせ場所の駅前へと来ていたのだった。


「よっ! 呉久、今日も辛気臭ぇなぁ?」


 冬司の能天気な声。お気楽なもんだ。まったく、こっちの気も知らないで……


「お前と違ってこっちにはいろいろ、って──」


 俺が振り返ると、えらい美少女がそこにいた。

 銀髪、碧眼、そして抜群のプロポーションと三拍子揃った美少女……冬様、降臨。


「よっ! 今日もかわいいな! 秋菜はちょっと本買って来るって」


 今日は冬司の妹、秋菜ちゃんも呼んであったのだが、合流にはもう少しかかるらしい。

 冬司は純白のシフォンブラウスにシアンブルーのハイウエストジャンパースカート、クラロリ調のデザインに加え、サスペンダーは彼女のたわわを強調していた。


「お、おう。そんじゃここでもう少し待つか……」

「……てか呉久、今日はまた随分と可愛い格好してんじゃねぇか! どうした!? もしや女の子としての自覚が……!?」


 指差して言う冬司に対して俺は言う。


「いやお前、自分がそんだけ可愛い格好しておきながら、よく俺のこと言えたな!?」


 ……そういう服はファンタジー世界の住人でない限り、ごく一部の超絶美少女しか着こなすことが難しくて躊躇しちまうんだぞ? そんな服着こなして、一体どういう気持ちでここまで来たんだ? んん?


「いや、アバターを着飾るみたいで楽しくね?」

「それは少しわかる」


 でも恥ずかしくないか? それ着て外出るの。

 なんてことを思ったが、指摘すればこの美少女はへそを曲げ、ありえんほど似合っているクラロリ調の服を着てくれなくなるだろう。

 従って俺の回答は。


「冬……似合ってるぞ。かわいい」

「お、おう……ありがと。いやでも、お前のほうこそ可愛いからな? すげー好み」


 いやいや「ありがと」ってなに!?

 ちょっと赤くなってるのも、無邪気にニマニマしてるとこもかわいいなッ、ちくしょうっ!

 ああ、ほんと。なんでコイツ……こうも正確に俺の好み打ち抜けんの……

 まぁ褒められて悪い気はしないか。

 ……って「可愛い」と言われて悪い気がしないという感覚、それもどうなんだよ、おいっ!


「あー……あと、俺の服は昨日柚穂さんと買ったやつだ」

「ふ、ふーん……? か、買いに行ったのか……オレ以外の奴と」


 この感じ、やっぱり柚穂さんの事は……言えば気にするか?

 これで俺と冬司の関係まで拗れる可能性だってある。

 それは……なんだか……


「俺と柚穂さんは特になんにもないからな!? その……柚穂さんは……柚穂さんはだなぁ……えーっとぉ」

「……なんかあるのか? あ、でも綾瀬さんがお前ファンクラブ会員なのは知ってるぞ?」

「へ?」

「しかも我らが茉莉様会の会長さまだ!」

「お前知っとったんかい!!」

「……? そりゃあな? 茉莉様会ウチの総元締めだし」

「俺の心配返せよ〜〜〜!」


 疲れた、無駄に。


「やっぱりそのことか……てかお前、知らなかったんだな!」





 ──しばらく、現実逃避がてら、ぼんやりと遠くを見つめていると、


「呉久、吸血って実質おせっせだと思わねーか?」


 なんてことを言い出すもんだから。

 ……俺の現実は変な奴ばかりだと改めて思う。


 冬様(冬司)は今日、学校じゃすっかり定着しつつあるおさげを、今日は下ろしてストレートにしている。


 日傘の彼女を影から誘わんとばかりにビル風が吹き、陽の当たった銀糸がきらきらと舞う。美しい──


 ──だというのに。


「いやぁ、昨日ちょ〜っと寝つきが悪くてな、某吸血鬼ハーレムラブコメファンタジーを一気見しちまってよ……それがどエロくてなぁ!」


 この美少女、口を開けばこうして、可愛い声に似つかない話題ばかりが出てくるのだ。

 美少女的ビジュアルの無駄遣い、もう濫用といっても過言ではない。

 野郎部分の侵食が俺の興を削ぐせいで、妄想の隙がない。


「ちなみにオレの推しはこの子な。なんてったって一途なハーフアップ金髪腐れ縁キャラだぜ?」


 ちょっとうるさい、今は妄想に浸らせろ。


「あ、でも、こっちも可愛いんだよな〜〜中等部の聖女ちゃんキャラで元王女設定もアツい。この見た目は欲情する。姉妹揃っていい! いくら吸血鬼の真祖でもこれは吸血衝動抑えられねぇよ」


