第37話 これから

「結論からいうと、王都の元聖女は君らを追う術もなく、仲間もいなくなった」


ーーーギルドの応接室

長椅子にはカラントがリグを膝の上に乗せて、その隣にはグロークロが座っている。少し離れた場所で、別の椅子に座るのはタムラだ。

彼らの向かいには、悪趣味なセオドアの胸像が置かれている。

本体は、まだ王都から帰ってこれないらしい。


カラント襲撃、誘拐と色々あったが、その元凶の一つがなくなる。


そうわかると、タムラとリグはほっとしたような顔を見せたが、グロークロは顔を顰めたままであった。


シャディアがお茶をローテーブルに置き、カラントがぺこりと頭を下げる。


「まず召喚術の聖女フリジアだが、『世界樹』の魔法により、その召喚術を封印されたと王都には知れ渡った。此度の召喚獣による貴族子息及び被害は、全て彼女が原因とされる」

キュ、とリグが口をへの字を作った。

カラントを苦しめたものは他にもいるのに、と言いたげなのを察したのか、セオドアは話を続ける。

「フリジアの取り巻きは全員死亡。フリジアを支援していた王子も、召喚獣によって錯乱している。今は療養という名前の監禁。ジアンは、まぁ、彼は僕の知り合いが可愛がっているよ。まだこの街にいるし、なんならお店教えてあげようか?」

お店?とリグとカラントが不思議そうにしだが、気にしないでくださいと、タムラが深掘りさせないようにする。


「カラントちゃんの『奇跡』についてフリジアとジアンが吹聴するだろうが、所詮狂人の言葉として扱われる。まぁ、二人ともそれどころではないだろうがね」


世界樹も精霊も、カラントのことを口にする様子はない。


王宮の魔術師がわざわざ呼び出した精霊に、フリジアが語るカラントの不死の事をきいても、『何も知らず、最後には飽きて言葉遊びをしだす』

との報告も上がってきているほどだ。


ーーーおそらくカラントの『奇跡』を知っていても、語ることを許されているのは、精霊でもわずかな、上位の存在だけなのだろう。


「リグ君に聞きたい点がいくつかある」


セオドアの真面目な声に、リグが背筋を伸ばす。

「世界樹から生まれとされる、エルフの国の守護大樹はカラントちゃんの事を知っているのかい?」

「え、えぇっと」

リグは困ったように声を出し、その手をくねくねと前の方で絡ませる。

「世界樹がカラントのために僕を作った事は、知っていると思います。おそらく、カラントの『奇跡』のことも」

ただの精霊も知っているのだ、守護大樹がそれを知らないはずはない。

「残念ながらエルフの国の情報は僕にも入って来ないけど。守護大樹からその情報が漏れて、エルフの使者が来る可能性があるね」

世界樹信仰のエルフの国だ。

人間の短い寿命を考えれば、エルフの国でカラントを保護すべきという考えになりかねない。

あと、世界樹の分身のリグを他国に置いておくなど!という過激派も生まれるだろう。


「あぁ、あと。これはまだ秘密なんだけど『魔神』入りの召喚獣が七体、世界に飛び散っちゃってさ」


セオドアのとんでもない言葉に、全員が硬直する。


「流石の非常事態だから他国の上層部に連絡だけはしてるけど、流石に国民には知らせたら大パニックになるからねぇ。あははもーやだ。帰りたい」

乾いた笑い声のセオドア。どうやら王都で馬車馬の如く働かされているらしい。

「どうにか魔神の大まかな居場所を特定する魔術は確立できてるから。国外にでたと思われるものもいるし、この街に来たらすぐに教えるから」


つまり、聖女からの追手はないが、エルフの国やら魔神がちょっかい出してくるかもしれないという話だ。


「あぁ、もちろん…カラントちゃん、君の奇跡を使う必要はない」

セオドアにそう言われ、心のうちを見透かされたようで、カラントがどきりとする。

「全ての『召喚獣』の消滅を願って誰かに殺してもらう。なんてしないように」

セオドアの言葉を肯定するように、絶対にそんなことさせないからなと、グロークロが怖い顔をしてカラントを見る。

「でも」

「こういう時の、国と貴族どもだ。それにもしかしたら『魔神』退治の英雄が生まれるかもしれないしね」

前半は真面目に、後半は茶目っ気たっぷりにセオドアが語る。

「……君の奇跡が、必ず起きるという確証はもうないんだ。特に君に不死を願った元凶のフリジアは今や数多の魔術を行使されている。正直、君が不死でなくなっている可能性も十分あり得る」

