終章 女神の奸計(2)
翌日、森に駐屯していたヴォスキエロ軍が撤退した。
さらに二日後、フィオルーナから援軍が駆けつけ、これと入れ替わるようにイワン軍団長は報告のため一足先に国に帰った。ソルリアムと獣人の冒険者たちも動ける者から城を発った。
その十日後、深手を負ったシェリアの傷が癒えるのを待って、ディノンもエルフの兵士たちとともに城を発った。レミルから奪い返した霊剣を持ってエルフの里へ向かい、あらためて眈鬼の封印を施した。
今回の一件でエルフはある決断をした。エルフの長レンデインは、自分たちの存在が周囲に知られてしまった以上、これまで通り森に引きこもっているわけにはいかないと語り、人間族や獣人族との交流を積極的に行っていくことを決めた。
これと似た動きが、ビストリア連合国でも起こった。
ビストリアでは結局最後まで氏族長たちの意見が合わず、どこの軍も動かなかった。そんな中、ロワーヌの冒険者ギルド局長ガルがシュベート城での戦いの報告をするとともに氏族長たちを説得。ウリの父親をはじめとする氏族師の指揮官たちもこれに便乗し、氏族長たちはようやく考えをあらためることとなった。
やがて、人間族、獣人族、エルフの間で同盟が結ばれ、三種族による強固な壁が完成した。
いっぽうヴォスキエロ軍は先の戦いで獣魔将をはじめ多くの魔族兵が失われ、軍はほぼ壊滅、戦う力はほとんど残っていなかった。そのような状態なのに和睦の呼び掛けには反応がなく、シュベート城から近い都市に兵を置くなど、いまだ戦う姿勢を見せていた。
新たな勢力、新魔王ゼルディア率いるレヴァロスも問題となった。総勢力三万という膨大な組織に加え、聖騎士レミルや、もと犬人氏族師の将軍リバルがこれに加担していた。
レヴァロスの一件をイワンから報じられたフィオルーナ政府は、同盟国を交えてその対策を話し合った。まだ協議の最中だが、「勇者の犠牲無しに魔王を倒す」という彼らの目的や思想から、敵とは断定せず警戒する方針を取ることになりそうだ、とイワンは語った。
そんなイワンから、レヴァロスの捜索を依頼されたディノンだったが、彼はいまほかのことで手が離せなかった。そもそも捜索せずとも、彼らのほうから訪ねてくるだろうとディノンは予想していた。そうするように計らったからだ。
そして半年が経ったころ、ディノンの思惑通りメイアの館にレミルが訪ねてきた。
「久しぶり」
満月が中天にかかる真夜中、タルラによって出迎えられ居間に案内されたレミルは、屈託のない笑みを浮かべて挨拶をした。以前までの軍の正装ではなく一介の旅人が着る服装で、羽織っていたマントのフードを背に下ろした。
レミルの突然の訪問に、リーヌ、シェリア、ウリは驚愕した。レミルは、そんな彼女らと居間の様子を眺めて不思議そうに首をかしげた。暖炉が設えられた広い部屋は大量の書物で埋もれていて、テーブルやソファー、床にまで本が積み上げられていた。
「なんか、すごいことになってるね。なにしてるの?」
「テフィアボ・フォンエイムについて調べてる」
と、七十過ぎの老爺――ディノンが答えた。読んでいた本を閉じて、レミルを見上げた。
「彼が生み出した〈万有の水銀〉を探してんだ」
戦いのあと、ディノンたちは再び蛇竜のもとに訪れた。また会いに来る、という盟約を果たすついでに、〈万有の水銀〉のありかについてなにか知っているかもしれないという彼女の妹――五女から話を聞くためだ。しかし、ディノンたちが訪れたときには五女は再び旅立ったあとで、それとなく蛇竜が聞いた限りだと、彼女もやはり〈万有の水銀〉についてはなにも知らないらしい。
当てが外れたディノンだったが、メイアが一から調べなおそうと言ってくれた。リーヌもディルメナ神殿の書庫から資料を集めてくれて、シェリアもエルフの里を救ってくれたディノンの恩に報いたいと言って彼に協力し、ウリもディノンのもとで修行するかたわら手伝ってくれた。
「大変そうだね」
と、呪いをかけた本人は、あっけらかんと言った。そんな彼女を睨みつけ、ディノンはため息をついた。
「そういうお前はなにしに来たんだ? こんな真夜中に」
「分かってるくせに。あんな嫌がらせして」
ディノンは薄笑いを浮かべた。
「なんのことだ?」
「大量の魔族を、私たちの仲間に加わるよう寄こしたでしょ」
は? とシェリアがディノンを鋭く見た。リーヌとウリも怪訝そうにディノンを見た。
「どういうこと?」
ディノンは苦笑を浮かべ、落ち着くよう手を上げた。
「捕虜を解放する条件に、レヴァロスのところに行けって女魔族に言ったんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます