間話3 37.5話 令嬢と少女

カラント=アルグランの『願い』はなぁに?


「もちろん、王宮魔術師よ!」

赤い髪の貴族の少女は、当然でしょう?と笑って答える。

「魔術の名門、アルグラン家に生まれたのだから、建国から仕えた名家として魔術の研鑽はもちろん、私は領地のためにも魔術を学ぶつもりよ」

アルグラン家の領地は小さな港町だ。大きな交易用の港ではなく、漁船が多い小さな港。


「今でこそ、漁業が盛んなこの町だけど。魚や貝をもっと低い温度で、冷凍できるようになれば大きな商品になると思うの!あぁ、観光業もいいわね。海が綺麗に見える場所に大きな宿を作るの!」


それは、子供の浅知恵。それでもカラントはそのために氷の魔術を中心に魔術を学んだ。

「そうよ、いつか海を凍らせるぐらいの魔術師になるの!」

それは、無謀な夢。しかしこの夢になんの罪があろうか。

「そうすれば、お父様も喜ぶし、お義母様も褒めてくださるわ。領民のみんなが幸せになる『奇跡』を起こすの」


少女は笑う。少女の、長く、美しい髪は貴族のステータスである。


「そうね、それならきっと私のためになんでもしてくれる旦那様も見つかるかもしれないわね。ううん、見つける。同じぐらいか、それ以上の家格の貴族がいいわね」

黒い瞳をキラキラとさせて、カラント=アルグランは、輝くように笑う。



「ねぇ、あなたの願いは?」



そう、問われ、少女は。短い赤い髪の、傷だらけの身体の。

「ただのカラント」は言葉に詰まる。


「わ、私の、願いは」

言葉が出てこない、一つの音を出すたびに喉が締められるようだ。

「ねぇ、この『奇跡』」

カラント=アルグランが笑う。

「どうして自分のために使わないの?どうせ死なないんだから」

今までどこにいたのかと、ようやく気づく。

周囲が明るくなる。

おとぎ話で見たような、大きなお城のダンスホールで、二人のカラントは立つ。

かたや、藍色と白が美しいドレスで。

かたや、薄汚れた革の鎧と、麻の服、フードをつけて。

「そうよ!死ぬべきよ!『世界一の魔術師になりたい!』『永遠の美しさが欲しい!』『誰からも愛されたい!』『お金持ちで権力もある素敵な恋人が欲しい!』」

ケラケラと、貴族淑女にあるまじき声をあげて、カラント=アルグランは笑う。

「そう、だって!もう、二回も使ってるのよ!自分の願いを叶えるために、自分で自分を殺してる!」


ただのカラントの手に、黒鞘の短刀が握られていた。

刃が、ダンスホールの明かりを反射して白く煌めいていた。


「さぁ」


カラント=アルグランが、その短刀で、私を突き刺せとばかりに手を広げた。

優しい、まるで、抱擁でも求めるような親しみを持った笑顔で。


「いやだよ」


ただのカラントが首を振った。


「どうして?」

「だって」


ただのカラントは泣きそうな顔をする。

「そんなことで私の思い出を無くしたくないもの」

万人が望む夢を、そんなこと、と少女は答えた。

「グロークロがね、作ってくれたご飯とか、イナヅ様に抱き抱えられたこととか、子供たちと遊んだり、鶏の世話をしたり、リグと洗濯頑張ったこととか」

ただのカラントは、短刀を握りしめながら、つっかえつっかえ、言葉を紡いだ。

カラント=アルグランは、それを嘲笑うこともせず、静かに聴いている。

「タムラさんと初めて会ったときや、サベッジさんたちと野営地で過ごしたりさ。

初めてのギルドで、セオドアさんやシャディアさんにあったりして。うん、あれはびっくりしたなぁ」

思い出を語るたびに、心臓が強く動いているのが良くわかった。

「怖い思い出もあるよ。殴られたりして。でもラドアグさんと、ガーネットさん、スピネルさんが庇ってくれた。グロークロがやり返してくれた。

そう、グロークロが私を助けてくれたの」

すぅ、はぁ、とゆっくり息を吸う。

カラントは、己の前に優雅に立つ令嬢「カラント=アルグラン」の目をまっすぐに見る。

「馬鹿ね。今回は記憶を無くすとは限らないじゃない」

「それでも、無くすかもしれないでしょう?やっぱり嫌だよ」

彼の言葉を思い出す。「死ななくていい」と、言ってくれた。

それが少女の心の支えだった。


「ごめんなさい。私はカラントを殺したんだね」

かつて、グロークロを助けるために、代償として消えてしまった記憶、思い出。

ただのカラントが殺した『カラント=アルグラン』


「そうね。でも違う。グロークロを助けるって決めた時は私、『カラント=アルグラン』の意思よ」


長い髪の貴族令嬢は、微笑みを浮かべながら凛として立つ。


「そっか、うん。じゃあ仕方ないわ。あーあ、私って意外と趣味悪いわね。あんなオークに惚れるなんて!」