「じゃあ、私は、どうすれば」

「今まで通りだ」

グロークロがカラントに言い切る。


「お前を殺しに来るものは、俺が殺す」


死ななくていい。死ぬべきなのかなどと考えなくていい。

「『魔神』とやら来たら必ず教えろ、カラントを狙うなら俺とリグとタムラで殺す」

オークの言葉は冗談ではなく、真剣そのものであった。

リグもうん!頑張ります!と頷き、タムラは「え、私も?」という顔をしてグロークロを見ていた。

なおも諦めず、タムラは「私もう衛兵退役しているし、商人やってるんですけど、え?私も?」という顔で周囲を見るが、全員真面目な顔である。


「敵の話はこれぐらいで。カラントちゃん、ご両親のことは覚えているかい?」

セオドアの問いに、全員がカラントに注目する。

ぎゅ、とリグを抱きしめ、カラントはふるふると首を横に振った。

「……覚えて、いません」

ぐ、とグロークロが己の拳を握りしめる。


あの森で、一度死にかけたグロークロを助けるために、カラントは自分で自分の命を断ち、願いを叶えた。その追加代償に己の記憶も捧げたのだ。

自分は、彼女の記憶と引きかえに、助けてもらった命なのだとグロークロは思い知る。

「そうかい、近々アルグラン家からシルドウッズに使いがくるかもしれない。考えていて欲しいのは、今後どうするかだ」


王都の書類上、カラント=アルグランは学園で行方不明のままだ。

このまま死んだことにして、学園の、国の、不手際で娘が亡くなったと訴えて謝罪金を受けとるのか。


アルグラン家が、記憶喪失で証拠もないカラントを娘として認めるのならば、アルグラン家はカラントの傷を理由に王家に賠償金を請求できるだろう。

だが、その後に待つのは、傷物の令嬢としての生活だろう。


それに……

「伯爵令嬢と他種族との婚姻は認めないだろうからね」

貴族が愛人としてエルフや獣人を召し抱えることは少なくないが、婚姻に関しては流石の王家も許さないだろう。

カラントが顔を赤くして、グロークロを見る。

『求婚の話、言ったの?』

『まだ言ってない』

目線でそれだけやり取りして、余計にカラントは目に見えて狼狽える。

つまり、私がグロークロのこと好きだって、みんなにバレバレなんだと自覚して、少女は恥ずかしさのあまり。抱きかかえたブロッコリーの頭に顔を埋める。

タムラとシャディアは、そんなカラントを微笑ましく見るが敢えて言及はしないでおく。


「……二人とも僕の愛人ということにしてしまえば、万事解決なのでは??」

閃いた、みたいな口調のセオドア。

「マスター、帰ってきたらオークとの一騎打ちですよ、良かったですね」

殺すと、顔に書いてあるグロークロを見て、穏やかにシャディアが主人に伝える。

それに対して、セオドアの胸像は愉快そうに笑うばかりだ。


「アルグラン家には、何度か使いを出しているが、何せ、うちとアルグラン領は離れていてねぇ。それに今はこの騒ぎだ。到着するまでカラントちゃんはアールジュオクト家が預かる、ということで僕の屋敷に来てもらいたいんだけど」

「ギルドが管理している宿でいいじゃないですか。正直、お前の屋敷、なんか変なものありそうで嫌だ」

無礼なタムラの言葉に怒ることも、セオドアは否定の言葉も出すことはない。

「うん、じゃあ今の宿のままで!」

思い当たるものが多々有ったのだろう、セオドアはあっさりタムラの案を認めた。

「今、宿はどこ貸している方っけ?どんな感じ?シャディア」

「長期滞在用のゲストハウスがありましたので、そちらをご利用いただいてます」

「はい!あの、お風呂もある、お家の中に洗濯場もあるすごいお家を丸々借りてます!!ありがとうございます!!」

シャディアの言葉に興奮してカラントが感謝を示す。

もしカラントが犬系の獣人だったならば、喜びでブンブンと尻尾を振っていただろう。

「そうかい、よかった。部屋もいくつかあるところだったかな?」

「えぇ、個室は4つほど」

何気ないセオドアの質問に答えるシャディア。

そのやりとりに、再びカラントのじんわりと頬に朱色がさす。

グロークロとカラントが同室だとバレているかしらと、思ったのだ。

もちろん同室なのは、グロークロが万が一に備えてカラントを守るためだし、オークの集落でも一緒だから今更なのだけれども。


なお、なぜかタムラとリグが同室である。

ニコニコ笑顔で、枕や夜読む予定だという本を持ってくるドリアード。

人の良いタムラが自室に受け入れて、そのまま過ごすことになっている。


それがバレたらセオドアも枕を持って侵入しそうなので、タムラは石のように押し黙り、なんなら気配も消しておく。


「ぜってぇ泊まりに行くからな」

世にも珍しいドリアードと同衾できる可能性を見つけた変態セオドアが宣言し、逃げられないとリグが悟り、青ざめた。

そして、その変態とドリアードに挟まれるであろうタムラが真顔でオークに助けを求める。

オークは目を逸らすばかりであった。

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