九章 反撃の奇策(4)

 獣魔将との会談から五日後の夜明け前。どんよりと灰色の雲が天を覆う中、ヴォスキエロ軍はシュベート城前の平野に布陣した。その数、一万八千。獣魔将はソルリアム軍との再戦に備えて首都から増援を呼んでいて、足の速い騎兵およそ三千が先に到着して加わった。


 城門の真上に設えられた見張り場から敵の布陣を眺めていたリバルは、軽く息を吐いた。


「敵は、確実にこちらを殲滅するつもりのようですね」


 横で犬人の男が呟いた。彼はかつて犬人氏族師にいたころのリバルの腹心だった。自分を死んだことにしてレヴァロスに加わることを決めたとき、彼をはじめ、多くの部下がついてきてくれた。犬人氏族師の兵士だけではない。ほかの氏族師の兵士も、この戦争に傍観を決め込む氏族長たちを見限って、リバルに続いてレヴァロスに加わったのだ。


 部下の呟きに、リバルは静かに頷いた。


 敵の布陣の最前列には弓兵が並び、その後ろにいる歩兵は小規模な正方形の塊をいくつも作って等間隔に並んでいた。その後方に騎兵が並んでいる。歩兵が門を突破したら一気に城に雪崩れ込むつもりだろう。


 さらに歩兵の陣には黒い塔のようなものがいくつもそびえていた。先の戦いで冒険者、ソルリアム兵の混成軍によって燃やされたはずの投石機や攻城塔、破城鎚などの攻城兵器だ。退却した森の中で資材を集め、焼失した部分を補って新たに作ったようだ。


 両陣営が対峙することしばらく、大山脈の稜線を覆い隠した雲の隙間から、朝の陽の光が射し込んだ。直後、遠雷のような音がヴォスキエロ軍から響いてきた。戦闘開始を告げる太鼓の音だ。


「いよいよだ」


 リバルは息を吐いた。通路に設置された投石機には、すでに石を放つ準備ができていた。相手の出方を見て、操兵長に待機させる。


 小刻みに太鼓の音が響く中、銅鑼が鳴り響いた。それを合図にヴォスキエロ軍の投石機から巨石が放たれた。しかし、一度壊されたためか、投石機から放たれた巨石はヴォスキエロ軍が想定していた距離を飛ばず、城壁の目の前で落下した。跳ね返った土だけが石積みの壁にぱらぱらと当たる。


「こちらも放て!」


 リバルの指示で銅鑼が鳴らされ、投石機の操兵長たちがいっせいに指示を出した。匙に乗せられた巨石に油が注がれ、火がつけられた。黒煙を上げて燃える巨石を、いっせいに放った。巨石はヴォスキエロ軍の陣営まで飛んでいき、炎を上げながら魔族兵を押しつぶしていった。


 太鼓の音が変わり、ヴォスキエロ軍は前進をはじめた。牛のような魔獣が引いて攻城兵器も前に進む。


 やがて弓の射程に入り、城壁上部に布陣したレヴァロスの弓兵が矢を放ちはじめた。盾を頭上に掲げて降ってくる矢を防ぎながら前進する魔族兵も、弓の射程に入ると城壁上部の弓兵に矢を放った。同時にヴォスキエロ軍側の投石機が放った巨石も、城壁上部に届いた。


 これでレヴァロスの攻撃の手が緩むと、ヴォスキエロ軍は一気に城壁に取りついた。巨大な梯子を運び込み、立てかけていく。


「梯子を落とせ!」


 誰かが叫び、レヴァロス兵は梯子に飛びつくと、敵が上がってくる前に梯子を外に倒した。しかし、中には梯子を上り切った魔族兵もいて、やがて城壁上部での肉弾戦がはじまった。


 リバルは短めの太刀で魔族兵を斬り倒しながら、城壁の外に目を向けた。味方の投石機が放った巨石が、敵の投石機や攻城塔を破壊していくのが見えた。城壁に到達した攻城塔は北側のはずれに一つだけ。それなりの数の魔族兵が乗り込んできたが、レヴァロス兵は冷静にこれを迎え撃っていた。


 そんな中、巨大な破城鎚がまっすぐ城門へと近づいてくる。投石機がそれを狙うが、正面と両側面を進む巨躯の魔族兵が数人、車輪のついた盾を壁のように構え、飛んできた巨石を防いでしまう。破城鎚が城門の前まで到達して、盾を捨てた巨躯の魔族兵が鎚を打ち込みはじめた。城門前は投石機では狙えない位置。弓兵たちが破城鎚の担い手たちを射たが、巨躯の魔族兵はなかなか倒れてくれず、城門を抑えていた閂が軋みを上げはじめた。


 リバルは背負っていた大太刀を抜いて、仲間に声をかけた。


「城門から来る敵を迎え撃つ。一個小隊は俺についてこい。投石機と弓兵は城門へ向かってくる騎兵を狙え」


 仲間が頷いて、伝令を飛ばした。それを見届けて部下たちとともに階段を下りようとしたとき、突然、城壁の外で角笛が鳴り響いた。聞き覚えのある音に、リバルは驚愕した顔で振り返った。――それは獣人族の間で使用される角笛の音色だった。


 さらに人間族が使用する角笛と、聞き覚えのない澄んだ角笛の音も響き渡る。直後、城壁の外で妙なことが起こった。後方に布陣していた魔族騎兵が左右に散りはじめたのだ。悲鳴が上がり、多くの騎兵が倒された。ちらりと見えた光は、矢の雨。さらに平野をはさんだ斜面から騎馬の群れが現れ、魔族騎兵に突撃していった。


 騎馬に続いて武器を掲げた歩兵が現れた。不意を打たれたヴォスキエロ軍は、一気に陣形を乱していった。


 リバルは呆然とする。それは不思議な光景だった。冒険者、ソルリアム兵、獣人兵、そしてエルフ兵の混成軍が、ヴォスキエロ軍を挟み込むように両側面から突撃していった。


 挟まれたヴォスキエロ軍が一気に城門に取りついていった。城門の閂が軋みを上げて、やがて剥がれ落ちた。騎兵も駆け込んできて、城門に殺到する。


 そのとき、今度は城壁の内側からも仲間のものではない鬨の声が響いた。振り向くと、捕らえていたはずのソルリアム兵が武器を掲げて門に向かっていた。隊列を組んで、破壊された城門から流れ込んできたヴォスキエロ兵を迎え撃った。


 リバルは深くため息をつき、同じように呆然と新手を眺めていた部下に声をかけた。


「撤収の準備をさせろ」

「そ、そんな、リバル将軍⁉」


 狼狽する部下に、リバルは苦笑する。


「この戦い、俺たちの負けだ。これ以上、被害が出る前にずらかるぞ」

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