第35話 壊す崩すは遊びの基本 ※性的描写あり

誰も入ってこれない王子の部屋、その長椅子の上で、しどけない姿を晒す聖女と、それにのしかかる王子。

接吻を何度も繰り返し、王子は腰をヘコヘコと動かして聖女の秘所に己の白い剣を打ち付けている。

あっ、あっ、と甘い声をフリジアが漏らして見せれば、自信ありげに腰を打ちつける速度を上げる王子。

甘い匂いがする。目の前がチカチカと桃色と白に弾ける。何も考えられない。

「【そうです、殿下、お上手お上手】」

誰かの甘い声音と吐息を耳朶に受け、うぅと呻いて王子が吐精する。

「【あぁ、それはもう飽きたでしょう?別のも選べますよ】」

目の前に、赤く長い髪のカラント=アルグラン令嬢が恥ずかしそうに裸で王子にひざまづく。

「良い、許す。さぁ、こい」

二人の女が、王子の生白い鞘付きの剣をまるで取り合うように舐める。

それに満足そうに王子は笑い、また小さく呻くと少女二人の顔に子種をかけてやる。

自分が何をしていたのか、何をしているのかもわからず、王子は目の前に現れる女たちに己の肉欲をぶつける。


ーーーーー

ぐちぐちと音を立て、『魔神』はその体を変形させる。

元は色鮮やかな鳥型の『召喚獣』だったようだ。

なるべく警戒されないような、力が弱く見えるもののほうがいいかな。

そう考えて、人間の子供のような姿に調整して、その手足は元の鳥の羽や足のままにしておく。

小柄なこの姿なら、ハルピュイアに見えなくもない。

こんな鮮やかな、赤と青の羽を持つハルピュイアがいるのかは知らないが。

「【うん、いい感じ】」

もとよりこの体には歌声で人を慰める、心身をリラックスさせる能力があったらしい。

練習がてらに王子に囀ってみたが、やり方を間違えてしまったな、とクスクスと『魔神』が笑う。

長椅子の上では、王子が涎を垂らしてタッセル付きの上等なクッションを相手に必死に腰を振っている。

高貴な子種が無駄打ちされているのを横目に、『魔神』は部屋に飾られた大きな鏡の前でくるりとまわってみせる。

まるでドレスを買ってもらってはしゃぐ子供のような無邪気さだ。

「【んと、顔はこんな感じかな】」

男にも女にもみえる幼くて中性的な可愛らしい顔を作って、満足げに笑うと、『魔神』は窓を開けた。

青臭い精子の匂いから解放され、気持ちのいい風が入ってくる。

背後では、永遠に終わらぬ快楽に腰振りが止まらぬ王子が、おっおっおっ!と海獣のような声をあげていた。

それに振り返りもせず、美しい鳥の『魔神』は空へと飛び立った。


*****


グぎゃ、と、蛙のような鳴声がした。


それは、フリジアがお気に入り男子生徒たちを部屋に招いて、優雅にお茶会をしている時だった。

そう、あれだけ忠告された召喚獣をそばに侍らせて。

「……は?」

メイドの服を着せた、美しい人の形をした召喚獣が、取り巻きの一人の頭を潰していた。

「【お!成功してるわ!】」

ニタリと、そんなことを言って『それ』が笑った。

「【バカね、そんなことしたら怯えられるじゃない】」

もう一人のメイド型召喚獣が魔法を使う。

叫び声をあげて我先に扉や窓から逃げようとする生徒たちだが、扉や窓を前にして、透明な壁に阻まれて触れることもできない。

「【うん、この子だ。これ以外は問題ないよ】」

フリジアを指さし、召喚獣たちはニタニタと笑みを浮かべる。

「お、お前たち、何をしているの!?」

フリジアの言葉を無視して、彼らは上機嫌に笑う。

「【せっかくだ。僕らは人間をよく知るべきだよ。だから、ちょっと中身を見てみたいな】」


パチュん、と水風船が割れるような音がする。

「あ、あっ、ああああ」

一人の少年の腹が縦に裂けた。

少年は凍りついた表情で、華美な絨毯に飛び落ちた腑を掻き集める。

「【いいなそれ!】」

「お、お前らぁっ!」

フリジアは目の前の召喚獣たちが指揮下にないと悟り、すぐに新しい召喚獣を呼ぼうとしたが

「はれっ?」

召喚しようとしても、何も応えない。パチリと緑色の光が一瞬爆ぜるだけだった。

「『出でませ!出でませ!』」

必死に呪文を唱えている間に、一人、二人と命の火が消えていく。

「【へー、人間って中身こんなになってるんだ。この紐なっげぇなぁ!!】」

誰かのはらわたを出して遊ぶ『化け物』に、フリジアは腰を抜かす。

「うそ、なんで!?なんで?」

フリジアの驚愕を、『化け物』たちは気にせずに遊ぶ。

かたや泥遊びのように、かたや積み木遊びのように。


その饗宴は日が沈み、朝日が昇るまで続けられた。

子供が屋敷に戻らないと親達は大騒ぎをし、学園の教師がやっとその部屋を開けた時には。

一人震えるフリジアと、「元」人間が散らばっていた。


窓は大きく放たれ、教師たちの耳にはかろうじて遠くへと飛び立ったであろう、二人分の『魔神』の笑い声が聞こえるのみ。


*****


「予想通りの最悪の事態だ。子爵よ」

王宮の一室、セオドアは目の前に座る厳しい老人を相手に、ため息で返事をした。

「当てようか?まず取り巻きのメイド型が数体かな?」

セオドアの言葉に、老人が頷く。

「それに、昨夜、学生寮のカラント=アルグランの自室から召喚獣が一体外へ出たと報告がある。聖女と交流があった男子生徒は全員召喚獣に殺害されているし。そして王子様も、召喚獣に乱暴されたらしい」