自分で自分に揶揄からかわれ、カラントは怒りだか照れだかでカラントはどう表情を作っていいかわからない。


「じゃあ、あなたの願いは?カラント」

「わ、私の願いは、いっぱいあるよ」


令嬢に問われ、カラントは指折り『願い』を一つ一つ語る。


「まずは魔術をまた、ちゃんと覚えたい。ご飯作りも、グロークロとまだたくさんデートしたいし、いつか一緒に馬にも乗りたいでしょう?また水晶洞窟にも行きたいし」

「ねぇ、キスは?」

ニヤニヤとこちらを見てくる令嬢に、カラントは誤魔化そうかと考えるが観念して、うん、と続ける。

「キスも、いっぱいしたいよ。愛してるって、たくさん言ってほしいし、いっぱいいっぱい、抱きしめて、ほしい」

羞恥のせいか、徐々に声が小さくカラントを見て令嬢はニヤニヤとするばかりだ。

「慎ましくて、欲張りね、カラントは!」

令嬢が、カラントの手を取る。黒鞘の短刀はいつの間にか消えていた。


互いの手をとり、でたらめなステップでダンスホールの真ん中でくるくる回る。

「私、オークってまだ人を食べると思ってたのよ!バカよねぇ!?」

「た、食べないよ!」

「知ってるわ、だって、同じカラントだもの!」

令嬢は困惑しているカラントに、余裕たっぷりに微笑むばかりだ。


あぁ、「カラント=アルグラン」は本来こういう子だったのかと、少女は令嬢を見る。

「どっちも私よ」

カラントの心を呼んだように、令嬢はくすくすと笑う。


「ねぇ、起きたらグロークロの寝台に潜り込みましょう?」

「え?えぇぇえ!?」

「いいじゃないだって好きなんだもの」

「だだだだめだよ!」

「きっと、グロークロはすぐ起きるわ、そしてこう言うのよ。『どうした?寝れないのか?』って、怒らないわ。そのまま抱きついちゃいましょう!」

「で、できないよ!」

「知ってるわ!」


とうとうコロコロと声をあげて笑う令嬢に、また揶揄からかわれたのかと、カラントはぐぬぬと唇を噛んで悔しそうにする。


「ねぇ、カラント、よかったわね」

「ふえっ?」

「王子様に出会えたわ。私だけの王子様よ、おっきくて緑色で白い牙の!」

グロークロは王子様という感じではないけど。


「うん、そうだね。私の王子様だ」

「そうよ、呪いを解くのは王子様のキスだけど、私はお姫様じゃないから、寝ている暇はないわ。」

「……いいの?「カラント=アルグラン」」

ただのカラントの言葉に令嬢は少しきょとんとするが、すぐににんまりと笑って見せる。


「あら、グロークロが好きなのは自分だけだと思って?カラント


ふふん、と自信たっぷりに笑う令嬢のカラントに、私も笑う。


「じゃあ、頑張るね、私」

「そうよ、頑張るのよ、私」


*****


カラントは目を開ける。

いつもの部屋の、いつものベッド。


とても、とても変な夢を見ていた。

ふと、ベッドサイドのテーブルに置いていた鬼辰国の黒鞘の短刀が落ちていることに気づいた。

「あなたの仕業?」

血を吸えば吸うほど妖しい力を得るといわれる異国の短刀。

その短刀を拾い上げ、奇妙な夢の原因を問うが、もちろん、短刀が答えることはない。

カラントは窓の外を見る。外はまだ日が上りきっていないのか薄暗い。


隣の寝台を見れば、グロークロはまだ眠っていた。


「……」


*****


ーーーどうして

どうして俺の寝台にカラントが入り込んでいるんだ。


目が覚めると、グロークロの隣でくぅくぅと可愛らしい寝息を立てる未来の嫁。

とても、かわいい。


起きなければ、と言う気持ちと、もう少しだけという気持ちがせめぎ合う。


「俺じゃなかったら、カラント、大変なことになっていたからな」

少女から返事はない。が、ちょっと口角が上がっている気がする。


「……」

グロークロは、隣の眠り姫のおでこに口付けを落とす。

自分でも柄にもない事をしているな、と、グロークロが思ったが。

途端、かわいい姫の顔が耳まで赤くなる。


「(この、寝たふり姫め)」


オークが笑ったのを皮切りに、少女もついつい笑い声を漏らして、とうとう目を開ける。


「バレちゃった」

無防備に、目を細めて笑う少女に、思わず生唾を飲み込む。

すっかり誘惑されたオークであったが、観念したように口角を少しだけあげて笑い、その少女を抱きしめてやるのだった。

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オークと不死の少女、あとブロッコリー 竹末曲 @takesue280

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