第33話 坂崎コウスケ、襲来

 お祭りの雰囲気は、たちまち消えた。


「何かしら……?」

「行商人でもないだろうし、誰だろうな?」


 不安と疑問のざわめきが広間に伝播でんぱする中、俺とカノンには察しがついていた。


「……あの声は、まさか……!」


 顔を見合わせる俺達を急かすように、今度は地鳴りにも似た声が聞こえてくる。


「聞いてんのか、天羽!」

「早く出てこねえとぶっ殺すぞッ!」


 おまけにひとりじゃなく、何人もの声が重なってる。

 カンタヴェールに不穏な空気を漂わせるには十分なほど、物騒な声だ。


「……お兄さん……」

「俺をご指名みたいだな。行ってくるよ、皆はここで待っていてくれ」


 不安げなキャロルの頭を撫でて、俺はひとりでカンタヴェールの小さな門に向かおうとしたけど、後ろからぞろぞろと皆がついてくる。


「おいおい、イオリの困りごとは俺っち達の困りごと、だろ?」


 先頭に立つブランドンさんのキモチは嬉しいけど、今回は相手が悪い。

 俺の予想が当たってるなら、町に来てるのはオーク以上に話が通じないやからだ。


「……相手はスキルを持ってると思います。それに、俺の勘が当たってるなら、ブランドンさんや町の皆を殺すのにあいつは躊躇ちゅうちょしません」


 だけど、俺の警告を聞いても、ブランドンさんは胸をドンと叩いた。


「安心しな。俺っちも、クソ野郎の顔面を殴るのに躊躇しねえぜ!」

「皆で行こう、イオリ君!」


 カノンにもこう言われたなら、突っぱねるわけにもいかない。


「……分かった」


 俺を先頭にして、ブランドンさんやキャロル、カノン、そしてカンタヴェールの町民がぞろぞろと続き、声のする方に歩いてゆく。

 そして町と部屋の境界線に来た時、俺の予想は見事に的中したと悟った。


「やっぱりお前か――坂崎」


 声の主は俺の元クラスメート――坂崎コウスケだ。

 ただし、スキンヘッドや大量のピアスはそのままに、世紀末丸出しの格好や全身にちりばめられたシルバーアクセサリーも含め、服装は随分変わってる。

 それはもちろん、坂崎の子分達も同じだ。

 これじゃ世界を変える転移者というより、蛮族って表現した方がいいかもな。


「まさか生きてるとは思わなかったぜ! お前の言う通りだな、マッコイ!」

「だ、だから言ったでしょう、転移者がいるって……」


 隣にいるデブの奴隷商人マッコイの頭をはたき、坂崎が俺の前まで来る。


「小御門にぶった斬られたってのに、しぶといやつだな、天羽! それで生き返って、こんなクソみてえな田舎町で隠れて暮らしてたってか!」


 転移する前なら、こいつとなるべく目を合わせないようにして逃げていた。

 今は違う、この外道と正面切って話すだけの力を手に入れたんだ。


「お前も、お前の子分も変わらないな。学校にいた頃から、何も変わっちゃいない」

「随分とデケェ口をきくようになったじゃねえか? ゴミカスのスキルしか持ってねえ分際で、なんでそこまで調子に乗れるのか教えてくれよ、なあ?」

「今のイオリ君は、君よりずっと強いよ」


 カノンが話に割って入ると、坂崎の視線が彼女を舐め回すように向く。


「おーおー、銀城じゃねえか! おめーはもういっぺん、奴隷にしてやるからよ!」

「……ゲス野郎……」


 嫌悪を剥き出しにしたカノンの侮蔑の表情も、坂崎は意に介してないな。

 もうすっかり慣れたのか、気づけないほどマヌケなのか、さて、どっちか。


「お兄さん、この人……」


 ところでキャロルの疑問も、俺が解消しておかないとな。


「紹介しとくよ、こいつは坂崎コウスケ。俺が死ぬ原因を作ったひとりだ」


 俺の死因というのは、あながち嘘じゃない。

 小御門がやらなかったら、まず間違いなくこいつらが俺を殺してたに違いないし、もっと苦しみを与えてから川に落としてたはずだ。


「後ろのやつは友田に五十嵐、伊藤……後のやつは覚えてないけど、全員俺を殺した現場にいたよな。殺された方は、よく覚えてるぞ」


 なんで3人だけ覚えてるんだって?

 蹴られた方、殴られた方は忘れないんだよ――陰湿とか言うな。


「……イオリに何をしたんだ、おい」


 こいつらをどうするか、と俺が考えるよりも先に、ブランドンさんが俺の前に躍り出た。

 その目には、めらめらと怒りの炎が燃えてる。


「あ? 酒臭ぇ口を近づけんなよ、オッサン!」

「じろじろ睨んでんじゃねえぞ、クソが!」

「いいか、天羽に田舎者のゴミ共、いっぺんしか聞かねえからよーく聞け!」


 2メートル手前の巨体が仁王立ちしてもビビらず、坂崎が高らかに叫んだ。


「そこの銀城と天羽を俺達に渡して、町の金目のもん全部よこせ! 逆らうなら男は皆殺し、女とガキは全員奴隷にして町を燃やすぞ!」


 坂崎が話した内容は、信じられないものだ。

 こいつら、もう転移者じゃなくてただのならず者じゃねえか。

 しかもマッコイはドン引きするどころか、坂崎の機嫌を取ってばかりだ。


「あのですね、奴隷にする時は、なるべく女子供は傷つけないでくださいよ……特にあそこの牛角族はレア物で、高く売れるんですから……」

「バーカ、奴隷にするならあのデカ乳角女は売らねえよ! あいつは俺の性欲処理係だ!」


 挙句の果てに坂崎はキャロルを指さして、ゲスの極みにもほどがある発言までかました。


「……っ!」


 キャロルが視線を逸らすのを見て、俺もブランドンさんも黙ってられるわけがない。


「坂崎、テメェ……」

「このガキ、キャロルに何言ってんだオラァ!」


 ブランドンさんが殴りかかるより先に、坂崎が右手を突き出した。

 腕に刻まれたスキルの紋章が光り、地面が揺れる。


「うるせえんだよ、カス共が! 俺のスキルを見ても、同じことが言えるかァ!?」


 そして坂崎が叫んだ途端、地面が割れた。

 カンタヴェールの玄関口を破壊しつくして現れたのは、一軒家に匹敵するサイズの魔物が3匹。

 ふたつの頭を持つ鷹、巨大な花弁を持つ百合の花、毒々しい色の蛇。


『『ギャアアアアアアースッ!』』


 常軌を逸したサイズの魔物が叫んだ瞬間、空気が震えた。


「これが俺のスキル、【魔物使役しえき】! イグリスでも特にヤバい魔物を自由に操る、最強無敵のAランクスキルだァッ!」


 坂崎もまた、巨大なしもべを従えて、細い目を見開いて笑った。

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