 冬司はすっかり吸血鬼を見知った口ぶりだが、こいつは吸血鬼に知り合いでもいるのだろうか。

 生憎、この世界にそんなファンタジーは転がっていないはずだが。

 いや、今のお前の見た目だと先祖が吸血姫でもおかしくないか。

 色白、銀髪、碧眼、日光に弱めで、かわいいし。

 仮にもし、実は吸血鬼なんだ、なんて打ち明けられようものなら、俺は嘲笑したばかりのファンタジーへ改宗することだろう。


「こう、首を傾けてな?」


 眼前の美しい吸血姫は、なぜかフレアスリーブの袖をずらし、冬化粧のように白く滑らかな首筋を露出させた……妙に色っぽい。


「っ……あ、ぁーぁー……」


 彼女は発声練習でもするかのように声を窄め、首筋を見せつけるように頭を傾げる……

 そして芝居がかった恥じらいを浮かべて言った──


「『……あたしの血を吸って欲しいの』──って。な? エロくね?」


 ──アニメの吸血ワンシーンを真似たであろうその仕草、不覚にもキュンときてしまった自分がいる。


「なななにやってんの!? え、えええっちだなあおい!!」

「な〜〜? エロいだろ? ムッツリスケベくんよぉ? 練習したんだぞ」


 にやにやと、揶揄うように笑う悪友の顔がある。こういうところは男だった頃から変わらない。


「確かに存在しないはずの吸血衝動に襲われたけど! それよりまず──」

「『……先輩は本当にいやらしい人ですね』」


 ……なんでずっと吸われる側なんだよ。

 しかしこいつ、気づいてないっぽいな……


「すごっ! 似てる……! って、ちゃうわ!!」

「なんだよ……お前もみてんじゃねーか、だったら──」


 いや、見てたけどさ……そうじゃなく──


「いいからッ!! まず服を、直せよッ!!!!」


 忘れてはならないがここは駅前、公衆の面前である。


「あー……」


 この無駄にシチュエーションプレイに真剣なアホは、現在、背中のボタンを一つ外して、少しはだけた状態になっており……その扇情的な痴態は衆目を集め始めていた。


「俺が壁になるから……はよ直せ」

「女子校の壁〜みたいな? ……あっ、はい。睨まないで……スマンカッタ……へへ」


 なにわろてんねん。


 日頃、俺達は奇抜な見た目のせいで注目される事も多い。近頃はそう言った目線に慣れつつあったのだが、今日は一段と嫌な視線が刺さる。

 特に男共の。

 なんというか、見ていない風を装って振り向きざまにチラ見してくる輩が一定数いる。まぁこんなエロい美少女、男性本能がズームインしてしまうのは分からないでもないが……しかし。


 コソコソしててもわかるからな!? そう機敏に辺りを見渡すやつがいるかよ!! ケダモノめ!!

 なんだか女子が『ちょっと男子〜?』や『さいて〜!』なんて言いたくなるのもわかる気がした……男ってほんとバカばっかりよねっ!!


 俺は自分のことを棚に上げて、とっくに服を直し終わっていた冬司の手を引く。


「あっ、おい、ちょっ、おまっ、どこ行くんだよっ。秋菜どうすんだよ!? あと、そ、そそそのて、手────んぐ」

「うるさいわね。貴女、少しは黙ってついてきたらどうなの?」


 慌てるように反抗する冬司の口を指で塞ぐと、冬司は一瞬たじろいだように驚いて、


「……ひゃ、ひゃいっ…………」


 と鳴いた後、静かになった。


 茹でダコのように真っ赤に俯くポンコツの手を引いて、近くの喫茶店へ向かう。

 多少強引だがすぐにあの場を離れたかった。


 もちろん俺だって冬司のバカに耳を貸した上、えちぃシチュエーションも再現してくれるなんて役得展開、楽しくないはずはない。

 だが、それが他の人にも見られていると思うとどうにも我慢ならなかった。

 ……もちろん、公序良俗を乱す友人を注意する意味合いであって他意はないぞ? うん?



 ──オシャレな内装の喫茶店に入り、店員の案内を受けて席に着く。

 その際、先程から妙に静かな悪友美少女の一言で、俺はようやくそのしおらしい素振りの訳に気付いた。


「あのー茉莉さん? そろそろ手を話してもいいんじゃない……かな? オレ、そろそろ、ちょっと恥ずかしぃ……のだが」

「あっ……」


 俺と冬司は手を繋いだままだったのだ。

 てっきりお淑やか攻撃が決まったとばかり思っていたが、なるほどそういう……


「ご、ごめん」

「あっ」


 こんなおいしい展開の真っ只中に居たのに気づけなかった自分が憎い……!

 だからこそ──!