「は?あんたら何してたの!?」

せめて王族からは引き剥がしておくべきだっただろうが!とセオドアが憤る。

「王妃から鳥型の召喚獣を預かってしまったらしい」

あぁ〜と、セオドアが自分より高位の貴族を前に頭を抱えて見せる。

「魅了でもされたのかい?」

「……今も正気を失っていらっしゃる」

老人は苦々しい顔をして見せた。

「じゃあ、聖女はあれか、地下牢行きかい?」

「無論。お前のいう通りであった。突然、召喚獣たちが変質して……」

思い出したくもないと、老人が呻く。

魔術団の監視下にあった召喚獣はまだいい、首輪をつけていて抵抗されたが肉体を破壊することはできた。

問題は、フリジアが報告せずにいた召喚獣や、首輪を破壊した召喚獣がいたことだ。

「フリジアの友人男子生徒は全員、魔神が入り込んだ召喚獣に殺された。部屋の床に臓腑が並べられていたよ。その召喚獣もすでに行方もしれないときた。王子に至ってはもうあれでは使い物にならん」

相手の言葉に、セオドアは思わず盛大なため息を漏らして、老人に睨まれてしまう。


「では、アルグラン令嬢の部屋にいたものも『召喚獣』だと認めてくれるんだね?」

「今は何ともいえぬ。それどころではないからな」

「で、結局何体、召喚獣が魔神に乗っ取られたかわかるのかい?」

「七体だそうだ」

「ははははははは!!!!」

それを聞いてセオドアはもう笑うしかない。


最悪である。


七体もの『魔神』がこの世界に放たれてしまった。

しかも、自由自在に変化できる肉体付きで。

「聖女は間違えても死刑にするなよ?彼女を通して召喚獣を探せないか、制御できないか呪術や魔術を通し続けろ。そうでもしなきゃ手詰まりだ。」

「もちろんだとも。すでに行なっている」


召喚獣を乗っ取られたとしても、フリジアから召喚獣への接触及び制御方法がないとは言い切れない。

彼女は七体の魔神がすべて討伐されるまで、拷問にも近い魔術実験を続けられるだろう。

あぁ、それに貴族子息殺しの責も問われるはずだ。

「いっそ死んでしまった方が楽かもねぇ」

「死なせるものか」

老人の冷徹な声に、クフフとセオドアが笑う。

「団長殿は仕事熱心だねぇ」

団長と呼ばれた老人は、忌々しいとばかりにセオドアを睨みつける。

「貴様も随分と無茶をしたな。ハウンドダガーの子息が一人、除籍されたと聞いたぞ」

正しくはハウンドダガー伯爵家と話をつけて「ジアン=ハウンドダガー」は未だ行方不明とし、貴族籍から除籍とした。

酔って冒険者を殴るなど、本来ならそう大した罪ではないが。

彼は、アールジュオクトが危険視している聖女と関わりがあった。

察しのいい伯爵家は早急に、かの美しい剣士を切り捨てた。

シルドウッズで捕まっているのは『ジアン』を名乗る狂人ということにしてくれと、伯爵家からは口裏合わせを頼まれた。

その狂人は、セオドアの『趣味の友達』が引き取ってくれることになっている。今後は男娼としてワインではなく、逸物を尻で受け止めることになるだろう。

「あぁ、全く、僕も胸が痛むよ」

嘘くさいセオドアの言葉を、老人は鼻で笑う。


「とにかく、国は七体の魔神を討伐するのに必死だ。貴様も協力しろ」

「領地に戻ってからね。アルグラン令嬢の失踪、それもフリジアが関わってるけど、令嬢はうちで保護しているからそこは心配しないで」

この後に及んでの新情報に、グリムリーフはジロリとセオドアを睨みつける。

「貴様、あの女が言う事を聞かないとわかっていたな?」

「一体は認めないと思ってたよ。召喚獣で『貴族令嬢の偽者』を作ったなんて知れたら普通は死刑台直行だからね」

「だから学生寮は貴様の使い魔で警戒させていたのか」

おかげで、学生寮は被害者も死人を出さずに済んだが、他にも手が打てただろうに。と団長がセオドアを睨みつける。

「無茶を言うなよ。僕一人でろくな準備なしで魔神討伐しろってのかい?むしろこれだけで済んでよかった。

最初の予定通り、聖女様を遺跡に連れて行ってみろ。そこから無限に魔神入り召喚獣がモリモリ出続けたぞ」


それこそ世界が滅びることになりかねない。


「遺跡は封じるし。奴らは肉体から肉体に移ることはできないし。フリジアに間違っても召喚術を使わせるなよ?」

「そうだな」


報告と、今までの話を聞く限り。

あの遺跡は魔神たちの異界と繋がってしまっている。

遺跡に行くと、殺されて、魔神に操られるようになる。

だが、魔神は遺跡近くの死体にしか乗り移れない。

また、大きく破損した体では力を出せない。

おそらく数名呪いをかけて活き餌にし、乗り移るのにより良い体を探していたのだろう。


そこへ、死体のように乗り移れる、魂のない肉塊『召喚獣』がきたものだから、奴らは嬉々として乗り移った。

しかも、本来なら遺跡に来ないと移れなかったが、『召喚獣』はフリジアにつながっている。その線から『召喚獣』から『召喚獣』へと乗り移ることに成功したのだろう。


「僕は領地に戻らせてもらうよ」

「……貴様、他に隠し事なぞなかろうな」

「あるけど、僕が隠していた方が世界のためだと思うよ」

訳のわからぬ言葉遊びに、魔術団長はまったく食えん男だ、と諦めて問い詰めるのをやめた。

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