「いや、まって!」

「へ、ぇえ? なに!?」


 離れかかった手を繋ぎ止める。


「まって、もうちょい! もうちょっとだけ……あそこを離れることに夢中でまだ味わえてない! なんなら今から集中して味わうから……」

「お、おう……」


 口から出る言葉の残念具合に飽きれるも、理想の美少女と手を繋いでいる状況、文字通り、手放せるはずがない──


 まるでこの子の茹で上がった恥ずかしさをバトンタッチされたかのように、頬が熱を持っていくのがわかった。


 ◇◇◇


「──で、私は一体何を見せられているの……? 百合? BL?」


 程なくして、この喫茶店の一角には秋菜ちゃんもやってきていた。


「ごきげんよう、秋菜さん。今日も可愛らしいわね」

「茉莉先輩……お久しぶりです。茉莉先輩は随分、お綺麗になられましたね?」


 秋菜ちゃんはアホ冬司の妹にも関わらず、中等部の生徒会長という、冬司と血縁関係を疑うほどしっかりしたいい子だ。


「うふふ……ありがとう。そういえばこの身体になってからだとはじめまして、になるのかしら。……なんだかごめんなさいね?」

「いえいえ、良いものを見られました。それと、茉莉先輩は普通でいいですよ?」

「そんじゃ、お言葉に甘えようかな……」

「それに普段お淑やかなぶん、素の茉莉さんが出ると興奮します! 姉になってしまった不束な兄ですけど、よろしくお願いしますね」


 いい子カナー? いや実際、しっかりした子ではあるんだが。

 それに、なにかよろしくお願いされてしまった……


「あのな秋菜、オレは呉久に頼み込まれて手を繋いでるわけであって、これは自主的にやってる訳じゃねえからな?」


 と、俺と手を繋いだままの冬司が返した。

 俺はその鼻につく物言いに口を出す。


「おい、なんだその言い方!」

「いや妹の前でこれはキツイって」


 ……確かに。いい加減手汗も凄いことになってたし、充分堪能した。少し名残惜しいが。


「……」

「……」


 特に言葉もなくそっと手を離す。その際ちらりと見れば気恥しく赤くなった銀髪少女と目が合って、そっぽを向く形になった。

 悪友相手に、どうしようも無く初心な自分が恥ずかしい。


 しばらくの間、「きゃ〜〜! なにこれ尊い……」と目を輝かせる秋菜ちゃんを前に、俺と冬司は目を泳がせていた。


「おいしい」


 そう言う秋菜ちゃん。紅茶好きなら話が弾むだろうが……生憎、俺は恥ずかしさを誤魔化そうとアールグレイを口に運ぶだけで、先刻から味があまりしない。


「茉莉先輩が手を引っ張ってこの店に入っていくとこ、いや、その前からずっとおいしいのよ……」

「ごフッ」


 ……紅茶を吹き出す所だった。どうやら秋菜ちゃんは一般常識から多少逸脱したお茶請けを好むらしい。あの場には思わぬ伏兵がいたのだ。


「……ちょっとまて秋菜、お前ぜんぶ見てたのか?」


 冬司の追求に秋菜ちゃんは返す。


「私が本買って戻った時にはおにいはもう脱いでたよね? あと、おにいはいちゃつき方が下品」

「うわーはっず! ほぼぜんぶ見てんじゃねーか! ってかオレ、別に脱いでねーし、いちゃついてた訳でもねーから」


 冬司が弁明する間も、俺はティーカップを持つ手がおぼつかない。舌の根も乾かぬうちに飛んだ追撃だ。


 ピロンとスマホが鳴り、通知が来る……正直、救いの鐘に聞こえた。


「あ、柚穂さんもうすぐ着くって」


 俺の言葉に冠城姉妹の話題が変わる。


「いいか、秋菜。オレのことは外ではお姉ちゃんと呼べよ? 外では完璧美少女で通ってんだから」

「偉そうに言うな! 完璧美少女は"オレ"なんて言わないしおにいみたいな下品なことは話したりしないの!」


 ごもっとも。素がこれだからなあ……

 猫かぶっている時……いや仮に黙っていたとしても、それだけで第二宇宙速度を超えて、ミス太陽系代表に選出されてもおかしくない美少女だというのに。勿体ない。


 俺達はおふざけの突貫工事ででっち上げたキャラに搭乗した、所詮は童貞パイロットのハリボテ女子高生。

 乙女の操縦ライセンスすら持たない上に、身から出た錆で容易にメッキが剝がれる。本物には敵わない。


 しかも諸々のことがバレようものなら女の敵という烙印で翼をかち折られ、墜落した社会的信用はマリアナ海溝より深い墓穴へ水没するだろう。


 ラブコメに憧れる現代のイカロスにとって、たとえでっち上げた完璧美少女キャラであっても嘘のメッキを上塗りし、卒業まで乗りこなす他に道はなく。


 従って、相も変わらず今日も猫を被ろうとする俺達に、安全着陸以外の道はない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る